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第347話 死神ちゃんとクロ②

 死神ちゃんと遭遇するなり、冒険者は顔色ひとつ変えることなくきびすを返してその場から立ち去ろうとした。死神ちゃんが飛行速度を早めると、冒険者のほうも何を言うでもなく走り始めた。
 冒険者は死神ちゃんの猛攻をかいくぐり、振り切れると思っていたようだった。しかしそれも叶わず、次の瞬間には、彼は自らとり憑かれに行くことを選択していた。


「う゛ええええええええええッ! 何でそんな全力で逃げん……あ゛あああああああああッ!」

「クッ……。泣くのは本当に卑怯だと思うのだが! 忌々しい死神が、幼女の姿をして泣き落としとは小癪な!」

「俺だって別に好きでこんな格好しているわけじゃあないんだから゛ああああああああああッ!」

「ああもう、分かった! 分かったから! どうしたら泣き止む!? あいつはどうやっていつも相手していたかな……。――そうだ、とっておきの菓子をくれてやろう。な? だから泣き止め。な?」


 (いかめ)しい顔つきの竜人族(ドラゴニュート)の君主は、死神ちゃんを抱き上げて必死にあやした。死神ちゃんは彼からもらったお菓子を抱えながら、心の中で「勝った!」とガッツポーズした。
 彼は、そこはかとなく残念なエルフの盗賊と度々パーティーを組んでいる竜人族だ。黒い鱗に覆われた知力を司る一族出身のため、死神ちゃんは彼のことをクロと呼んでいた。

 死神ちゃんは彼の腕の中で悠々とお菓子を堪能しながら、不服げに漏らした。


「ていうか、先日一緒に温泉に浸かった仲だっていうのに。人の顔見るなり脱兎のごとく逃げるとか。失礼にも程があると思うんだが」

「何を言っているんだ、お前は。死神を見かけたら逃げるのは当たり前であろう」


 死神ちゃんはハッと息を飲み込むと、しんみりとした表情でポツリと言った。


「お前、いいやつだな……」

「なんだ、いきなり」

「俺と度々遭遇しているやつらは、もはや俺のことを死神扱いしないからな。向こうから『わあ、お久しぶり!』ってとり憑かれにやってくるくらいなんだ。それに比べて、お前は冒険者の鑑だよ。素晴らしいよ」

「まあ、結局受け入れてしまっている時点で駄目だとは思うがな。しかしながら、危機管理というものは、熟練になっても忘れてはならぬものではないか。だから、逃げて当然だろう」


 死神ちゃんはにこにこと笑うと、「いいぞ、素晴らしい」だの「冒険者はこうでなくちゃ」だのと言いながらうなずいた。クロは心なしか照れくさそうに押し黙ると、フイッとそっぽを向いた。
 ひとしきりうなずくのに満足した死神ちゃんは、ふと不思議そうに首を傾げた。


「で、クロさんや。危機管理のできるあなたが、どうして奥に進んでいっているんですかね」

「我が相棒はあまりに死にすぎるので、五階から一階までの道のりを、霊界の死神に捕まることなく踏破することができるという特技を持っているだろう?」

「おう。それを聞いたときには、とてつもなく残念な気持ちになったな」

「我も彼に巻き込まれてよく死亡するため、同じ特技を会得したのだ」

「はい……?」

「だから、戻る時間も惜しいので、お前を抱えたままアイテム掘りに行くことにした。――何だ。さも残念そうな目で見るな。失礼ではないか!」


 死神ちゃんはなおも、不憫そうな眼差しをクロに向けた。彼は不服そうに眉根を寄せると、お代わりのお菓子は要らないのだなと宣言した。死神ちゃんは慌ててお行儀を良くすると、美味しいお菓子をもうひとつ追加でもらった。

 以前彼が単独行動をしている際に遭遇したとき、彼は戦闘を優位に進められるようにと〈より強い武器〉を求めてやって来ていた。本日も同じ目的だという。なお、本日残念がいない理由は〈もっとカカオを集めておきたい〉ということだそうだ。彼らは日ごろの感謝を込めてチョコ箱を送りあったそうなのだが、残念的にはもっとチョコが欲しいのだとか。


「支援魔法と同等の効果があるチョコレートは、ダンジョン内で食べるおやつに打ってつけということだそうで。しかも、支援効果の中には、ほんのり幸運になれるものもあるらしいのだ」

「ああ、なるほど……。それを見ず知らずの迷惑な侍に恵んでやろうとしていただなんて、どんだけ親切なんだよ」


 会話しているうちに、クロたちはアイテム掘りスポットに辿り着いた。死神ちゃんはさっそく狩りを始めたクロから少し離れた場所に陣取ると、新しいお菓子に手をかけながら尋ねた。


「ところで、本日はどんな剣を探しに来たんだ?」

「うむ。遠い国では、ブショーと呼ばれる強者たちが必ず持っているという噂だ。――その名も、セップクソード」


 死神ちゃんは表情を失うと、時が止まったとでもいうかのようにつかの間身を硬直させた。そして少し遅れて「いや、それは駄目だろう」とやんわりツッコミを入れた。すると、出現したアイテムを吟味しながら、クロが不服そうに目を吊り上げた。


「何故だ。ブショーが持っているものだぞ。きっと強いに決まっている」

「知の竜さん、セップクってお分かり? 腹を切るってことですよ?」

「うむ。相手の懐に飛び込んでいって、切るのだろう?」

「いえ、自分のを切るんですよ」


 死神ちゃんの言葉にクロがカタカタと震えだすと、再びモンスターが姿を現した。クロはそれを退治すると、落ち込んだ調子で伏し目がちに言った。


「あれだ。自分で腹を切らねばならぬときが来ても大丈夫というブショーの備え心が転じて、持っているだけでギリギリまで戦える胆力が得られるという品なんだ、きっと」

「お守りかよ。お前は戦闘に使えるものを取りに来たんだろうが」


 その後、クロはいくつかの剣を拾った。彼は剣だけを集めた辞典のようなものを持っており、それと照らし合わせて〈どんな剣か〉を調べる作業を行い始めた。


「うーむ……、これは〈良い破滅の剣〉だな」

「良い破滅とは何だ。破滅に良いも悪いもあるのか」

「なお、呪われてはいない。――ひとまず、持って帰ろう」

「そんな名前で、呪われてないのかよ!?」

「お、村止が混じっているな。バッタモンなのだが、最近人気なのだ」

「おう、それは俺も知っているぜ」

「おお、これは腹切り剣」

「セップクソードとどう違うんだよ、それ……」


 どうやら彼が入手したのは、どれもこれも珍妙なものばかりのようだった。彼は呪われてはいないものだけをポーチにしまい込むと、再び狩りを再開した。そしてすぐ、彼はとてつもないものに遭遇した。
 モンスターが地面に沈みスウと姿を消すのと同時に、どこからともなく影がさした。死神ちゃんがギョッとして()()を見つめていると、()()は音を立ててズウンと倒れ込んできた。


「何だこりゃあ! 随分と大きな剣だなあ! 持てるのは、巨人族くらいじゃあないか!?」

「うむ、これはさすがに我も持ち帰ることはできないな。なんて最悪な剣なのだ……」


 ちょうどそこに、巨人族と小人族(コビート)の二人パーティーが通りかかった。巨人族は驚きで目を瞬かせると、クロに声をかけてきた。


「ドロップ時から自分たち種族の大きさで現れるものなんて、見たこともないですよ。もしかしたら、巨人族専用の武器ですかね? だったら譲っては頂けませんか?」

「うむ。我も持て余していたところだ。どうぞ」


 巨人族は嬉しそうに柄に手をかけようとした。すると、剣がスルスルと小さくなっていき、どこにあるのか分からなくなってしまった。一同が困惑する中、コビートが剣を見つけて拾い上げた。彼はにこにこと笑いながら、まるで爪楊枝を摘むように剣を手にしていった。


「まさかこんなに小さくなっちゃうだなんて。これじゃあ妖精さんサイズだ―― うわああああああ! 急に大きくなった!」


 コビートの手の中で、剣はするすると大きくなった。しかも、巨人族サイズに戻ったのではなく、人間(ヒューマン)やエルフだったらちょうど良さそうなサイズになった。そのためコビートの彼にはいささか大きく、彼はぷるぷると震えながら無理して剣を抱えることとなった。


「このくらいなら、僕にだって持てるはず……」

「無理するなよ。ほら、手を放して!」

「うわあ、何だかコビートが不憫に見えるな……」

「うむ、まさに〈最悪な剣〉だな……」


 結局、その剣は全員持ち帰ることを諦めて、その場に捨てていったという。




 ――――多様なアイテムを集めるのは楽しい。でも、手にした瞬間はやっぱり喜びたい。だから、こういう残念アイテムはご遠慮いただきたいものなのDEATH。

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