第1話 挨拶(前編)
―なあ、聞いたか?
―ああ、聞いたよ。
―壱原の奴、プレーンなのに社長室に出入りしてるんだってよ。
―ああ、私も聞いた。まだ1年目でしょう?
―そうなんだよ。なんでも、アイツの入社には裏があるって話がな・・・・?
―知ってるー。社長の手招きって話でしょー?
―ああ、それもかなり際どいラインのな・・・・
―えぇー、なにそれー。
―これがバレたら、この会社もお終いだな。
―おい、縁起でもねぇこと言うなって。
―おい、噂をすれば・・・・・
―壱原だ。感づかれる前に逃げようぜ。
「・・・・・・・」
正直なところ、こういう影口は馴れっこだ。気味悪がられるのなんて日常茶飯事。
ぶっちゃけ、覚悟はしていたさ。『こんな形で』入るということはな。
だが、アイツらの話も『間違い』ではない。
社長の手招きなのは事実だ。それは否定しない。
だが、これはオレの『計算内』のことだ。
―オレの名前は壱原琉輝《いちはらりゅうき》。年齢は21歳。
将来は警官を目指している。
そんなオレがいるところが、雛沢総合警備インダクション(通称雛沢総警)。
設立6年になる割と新しめの会社だ。
なんでも、表向きは警備会社で、本当は警官育成施設との噂がそこいらの奴らの間で広まっている。
オレはここで、無能力者《プレーン》の見習いとして半年を過ごしていた。
当然のこと、世界人口が8割以上が異能力者の世界ではプレーンは稀少な存在。
異能が当たり前の世界で、警備員や警官として働くには、何の役にも立たないプレーンなんてただの荷物でしかない。
さっきのように、煙たがられるなんてのはよくあること。
自衛隊や軍隊じゃあ、プレーンってだけで入隊出来ないのはもはや常識のようなもの。
そんな世界で、プレーンとして所属しているオレが、ここの社長に呼び出しが掛かった。
『壱原琉輝君。大至急社長室に来るように。繰り返す…』
放送が終わった後、そこいら中から、酷い注目を浴びた。
―アイツ、なんかやらかしたんじゃねぇの?
―クビになるんじゃねぇのか?
クスクス…
まあ酷かった。改めて、プレーンがどういう目で見られているのかが分かった気がした。
・・・・・そうこうしてると、もう社長室だ。
一見すると、それこそ威厳たっぷりのおこがましい雰囲気。
尊大な扉を、オレは恐れもせず叩いた。
「・・・・来ましたよ。」
しばらくもせずに社長の声が掛かる。
「はいはーい。ささ、入って入ってー?」
そこから聞こえたのは、そんな厳格で尊大な扉とは似合わないほどだらしない声。
オレからすれば、聞きなれたものだが、他の人が聞けば失神するぞ?
「・・・緊張感もクソもない腑抜けた声で、よくもまあ堂々と言えるな。」
まあ、そこが雛沢覚吏《ひなざわさとり》のいいところなんだが。
「失礼します。」
そのまま扉を開け、意外と質素・・・てこともない社長室に入る。
派手なインテリアに、最新鋭のテレビモニターに、そこいらに備えられた最新ゲーム機体の数々。
机には見るからに高性能って分かるPC(どうせゲーミングセットだろう)が置いてある。
「・・・・悪かったわねー。緊張感も派手さもクソもなくて。」
―そうだ。この人は心が読めるんだった。
―雛沢覚吏《ひなざわさとり》。この雛沢総警の社長であり、オレをここに引き込んだ張本人。
実は本職の警官であり、階級は警部補。簡単に言えば、実務の現場責任者。
言ってしまえばパトロールが主な仕事で、こんなことしてる場合じゃない。つか働け。
「ヴァかめ!わたしが出れば、情報収集なぞ一瞬で終わるわ!所謂パトロールの最終兵器なのだ!それに許可なら取ってる!」
―とまあこんな感じで、能力の心読《テレパシー》で考えてることがバレバレなのだ。
「ふっふっふーん。そうだ。お前が何を考えようとも、わたしにはお見通しなのだよ。」
「・・・じゃあ、今、オレが考えてる事も分かりますよね。」
何を誇らしげなんだかとツッコむように、オレはあられもない事を考えた。
「ふっふっふー。当たり前だとも。この覚吏《さとり》様に読めぬ心h・・・・」
* * * * *
【あっ…】
いつもはうるさい覚吏だが、こういう時だと静かになるな。
【し、仕方ないだろ…まさか、そっちから押し倒してくるなんて…】
【嫌か?】
【い・・・いやじゃないけど…もう少し、優しくしてくれたら…】
【・・・意外と初心《ウブ》なんだな。】
【う・・・うるせぇ。ばーか。】
お互い一糸まとわぬ姿のまま、オレ達は、お互いの唇を―――
* * * * *
「って、ちょいちょいちょーい!!!待った!タンマ!」
誇らしげな顔から一気に赤面した社長を目に、《《ああ、勝った》》!と嬉しくなった。そして―
「どうしたんです?《《読めぬ心はない》》んですよね?」
ドヤしく、そしてウザったく、社長に再確認した。煽るように。・・・・というか煽りだ。^^
「えぇーい!そんな
・・・オレは乙女の敵になった覚えはない。
「例えだよ例え!そこんところのユーモアなんていらないからな!」
なんてバカバカしい・・・・社長室でする会話か?これ。
「そうだよ、こんなバカバカしい話するためにお前を呼んだ訳じゃないからな!
あと、お前だって乙女みたいな妄想しやがって!」
・・・・まぁ、それもそうか。
「んで?わざわざオレを
「分かっているだろう。もう
―そうだ。オレがこんなに社長《コイツ》と親しくしてるのも、無能力者《プレーン》としての侮辱や罵倒にも耐えていたのも、全部この日のためだ。
「変なルビ振りしたよな。絶対したよな。」
―うるせぇ。少しは自重しろ。
「(´・ω・`)」
何を隠そう。
―オレも異能者《エネミー》だからだ。
液状人間《リキッド・ヒューマン》。
それが、壱原琉輝《いちはらりゅうき》の、オレの能力《スキル》だ。