第351話 死神ちゃんと弁護士⑥
死神ちゃんはダンジョンに降りてすぐ、カツカツというせっかちな足音を聞いた。心当たりのあるその足音に顔をしかめていると、突如目の前にナイフが突き出された。
死神ちゃんは攻撃の全てを巧みに
「さて、ここで問題です」
「きゃあああああああッ! 異議あり! 異議あり! 幼女がおっさん顔の巨大猫になるってどういうことよ!?」
「あの、問題――」
「今発言をしているのは私です! 発言の順番は守っていただけるかしら!?」
「問題――」
「何度も言っているでしょう! あなたの発言は棄却されます! ところで、私はさっきまで幼女を相手にしていたはずよ。それだというのに、どうしてさも当然の顔して割って入ってきたわけ!? あなた、それで自分に知性があると主張したいの? 割り込みだなんて無礼かつ無能な者がする行為を平気でして、よくもまあ知能者ヅラできるわね!」
スフィンクスはしょんぼりとうなだれると「異議を認めます」と言い、すごすごと去っていった。冒険者はガッツポーズとともに「イエスッ!」と勝鬨を上げると、勝訴を喜んで目の前の相手とハイタッチをした。そしてハイタッチした相手が死神ちゃんであると気がつくと、がっくりと膝をついて「異議あり!」を繰り返した。死神ちゃんは感心するように目をパチクリとさせた。
「いやあ、まさかスフィンクスを言い負かすほど口の上手いヤツがいるだなんてな」
「私、これでも弁護士ですから。当然のことよ」
「まあ、正直、雄弁というよりもこじつけが上手いっていうか、詐欺まがいな口車っていう印象が強いけどな」
「異議あり! 異議ありいいいいいい!」
死神ちゃんが鼻を鳴らしてあざ笑うと、弁護士を名乗る冒険者の女性は悔しそうに壁を殴りつけた。
彼女はこう見えて、れっきとした弁護士である。自称ではない。しかし、彼女は弁護士一門の中でも名家の出であるにもかかわらず、金と拳の力で勝訴をもぎ取る悪徳の限りを尽くしていた。
春めいてくるこの時期は、卒業などの別れのシーズンである。しかしながら、彼女にとっては別の意味の〈別れ〉の季節でもあった。何でも、年末に駆け込みゴールインしたカップルたちが〈あれは過ちだった〉と別れを考えるそうで、春の新生活を綺麗に迎えるためにと弁護士相談も件数が増えるのだとか。
「と言うわけで、私、繁忙期を迎えているというわけなのよ」
「そう言えば、去年あたりもそんな理由でアシスタントを探しに来てたよな。今回も同じ理由なのか?」
彼女は首を横に振ると「今回はアイテム探しに来た」と答えた。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、彼女は手にしていた法律書の表紙を愛おしげに撫で回した。
「苦しい時も悲しい時も、いつだって一緒だった法律書。私はこの分厚い本を片手に、今までたくさんの邪魔な相手を闇へと葬ってきたわ」
「それは、法的な意味でか? それとも、物理的にか?」
「でもね、この本は我が家の家宝でもあるのよ。なにせ、本自体がそこそこ貴重なものですからね。ここまで分厚い本となると、価値も相当のものなのよ。だから、全ての法律家が所持できるものでもなくて。――そういうわけで、証拠品として押収されるような使い方はしてくれるなと、父に怒られたわけなのよ。バレなきゃこっちのもんだってのに、お父様ったらおかしいことを仰るわよねえ」
「いや、明らかにお父様が正しいだろ」
死神ちゃんが呆れて目をじっとりと細めると、弁護士は〈理解しかねる〉と言いたげな視線を投げ返してきた。彼女は気を取り直すかのように息をつくと、ゴテゴテと装飾の施された小さなポーチに法律書をしまい込んだ。
「まあ、そういうわけなんで、法律書に代わる新たな相棒を探しに来たってわけよ。今、依頼が立て込んでて、手早く葬りたい案件がいくつかあるのよ。でも、弁護士の相棒である法律書が使えないんじゃあ、私は一体何で戦えばいいというの?」
「普通に、弁論で戦えよ。法廷でさ。何で闇討ちでどうにかしようとしてるんだよ」
「そこで私は考えたわけ。法律書が駄目なら、警棒だろうって。――ほら、王宮警備兵や街を警邏する警官隊の人たちが剣や銃と一緒に所持している、あの伸び縮みする棍棒。あれなら、弁護士である私にもぴったりだと思って」
「都合の悪いところはスルーかよ」
「黙秘権を行使しただけです。何か問題でも?」
弁護士は得意気に鼻を鳴らして胸を張った。死神ちゃんは追及することを諦めて、深いため息をついた。
彼女は、どうせなら最高級の警棒が欲しいと思ったのだそうだ。そして〈小さなピラミッドの中にそれらしいお宝が眠っている〉という情報を入手して、一人こそこそとやって来たのだとか。
彼女はお決まりのマシンガン口撃とお色気と時々暴力で、手強い敵を回避して回った。そしていくつかの謎解きを、機転を利かせて解いていった。死神ちゃんは〈弁護士になれるほどの知能は伊達ではないのだな〉と感心して、ヒュウと口笛を吹いた。そしてとうとう、彼女はそれらしい宝物部屋を発見した。遠目から見ても神々しい雰囲気が漂ってくるその部屋を興奮の面持ちで眺めながら、彼女は頬を上気させた。
「ねえ、もしかしてあの部屋がそうかしら!? とうとう辿り着いたのね!? ああ、まるでお話に出てくるような冒険活劇の主人公になったみたい! 私、今、法廷に立つときよりもドキドキしてる!」
「お前、いっそ、職業冒険者になったら? そっちのほうが世のため人のためな気がするよ」
「何言ってるのよ。弁護士なんていうオイシイ仕事、私がみすみす捨てるわけ無いでしょうが。――さ、お宝拝見~ッ! ――ヘブッ!」
彼女は意気揚々と部屋へと入っていこうとした。しかし何かに阻まれて、さらには弾き飛ばされた。目に見えぬ何かに顔を打ちつけ、尻もちをついた彼女は煌々と漏れ出る部屋の明かりを恨みがましく見つめた。そして再び部屋に入ろうとして、彼女は盛大に顔を何かに打ちつけた。
「うううううう……、異議あり! 異議あり! どうして部屋の中に入れないの!? ――何これ、目に見えない何かが入り口を塞いでる! ガラスでも魔法のバリアでもなさそうだけれど……。何よこれ、異議ありだわーッ!」
弁護士は顔を真っ赤にすると、入り口を塞いでいる何かをドンドンと拳で打った。激しくノックをするように打ちながら、彼女は「開けなさい」だの「そこにあるのは分かっているのよ」だのと捲し立てた。それはさながらガラの悪い取り立てのようで、死神ちゃんは思わず口をあんぐりとさせた。
「なあ。もう少し賢い〈入り口の開け方〉は無いものなのか」
「私の交渉術が効かないとなると、結構難しいわね……」
「あれで交渉してたつもりか!? ていうか、誰に交渉してたんだよ! 誰もいないだろうが!」
「仕方ないわね。じゃあ、趣向を変えて、私が今まで取り扱った事件を色々と真似てみましょう」
そう言うと、彼女は適当に拾ってきた木の棒で殴りかかってみたり、爆発物を投げつけてみたりしだした。しかしどれも効果はなく、彼女は頭を悩ませた。そしてハッと〈天啓を得た〉とでも言いたげな閃きの表情を浮かべると、一言「削るのよ!」と叫んだ。
「削る? ガラスでも何でもなさそうなのに?」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょ!? 昔、ガラスを綺麗に削って切り出して建物に侵入したってヤツがいてさ。証拠隠滅のために、ガラス窓自体を粉砕しに行ったっけ……」
「お前自身が犯罪者だよな、もはや」
「異議あり! 私ほど素晴らしい弁護人はそういないでしょ!? ――とにかく、削ってみるわよ!」
「でも、どうやって」
死神ちゃんが不思議そうに首をひねると、弁護士も腕を組んでウンウンと唸り始めた。そして何かを閃いて表情を明るくすると、彼女はポーチから指輪を取り出した。有能な者と召還契約を結んでアシスタントにすべく大切にとっておいた、ダイヤモンドリングである。
「ダイヤを削るにはダイヤを用いるでしょう? そしてこの〈見えない何か〉は明らかにダイヤではないわ。だから、カッター代わりに使ったところで指輪は無事なはず。だったら、試す価値ありでしょ」
そう言って舌なめずりをすると、彼女はさっそく〈見えない何か〉に指輪をあてがった。すると、彼女の見立て通り〈見えない何か〉は削れていき、とうとう亀裂が入った。そこからは早いもので、二、三度叩いただけで〈見えない何か〉は壊れて無くなった。そしてようやく、彼女は噂の棍棒を手に入れることができた。
それは柄の部分を握りしめると、ブンと音を立てて光を放出した。
「何だろう……。とても力が湧いてくるような。阿修羅のごとき強さで、相手の首を落とせそうな勢いだわ」
「それ、警棒としてどうなんだよ」
「私、立派な騎士になれそうな気がする!」
「いや、お前は弁護士だろう」
柄から伸びる光を恍惚の表情で見つめる彼女に、死神ちゃんは冷静にツッコミを入れた。その最中、死神ちゃんはミシッという小さな音を聞いた。顔をしかめると、死神ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしたのよ」
「いや、今、ミシッという音がしたような……」
「え? 何か罠でも発動した? でも、特にそういうのはなさそ―― あああああああああッ!」
突如、弁護士は自分の手の甲を食い入るように見つめて叫んだ。彼女が見ていたのは、正確には指にはめていたダイヤモンドリングだった。どうやら、ダイヤに少しばかり傷がついたらしい。
「異議あり! 異議あり! 何で傷がつくのよ! これ、もしかしてバッタモンだったってわけ!?」
「あー、音の原因はこれかあ。これじゃあ、もう、召還契約には使えそうにないな」
「異議あり! 高い金を払って手に入れたのよ!? それなのに、もう使えないっていうの!?」
「召還契約には使えそうにないが、カッター代わりにはまだ使えそうだな。少なくとも、あと二回くらいは」
「はあ!? もう二度とそういう使い方はしないわよ! 冗談じゃあない!」
弁護士は怒りに任せて地団駄を踏みながら、棍棒の柄をギュッと握り込んだ。すると、柄から伸びい出ていた光が膨張し、彼女を包み込んだ。彼女は電撃でも食らったかのように痙攣をすると、そのままサラサラと降り積もった。
――――力も頭脳も道具も、正しく使いたいものなのDEATH。