本とコンビニおもてなし その4
コンビニおもてなしで販売している弁当やパン類のほとんどは毎朝本店でまとめて作っています。
夜明け頃から本店の店員総出で作業にかかっていまして、出来上がった品物を転移ドアを利用して各地にあるコンビニおもてなしの支店や系列店へ運んでいきます。
運搬はもっぱらスアの使い魔の1頭である、ハニワ馬のヴィヴィランテスがやってくれていまして、毎朝決まった時間にスアの使い魔の森からやってきては、転移ドアをくぐって各地に荷物を届けてくれています。
これって僕が元いた世界だったら運送会社に依頼してあれこれしなきゃならなかったと思うんですけど、ヴィヴィランテスが頑張ってくれているのと、スアが各地の店舗を転移ドアでつなげてくれているおかげでホント助かっています。
何しろ2号店のあるブラコンベに、普通に馬車で移動するとなるとどんなに急いでも半日はかかりますし、一番遠方にあるティーケー海岸商店街にあるおもてなし商会にいたっては、何ヶ月かかるかわかったもんじゃありません。
そんなとこにまで、朝一で作ったお弁当を、まだあったかいウチに、しかも朝一で店頭に並べられるように配達出来るんですからね。
コンビニおもてなしってば、スアがいなかったらホント立ちゆきません。
まさに、スアエモンなわけです、はい。
「……ところでヴィヴィランテス」
僕は、弁当や各店から注文されていた品々を個別に詰め込んである魔法袋を器用に口でくわえて自分の背中に乗っけて続けているヴィヴィランテスに声をかけました。
「お前ってさ、なんて種族の馬だっけ?」
「失礼しちゃうわね、ハニワ馬族に決まってるでしょ」
「……あのさ、お前なんとかユニコーンって種族じゃなかったっけ?」
「は? あんたばかぁ? あたしはね、産まれてこのかたずっとハニワ馬族よ。よく覚えておかないと地獄世界に落ちるわよ!」
と、オネエ言葉を連発しながら荷物を積み終えたヴィヴィランテスは「失礼しちゃうわ」って言いながら一つ目の転移ドアをくぐっていきました。
……スアにあの姿にされて以降、ずっとあの姿のまま過ごしているヴィヴィランテス……あの姿がよっぽど気に入ったんだろうとは思っていましたけど……まさか存在そのものまでもが脳内で書き換えられているとは……
と、とりあえず、今執筆しているコンビニおもてなしの原稿には最初からハニワ馬族として登場させておくことにしようと思います、はい。
一悶着ありながらも、とりあえずいつも通りに朝の出荷作業を無事終えた僕が、店内の掃除でも……と思っていると
「店長、ちょっとよろしいかしら?」
と、さっきヴィヴィランテスがくぐっていったドアとは別のドアからファラさんが姿を現しました。
ファラさんには、ティーケー海岸商店街にあるおもてなし商会ティーケー海岸商店街店の店長にして、おもてなし商会の会計事務全般をお任せしています。
ひょろっと背の高い眼鏡の女性ですけど、ファラさんってば、リヴァイアサンなんですよね……その本体は……で、今は人型に変化して生活してるわけです、はい。
「どうしましたファラさん?」
僕が尋ねると、ファラさんは困惑しきりといった表情で駆け寄って来ます。
「あのですね、今、おもてなし商会テトテ集落店で打ち合わせをしていたのですけど、集落のご老人達がこれを売ってくれと大挙して押し寄せておられるのです」
そういってファラさんはコンビニおもてなし本店の一角を指さしました。
その指の先には、先日僕がパソコンで作成したクリスマスケーキならぬパルマ聖祭ケーキの予約ポスターが貼られていました。
……あぁ、そうか
テトテ集落ではパラナミオが女神なみに超人気ですからね。
そのパラナミオが天使の笑顔で写っているこのポスター……そりゃ皆さんも欲しがるか……っていうか、よく持ち逃げされなかったなと、僕はむしろそのことに感心してしまいました。
しかしあれだなぁ……
僕は思わず考え込んでいきました。
と、いうのがですね……太陽光自家発電施設のおかげでパソコンを使用出来てはいるんですけど、問題はインクなどの消耗品なんですよ。
今までコンビニおもてなしで使用するためにポップやチラシを作るために、パソコンの消耗品類ってすでに結構消費しちゃってるんわけです。
しかも、この異世界じゃあ「ちょっとホームセンターで買ってこようか」ってわけにもいきません。
スアにもみてもらったことがあるんですけど
「……この世界にない物質が使われてる、の」
って言って、結局インクを生成することが出来なかったんですよね……
で、話を戻しますが、ポスターはフルカラーで、しかも結構大きいですから1枚印刷するのにも結構インクを使用しちゃうんですよ……さてさて、どうしたもんか。
僕がそんなことを考えていると、
「あら?店長さんってば、何か考え事の最中ですか?」
と、魔女魔法出版のダンダリンダが店の中に顔を出しました。
あぁ、そう言えばスアが今朝原稿を渡すって言ってたっけ。
今回の本の題名は、確か『デュラハンの子供の生態について』だったっけか。
ルアとオデン六世さんに協力してもらって、ビニーの身体的特徴を本にまとめたんだよな、確か。
なんでもデュラハンの生態って謎に包まれてるらしくて、その子供に関する書物って、この世界初らしいんですよ。
おかげで予約の段階ですでにベストセラーが確定しているそうです。
と、その時僕はふと思いました。
「ねぇダンダリンダ。魔女魔法出版が出版してる本ってさ、ところどころカラーページがあったりするよね」
「はい、ございますわね」
「例えばだけど、このポスターを複製してもらうことって、出来たりなんかしちゃったりしないかなぁ」
「はい、もちろん出来ますわよ」
と、まぁ、僕の申し出に、ダンダリンダってば躊躇することなく頷きました。
「完成品を1枚お貸し頂ければ、何枚でも印刷してまいりますわよ。この程度の印刷でしたら無料で結構です。何しろ我が社の屋台骨を支えてくださっておりますスア様の旦那様のお願いですからね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
僕は、安堵のため息をもらしながら、予備で作成していたポスターをダンダリンダに手渡しました。
「とりあえず200枚ほどお願いしてもいいかな」
「はいはいわかりました、超特急でしあげてまいりますわ」
そう言いながら僕からポスターを受け取ったダンダリンダは、自らが発生させた転移ドアをくぐって魔女魔法出版へと帰っていき……
「はい、出来ましたわ、200枚」
ものの数秒で、ポスターの束を抱えて戻って来ました。
「って、ちょっとまて!? いくらなんでも早すぎないか?」
「あら? これぐらいのポスター、これくらいの時間で出来なかったら魔女魔法出版の名が泣きますわ」
唖然としている僕に、ダンダリンダはニッコリ微笑みながら完成したばかりでまだあったかいポスターの束を手渡してくれました。
ま、まぁ、とにかくこれで、テトテ集落の皆さんにお譲り出来るポスターの準備が出来ました。
で、今度はファラさんと相談です。
「このポスター、1枚いくらで販売しましょうか?」
「そうだなぁ……今回はお金もかかってないことだし、ケーキの予約1個につき1枚プレゼントってことにしようか」
「了解しました、では、そのように段取りいたしますわ」
ファラさんはそう言うと、僕から受け取ったポスターを大事に抱えて転移ドアをくぐって帰って行きました。
ですが
この数時間後に、ファラさんがまた慌てて戻って来たんです。
いえね、
ケーキを1個予約すると、このポスターを1枚プレゼント。
そう告知した途端に、
「俺ぁ、10個だ! 10個予約するから10枚ポスターをよこしやがれ」
「あたしゃ20個よ! だから20枚くださいな」
「べらんめぇ、こっちは30個……」
「31個買うぞ……」
「32……」
といった具合にですね、200人くらいしか人口のいないテトテ集落で、1000個近いケーキの注文が入りまして……当然、ポスター200枚では全然足りなくなってしまったわけです、はい。
僕は慌ててダンダリンダに再度来てもらいまして、追加でポスターを印刷してもらいました。
いやはや、パラナミオってば、ちょっとしたアイドルですよ、ホント。
これで歌でも歌ってCD作って、んでもって握手会でもしたらすごいことに……いやいやいや、大事な大事なパラナミオをそんな金儲けの道具に使うわけには……ねぇ。
「というわけでヤルメキス」
「はい、なんでごじゃりまするか?」
「結婚式の準備もしなきゃならないなか悪いけど、パルマ聖祭ケーキの作成よろしく頼むね。僕も手伝うからさ」
「だ、だ、だ、だからその、け、け、け、結婚式はまだといいますかその……ふぁ!?」
僕の言葉にパニクりまくってるヤルメキスですけど、パルマ聖祭の日に結婚することが正式に決まったわけです、はい。
……まぁ、オルモーリのオバちゃまとヤルちゃま親衛隊の皆様がヤルメキスとパラランサを連れて出て行ったかと思うと、2時間後には婚姻届やら式場予約書やら案内状の文面の下書きやらが詰まった紙袋を持って帰って来たわけです、ヤルメキス。
今も僕に式の事を急に言われてテンパってますけど、その顔にはどこか嬉しそうな笑顔も混じっています。
その顔を見ると、なんか僕も感慨無量な気持ちがこみ上げてくるんですよね。
なんか、娘を嫁に出す心境ってこんななのかなぁ、ってちょっと思ってしまうんですけど、パラナミオは別に嫁にいかなくていいよ、と、心の底から思っている、どーも僕です。
と、まぁ、このケーキのこともしっかり本には入れておかないとね。