一章の三 超大型新人らしい。
一華の周りは、妙に騒がしかった。明日、会社の入社式がある。どうやら、超大型新人がやって来るらしい。
「なんか、美大に出てからは、わざわざ半年間、陶磁器関係のために留学したらしいよ」
製造部の後輩である
「そりゃあ、大変な逸材ねえ」
製造部で、二十五年のキャリアを持つ、皆から〝さっちゃん〟と親しまれている
いつも食堂で、午前中と午後に、それぞれ十五分の休憩があり、お茶や菓子などで世間話に花が咲く。大抵の場合、一華は、同じ製造部の幸子、浩美と休憩をとる。
「はああ」と一華は、大きな
「あらあら、寝不足? 駄目よ、若くたって、肌に悪いわよ」
幸子が、経験者の立場で諭す。
「この頃どうしてもね。午後のこの時間がきつくってね」
笑いながら一華は、大欠伸の弁明をした。
一華の勤め先は、高級食器を製造する国内シェア二位の会社で、業界では、それなりの地位がある。それでも、ここ数年は、製造部を除いて社員採用を控えていた。景気の先行きが不透明だったからだろう。
ただ、そうはいっても、去年あたりから持ち直してきたらしく、今年は事務職一人、技能職二人、製造部門には、三人が採用される。
翌日、いつもの食堂はテーブルやらが片づけられ、パイプ椅子がぎっしりと並んだ。一応、「入社式」と書かれた幕が、申し訳程度に正面奥の天井から垂れている。
一華は、パイプ椅子が五列並んだ内の、前から三列目の左端に腰を下ろしていた。
「私は、出たくないって言ったんだけどね」
すでに入社式参加者で、ほぼ席が埋まっている。そんな中で一華は、正直な感情を口にした。
「姉ちゃん、声が大きいよ」
弟分の次朗が、右隣で囁くように注意してくる。
入社式場に、ぎっしりとパイプ椅子を並べたからといって、全社員が入りきれるわけではない。また仕事には納期だってある。工場内の仕事の手を、入社式云々の理由で、完全に止めるわけにもいかない。つまりは、参加しなくていい枠は、確かに存在していた。
だけれども、一華の「出たくない」希望は、製造部部長の適当な人選で退けられた。
「もう決めちゃったからさ。いいじゃないの。座って話を聞いているだけでいいんだよ」
諭すというよりも、修正が面倒くさいと、自己主張するだけだった。
「なんか、様子が変だよね」
次朗が、不思議そうに話を振ってくる。
「何がよ?」
一華は、大きな欠伸をしながら、次朗の話に付き合う。
「姉ちゃん、みっともないよ。そんな風に大きく口を開けちゃって」
次朗は弟分なのに、上の兄妹のように注意を促してきた。
「ごめんごめん。この頃、どうしてもね。朝のこの時間が、きつくってね。で、何が変なん?」
そうやって謝りつつも、一華は、小さい欠伸が自然と出る。
「分からない? この列、姉ちゃんだけだよ。女は」
次朗の指摘を確かめるために、右側を中心に見回した。
「本当だねえ……」
再び、欠伸が出てきた一華は、右手で口許を覆い隠した。
「後ろの列、前の列は、男しかいないよ」
すごい発見をしたっていう次朗のトーンだったが、やっぱり一華にとっては、どうでもいい。
一華は、本当に眠たかった。入社式が始まった境目も、まったく気づかないほどに、パイプ椅子の上で
ただ朦朧としていた最中でも、何か違う、周りの雰囲気は感じた。
「おい、すげな」
「なんだ、ありゃあ」
周りの者たちの噂話が聞こえる。なんだろうか。何かを見て、感嘆の声を上げている。
どこかで感じた雰囲気だった。どこだったかは、思い出せない。しかし思い出せなくても、別に気にならない。とにかく、今は睡魔との戦いを優先させていた。
工場長の挨拶が終わる頃には、最も深刻になっていた。目蓋が開けられなくなっていたのだ。
(潔く、このまま寝てやろうか……)
ここずっと、仕事中に眠くなることが多い。夜、早く床に入っても、眠れなかった。原因は、不安で間違いない。不安を誘発するのは、『文子』という唄のサビだ。自然と、頭の中で流れた。何度も、何度も流れた。
「では、新入社員の自己紹介にまいります」
工場長の挨拶の後に、いくつか挟んだが、やっと入社式の最後辺りにきていた。
「まず、そうですね。こちらから見て、左手側から順に、前へ、お願いします」
司会進行が、促す。最初のトップバッターが、前へ出ていった辺りで、「おおー」という歓声が聞こえる。
一華は、首が前へ垂れていた。何に対して、歓声が沸いたのかは、この時点で何となく分かっていた。新入社員の子が、とっても綺麗なのだろう。
目を半開きで、右隣をチラリと見ると、次朗が口を開けたまま前方に目を奪われている。
(そんなに、綺麗なのか?)
一華は、前に垂れていた首を正常に戻す。
「技能部転写デザイン課の、蔦文花です――」
自己紹介のトップバッターは、少し恥ずかしそうにしている。
一華は、パッと目が覚めた。これまで生きてきた中で最も目覚めが悪かった。