第332話 死神ちゃんと覗き魔⑦
死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、すぐ近くでドワーフの僧侶が真剣な表情でモンスターと戦っていた。彼は死神ちゃんの姿に気がつくと、渾身の一撃で敵を殴り、相手が地に伏したか否かを確認する前に満面の笑みで死神ちゃんのほうを向いた。そしてモンスターがズウンと音を立てて倒れるのと同時に、彼は両手を広げ死神ちゃんに走り寄った。
死神ちゃんはにっこりと笑顔を返すと、彼のほうへスウと近寄っていった。しかし彼が死神ちゃんの足の間に滑り込むよりも早く、死神ちゃんは飛行速度を早めて彼の体をすり抜けた。そして、ぎゃあというおっさんの悲鳴を背中で聞きながら、死神ちゃんは手早くスカートの裾を脚で挟み込んだ。ようやく平常を取り戻したドワーフは、死神ちゃんの防御態勢が完成したのを見てがっくりと肩を落とした。
「新年早々、それはどうかと思うのよ。遠い国では、新年のご挨拶として臨時ボーナスをいただくことができるそうじゃあないの。つまり、日ごろの感謝を込めて、桃源郷への入場を許可してくれてもいいと思うのよね」
「アホか。どうして新年早々痴漢被害に遭わなきゃあならないんだよ。そういうお前こそ、感謝の気持ちを込めて何かくれたらどうなんだよ」
死神ちゃんに睨みつけられたドワーフは、にっこりと笑みを浮かべると、ポーチの中から何やらを取り出した。そして死神ちゃんの黒頭巾に手をかけると、それを外して代わりに何やら付け足した。
「はい、あけおめのことよろー」
怪訝な表情を浮かべると、死神ちゃんはたった今頭に装着させられた物を取り外してみた。そして一層眉間のしわを深めると「は? 猫耳?」と呟いた。死神ちゃんは猫耳をもと通り頭に戻しながら、不服そうにドワーフを見つめた。
「俺、お中元やお歳暮、新年のご挨拶はハムが良い派なんだが」
「えっ、もらっておいて文句言う!? しかもちゃっかり、もと通り装着しておいて!?」
「ていうか、お前、パンティー以外のものにも興味があったんだな。一体どうしたんだよ。趣旨替えか?」
「いやいやいや、何話題をすり替えちゃってるの!? ねえ!?」
動揺し続けるドワーフに、死神ちゃんは気にすることなくヘッと鼻を鳴らした。
彼は〈スカートの中を覗き見る〉ということが趣味の変態である。この桃源郷を彩る至高のパンティーを求めて、彼は度々ダンジョンにやって来ていた。だから、この猫耳カチューシャは〈パンティー以外のものにも興味を示すようになった証拠〉であり、本日は下着以外のものをハントしに来たのかと死神ちゃんは思ったのだ。しかしながら、彼はアイテム掘りの趣旨を残念ながら変えてはいなかったようだ。
「まあ、あれよ。その質問に答えるとするならば〈ノー〉だね」
「じゃあ、今もなお変態をこじらせているのか。残念極まりないな」
「新年早々辛辣ぅ!?」
「お、これ、脳波測定機能があるんだな! 耳がピクピク動いてる!」
「ねえ、待って! 何、一人で楽しんでるの!? ねえ!?」
死神ちゃんは鏡を取り出して、猫耳が動く様子に見入っていた。覗き魔は一転して猫耳の動きに癒やされるとでもいうかのようなほんわかとした笑みを浮かべると、それは今探しているシリーズ装備のヘルムだと教えてくれた。楽しそうに笑っていた死神ちゃんの顔は、一瞬で疑いの表情で溢れた。
「は? こんなファンシーな装備があるのかよ」
「うんうん、疑いたくもなるよね。でも、あるんだから仕方ないよね。もの凄くレアだから、全然拝めやしないんだけど。それ、さっきようやく手に入れたものなの」
「これがヘルムってことは、他の部位もあるのか」
覗き魔はうなずくと、真面目くさった表情でポツリと言った。
「ケモッ
「どうって、どういう――」
「スカートに穴が開いていて、そこに尻尾を通す感じですかね? それとも、特に穴が開いていなくて、うっかり尻尾を持ち上げたらパンツーマルミーエになってしまう感じですかね? そして、どちらにしても、尻尾がある人用のパンティーは、尻尾があっても履きやすいように、お尻の部分がV時に割れていると思うんですよ!」
「ていうか、そんなの、
「死神ちゃん、分かってないなあ。けものというのは哺乳類だよ? 竜人族は爬虫類じゃない。だから尻尾の感じも違うし、おいらが知りたいことの参考にならないんだよね」
死神ちゃんは、不思議そうに眉根を寄せて首を傾げた。何故なら、この世界にいる獣人種族は竜人族しかおらず、
「収穫祭の仮装大会でね、人気なのよ。にゃん娘の仮装が。それを眺めていたら、にゃん娘の桃源郷は一体どんな景色なんだろうと気になったわけよ。でも、こんなおっさんがお買い求めしたら、お縄頂戴確実でしょ?」
「そんなの別に『プレゼント用にラッピングしてください』でいいだろうが」
あっけらかんと返す死神ちゃんに、覗き魔は愕然とした表情を浮かべた。そして「その手があったか」と呟きながら、彼はガクリと膝をついた。少しして、気を持ち直した彼は話の続きをし始めた。
「まあ、とりあえず。にゃん娘なりきり装備がダンジョンで手に入るっていう噂を聞いたのよ。ダンジョンで手に入れる分には問題ないかなと思って。――おいらとしては、なりきりというくらいなんだから、スカートと尻尾とおパンティーが全て別になってて、覗き込んだら〈にゃん娘の桃源郷〉を堪能できる仕様になっていて欲しいんよね。スカートはもちろん、尻尾穴が開いてる系で。だから、今回はおパンティーはもちろんだけど、下半身の装備一式を探している感じなのよ」
「いやあ、そこはスカートに猫尻尾ついてて終わりなんじゃあないのか?」
死神ちゃんが呆れ眼でそう言うと、覗き魔は「そんな、探す前から夢のない!」と声をひっくり返した。
自分の妄想通りであり、桃源郷を堪能できる代物であると信じて、彼はにゃん娘装備探しを再開させた。先ほどの猫耳は獣人系モンスターから入手したらしく、そのため彼は獣人系に絞って戦闘を行った。しかしやはりレア物とあって、手に入るアイテムはどれもこれも普段通りだった。彼は不服そうに口を尖らせると、小首を傾げながらこぼした。
「おっかしいなあ。死神ちゃんにとり憑かれると欲しいものが手に入るんじゃあないの?」
「は? 何だそりゃ」
「いやあ、もっぱらそういう噂よ? しゃべる死神にとり憑かれるとアイテム入手率が上がるって。おいらも、それは実感してるんだよね」
「そんなの、偶然だろ。死神を福の神扱いしないでもらえるかな」
死神ちゃんが苦い顔を浮かべた直後、覗き魔が「あ、手甲ゲット!」と声を上げた。死神ちゃんは思わず「嘘だろ」と呻いて目を見開き驚嘆した。
下半身装備にしか興味のない彼は、手甲を死神ちゃんに装備させた。それは手甲というよりも〈肉球の感触が気持ちのよい、もこもこした猫の手手袋〉だった。死神ちゃんは肉球を頬に押し当てて、その気持ちよさを楽しんでいた。幼女らしくキャッキャと声を上げ始めた死神ちゃんを、覗き魔は親御さんのような視線でほっこりと見つめた。
覗き魔は続いて、毛足の長いボア素材のネックウォーマーを手に入れた。金色の大きな鈴が付いており、それを首に巻いた死神ちゃんはますますにゃん娘に近づいた。覗き魔は再び親御さんのような笑顔を浮かべたが、すぐさま深刻そうに眉根を寄せた。
「ていうか、さっきから上半身装備ばかりじゃない! おいらが探しているのは、下半身装備なんだけど!」
「あれじゃあないか? 物欲センサーってやつ」
「うえええええ!? 困る! せっかく、死神ちゃん効果感じ始めたところだってのに!」
「だから、
死神ちゃんは、呆れ果てて声を落とした。言い終えてすぐ、死神ちゃんは顔をしかめた。何やらよからぬ気配を感じたのだ。どうしたのかと覗き魔が死神ちゃんに尋ねたのと同時に、彼の声をかき消すように女の声が聞こえてきた。
「尻尾ぉは、私が持っているぅわよぉ……!」
「えっ、本当に!? 誰!? ていうか、見せて!」
「何であなぁたにわざわざ見せぇなくちゃなぁらないのぉよ。可愛い子ちゃんが装着しぃたら、それで終わぁりでいいじゃあないぃの」
「オネエサン、分かってないね! そのさらに先が重要なんよ!? にゃん娘用おパンティーの存在の有無! そしてその桃源郷の景気!」
「あなた、何言っていぃるのか分かぁらないわよ。頭、大丈夫?」
「これが分からないだなんて、オネエサンのほうがどうかしてると思うのよね!」
女は、覗き魔を警戒するようにメイスを抜いた。覗き魔も、同じくメイスを構えた。二人の僧侶は激しい応酬と自己への回復魔法がけを繰り返しながら、お互いの変態性をさらけ出した。
互いの〈マイ・フェイバリット〉を一方的に語るという平行線を辿るだけの無駄な戦いを行う彼らの間を、黒い〈
「国によっては、黒猫は幸運の象徴らしいぜ」
「へえ、そうなぁのね!」
「じゃあ、きっとこの後すぐにでも下半身装備が手に――」
死神ちゃんの言葉に嬉しそうな反応を示した覗き魔と女は、そのままアルプの催眠魔法を受け、そして鋭い爪での渾身の一撃を受けた。
彼らは霊界に降り立つと「まあ、アルプだもんね。そりゃあ不幸な結果にしかならないわ」としょんぼりとうなだれた。死神ちゃんは申し訳なさそうに頭を掻くと、そのままスウと姿を消した。
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待機室に戻ってきた死神ちゃんを出迎えたのは、にゃんこと天狐からの熱烈なハグだった。
「お揃いなのねー!」
「今の格好だと尻尾がないからの、わらわともお揃いなのじゃ!」
「うむ、私ともお揃いだな」
いつの間にかチベスナも近くに立っており、彼は何故か勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべた。チベスナを呆れ眼で見つめてすぐ、死神ちゃんはメロメロに腰砕けとなっているケイティーに尋ねた。
「なあ、ところで、この装備って何か特殊効果があるのか? 防御力がとてつもなく高いとかさあ」
「ない」
「は?」
「ない」
「はい……?」
「だから、ないよ。ただ、可愛らしいってだけ。ああもう、無理限界。私にもハグさせてえええええええ」
死神ちゃんは抱きついてきているにゃんこや天狐ごと、ケイティーに羽交い締めにされた。そして、ギュウギュウと抱きしめられながら「ただのファンシーグッズかよ!」と素っ頓狂な声を上げたのだった。
――――でも、もしかしたら、あまりの可愛らしさにパーティーメンバーのやる気が上がるかもしれないのDEATH。