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第334話 死神ちゃんとお嬢様④

 死神ちゃんがダンジョン五階に降り立った瞬間、冒険者が驚く声を上げた。死神ちゃんはそのまま彼の腕の中に収まったのだが、当の彼は仲間たちに小突かれ、口を塞がれた。陽気に信頼度低下を伝え始めたステータス妖精さんは、パーティーリーダーである女性に睨みつけられるとビクリと体を硬直させて、そのまますごすごと何処かへと去っていった。


「はあ、危ない。駄目じゃあないの。まだ〈姿くらまし〉の術が再度使えるようにはなっていないんだから」

「すみません、お嬢様。いきなり死神ちゃんが飛び出してきたものですから、つい……」


 目くじらを立てる〈お嬢様〉と呼ばれた女性に、お供の男性はしょんぼりと肩を落とした。どうやら彼らは〈姿くらまし〉を駆使して奥へ奥へと進んでいる最中であり、モンスターに見つからないように身を潜めて術の使用制限の解除待ちをしているところだったらしい。
 死神ちゃんは彼らを舐めるように見つめると、心なしか顔をしかめた。何故なら彼らはきちんとした装備ではなく、ギルド登録時に支給されるような簡素な武具を身に着けていたのだ。


「なんだ、お前ら。また貧乏に逆戻りでもしたのか」

「ふふふ……。違うわよ、死神ちゃん。貧乏にならないように、わざと最低限の装備に差し替えて、荷物も最小でしか持ってこなかったのよ」


 お嬢様は不敵に笑うと、力強く拳を握った。


「待っていなさい、六階の〈出て行けジジイ〉!」


 彼女の声は思いの外大きく、ダンジョン内に響き渡った。お供たちに窘められたお嬢様は、慌てて口を噤んだ。

 彼女はとある貴族のご令嬢で、両親の反対を押し切ってダンジョン探索をしていた。というのも、彼女の親は〈女の子にこんな野蛮なことはさせられない〉と思っていたからだ。しかしながら、モタモタしていては王家から権力簒奪を目論む他の貴族たちに遅れを取ってしまう。だから彼女は親の反対を他所にダンジョンへとやって来たのだが、六階にある歓楽街に事務所を構える〈ダンジョン内施設振興組合の組合長〉から〈持ち物を強制没収ならびに強制退去の刑〉を食らった。
 それ以来、両親は彼女への仕送りをストップし「もう諦めて帰ってきて、見合い結婚をしてくれ」と催促していた。しかし、彼女の見合い相手というのが、あのM奴隷な三男坊だった。ダンジョン内で彼と遭遇し、彼の性癖を知っていた彼女は、断固としてお見合いを拒否していた。そして仕送りがない状態で無一文という極貧状態に陥りつつも、彼女とそのお供たちは諦めることなくダンジョン探索を進めていた。


「そういやあ、先日、三男坊と遭遇したんだが」


 彼女たちの〈姿くらまし〉が回復して次の潜伏スポットに移動をし終えると、死神ちゃんは休憩のために軽食を用意するお嬢様にそう言った。するとお嬢様は手にしていた包みをうっかり落とし、慌てたお供がそれを空中でキャッチした。お嬢様はご令嬢がしてはいけないような〈心底辟易とした表情〉を浮かべて、汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てた。


「あいつ、まだ生きてたの。早く消失(ロスト)してくれたらいいのに」

「気持ちは分からんでもないが……。その発現はさすがにえげつないだろ」

「いやでも、諦めが悪いのとしつこいのは違うと思わない? 私としては、とてつもなく迷惑でしかないのだけど」


 お嬢様は苦々しげな顔でそう言うと、お供に礼を述べて先ほど落としかけた包みを受け取った。そこに入っていたのはサンドイッチで、彼女はにっこりと笑みを浮かべると、死神ちゃんにひとつお裾分けしてくれた。


「私が腕によりをかけて作った、特製節約サンドイッチよ」

「まだ節約に励んでいたのか」

「当たり前じゃない。活動資金はいくらあってもいいものですからね。切り詰められるところは常に切り詰めていかないと」


 貧困に喘いだ結果、彼女はノームの農婦という師匠を得てダンジョン内食を極めた。ダンジョン内で手に入るきのこや魚などはもちろんのこと、虫の足までも食す彼女たちはとても苦労が染みついていて清々しいまでに不憫だった。現在はもう少しまともな食生活を送っているようで、彼女たちは仲良くなった別の農家の許可を得て山に分け入り、猟をしたり山菜を摘んだりしているのだとか。


「お父様は〈狩りは男の嗜み〉と言って、私を山には連れて行ってはくれなかったけれども。……いいわね、猟をするというのは」

「いや、お前の父さんの言う〈狩り〉とお前の言う〈猟〉は、同じようで違うものだと思うんだが」

「でもね、この前、まるまると太った美味しそうな鹿を仕留めたら、不思議な毛玉が横から掻っ攫おうとしてきたのよ。何とか撃退して、鹿は取り戻すことができたのだけれども。……あれは一体、何だったのかしら」


 サンドイッチを口に運びながら、彼女は不思議そうに首を傾げた。死神ちゃんは頬を引きつらせると、無言でサンドイッチにかじりついた。

 休憩を終えると、彼女たちは〈姿くらまし〉を用いて次の潜伏ポイントまで進んでいった。途中で術が切れてしまい、彼女たちはモンスターに囲まれてしまったのだが、なんと彼女たちはそれを撃退してしまった。死神ちゃんが驚嘆すると、彼女達は照れくさそうに頭を掻いた。
 彼女たちはお家からのバックアップがあった当時、金にモノを言わせて最高の装備を整え、金で〈冒険者レベル〉を買っていた。結果、実際の熟練度は著しく低いため、身ぐるみを剥がされてからはかなり辛酸を舐めることとなった。しかし、少しでも長く生きながらえ、少しでも多く物を持ち帰って金銭に換えるべく努力した結果、実力が伴ってきたようだった。


「私たち、気持ちを入れ替えて努力して、本物の冒険者になったの。だから最低限の装備でも協力し合えば何とかやり過ごせるし、地道に探索を重ねて〈安全かつ最短のルート〉を割り出したのよ。――もちろん、この情報は、どれだけお金を積まれたって他の冒険者には譲らないわ」

「すごいな! ただの甘ったれたお嬢様だったのが、こうも成長するだなんて! でも、それならそれこそ、そのまま未踏の地に踏み入っていけばいいのに」


 お嬢様はニヤリと笑って首を横に振った。最短ルートを割り出したと言っても、そのルートを実際に使用するのは今回が初めてなのだそうだ。果たして本当にそのルートが最短であるか否かを確かめるために、今回、最軽装備でやってきたのだそうだ。そしてそんな装備でやって来た理由はもうひとつある。――そう、〈出て行けジジイ〉だ。
 彼女は組合長に〈怪しいやつめ〉されてからこの方、損害賠償を請求するために逐一メモを取っていた。今回はせっかくなので、弁護士を伴って彼の事務所に乗り込むことにもしているのだとか。死神ちゃんはその話を聞いて、不思議そうに首を傾げた。


「で、肝心の弁護士さんは?」

「ああ、彼女なら五階最奥のサロン前で落ち合う約束をしているのよ。この最短ルートを教えたくはなかったし、それに彼女、サロンの常連らしいから、だったら彼女のサロン帰りに同行してもらおうということになって」

「彼女……?」

「ええ、彼女よ。女性弁護士なの」


 何となく嫌な予感がした死神ちゃんは顔をしかめた。そしてその予感は的中し、死神ちゃんは法律書で殴りかかられた。


「異議あり! だからどうして、あなたは攻撃を受けても平気なのよ!」

「どうして今の攻撃が効くと思ったんですかね」

「だって今、私は神の手に解されたばかりなのよ!? だから、私は今、とても清らかな身のはずなのよ!」

「神の手に解されたからといって、お前自身が聖別されるわけではないんです。よってその異議は棄却されます」


 弁護士はピンヒールをカツカツといわせて地団駄を踏みながら「異議あり!」を繰り返した。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、お嬢様を見上げてボソリと言った。


「なあ、本当にこいつを雇ったのかよ。こいつ、ボッタクリで有名なんだろ?」

「でも、勝率は半端なく高いから。それに、今回は成功報酬でいいって言うから」

「私としても社交界にコネができるのはオイシイのよ。だから、今回はそのようにサービスさせて頂きました!」


 にこにこと笑みを浮かべるお嬢様と、得意気に胸を張る弁護士を交互に見つめると、死神ちゃんは「うわあ」と呻いた。

 彼女たちはとうとう、目的地である〈組合長の事務所〉へとやって来た。ノックをしたあと、中からの返事も待たずにお嬢様は「たのもー!」と雄々しい声を上げて部屋へと乗り込んだ。デスクで作業していたダークエルフの老人は(いかめ)しい顔を一層険しくすると、仕事用の眼鏡を外して机上に置いてある眼鏡へとかけ替えた。


「何じゃ。儂は今、とても忙しいのだがのう」

「あら、そう? じゃあ、今からもっと忙しくしてあげるわ! 二年ほど前、あなたが〈出て行け〉した際に私たちから引き剥がした装備品を一式、返してもらうわよ! さもなくば、この偉い弁護士先生があなたの罪を白日のもとに晒すんですから!」

「物を返せとやって来たのは、お前さんらが初めてじゃのう」


 組合長はにっこりと微笑んだ。〈これは裁判前に示談が成立するのでは〉とでも思ったのだろう、お嬢様も釣られて微笑んだ。しかし組合長はにこやかな笑みを浮かべたまま死神ちゃんを手招きして〈呪いの黒い糸〉を引きちぎると、一転して怒りの形相で「怪しいやつめ、出て行くがいい!」と叫んだ。お嬢様とお共たちは悔しそうな表情を浮かべると「諦めないんだから!」という捨て台詞を残してダンジョンの外へと強制送還させられた。
 一部始終を見守っていた弁護士はギョッとした表情で固まっていた。ようやく自体を把握すると、懸命に笑顔を繕って「組合付きの弁護士はいらないか」と言いながら媚びへつらった。華麗なる寝返りを見せつけた彼女に真顔を向けると、組合長はフンと鼻を鳴らした。


「そんなもん、要らぬわ。出て行くがいい!」


 弁護士の豪奢に飾り立てられた〈盗難防止魔法〉のかけられたポーチには、どうやら〈出て行け〉魔法が及ばないようだった。彼女の身ぐるみを剥がすことができなかったことを、組合長は悔しそうに舌打ちした。
 辺りが静かになると、組合長は死神ちゃんを見下ろして言った。


「手間を取らせて申し訳ないが、社内に戻るついでに、扉の先にいる秘書に〈冒険者の荷物を片付けるように〉と伝えてくれい。それから――」


 珍しく、組合長が何やら言いづらそうにもじもじとした。死神ちゃんが首を傾げると、組合長は気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。


小花(おはな)さん、お願いがあるんだが。――うちの孫が〈(かおる)ちゃん〉の大ファンでな。今度の新春コンサートにもお邪魔する予定なんじゃが、良かったらツーショット写真を撮ってやってはもらえんかね」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、是非楽屋に遊びに来てと返したのだった。




 ――――なお、〈ダンジョンを踏破すれば、踏破者権限で損害賠償を請求できるのでは〉と考えたお嬢様は、一層探索に力を入れるようになったそうDEATH。

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