第305話 グルメ王に、俺はなる……?②
司会のエルダはにこやかにマイクを握りしめると、グルメ王選手権の開会を宣言した。彼女の隣では司会補佐ならびに解説役のマッコイがにっこりと微笑んだ。審査員席に座る死神ちゃんと天狐も笑顔を振りまき、アリサが社長さんスマイルを浮かべ、初の殿堂入り者であるゴブリン嬢がやんごとなく手を振った。
毎年二回行われていた大会は、去年マッコイが殿堂入りを果たしたことを機にリニューアルすることとなった。食べ物が美味しい季節である秋に一回だけの開催となり、しかしながら今まで以上にバラエティー色を追求した内容となった。ただし、グルメ情報番組のナビゲーターを決定するという趣旨に変わりはなく、優勝者は向こう一年間、グルメタレントとして活動していくこととなる。
エルダは挨拶や事の経緯をカメラに向かって説明し終えると、「ところで」と言ってマッコイの方を向いた。
「マコさんがこの選手権からご卒業してしまったので、てっきりお弟子さんが代わりに参戦なさるのかと思いました」
「弟子?」
「ええ、ほら、審査員席にいる……。グルメ番組を一緒に盛り上げてくださった……」
含みのある言い方でニヤニヤとしながらエルダが審査員席に視線をチラチラと送ると、カメラが審査員席をアップにして死神ちゃんと天狐を映し出した。天狐はぷるぷると震えながら必死に〈さすがにそれは無理〉と言いたげな素振りを見せ、死神ちゃんは〈困ったな。出て欲しかったのなら、そう言えよ〉と言わんばかりにかっこつけた。すかさず、マッコイは微笑みを湛えたまま「あら、
「あら、手厳しいですね。それはどうしてですか?」
「だって、この選手権のコンセプトは〈様々なグルメの情報を、美味しく楽しくお届けすること〉でしょう? 薫ちゃんに任せたら、紹介されるお店はデザート関係
再び、死神ちゃんはドアップで映された。ふてくされ顔でゆっくりとマイクを握ると、死神ちゃんはきっぱりと言った。
「本当のこと過ぎて、ぐうの音も出ないな」
会場はドッと笑いの渦に飲み込まれた。
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観客が笑い止むと、エルダは出場者ひとりひとりの名前を読み上げた。呼ばれた者は観客からの声援に応えながら、笑顔でステージに登場した。その中には、マッコイと優勝者争いをしていた選手権の常連・オークキングの姿ももちろんあった。
死神ちゃんは最後に入場した者の姿を見て、目を丸くした。彼女は照れくさそうに笑いながら、マイクを向けられて控えめに挨拶をした。
「
死神ちゃんは唖然として目を
「ソフィアは、まだまだ未熟者だけれども。日々感じている〈この世界のお食事は素晴らしい〉という思いを精一杯出せたらなと思って、このコンテストに挑戦してみたの。どうぞ、よろしくお願い致します」
可愛らしくお辞儀をしたソフィアに、会場中が目尻を下げた。
出場者たちの挨拶が終わると、さっそく〈第一ステージ〉を開始することとなった。今までの選手権とは違い、今回からは本戦出場者数が増えた。予選を勝ち抜いて選ばれた彼らはこれから、クイズやリアクション対決、お料理対決、プレゼン対決など、いくつものステージで〈グルメさん〉としての腕を競い合っていく。獲得点数の少なかった者が脱落していき、最終ステージでは二名、多くても三名が戦うこととなっていた。
第一ステージはクイズ大会だった。クイズは予選でも行われているのだが、さすがは本戦とあって難易度が少々高かった。オークキングが圧倒的な知識を見せつけ首位を独走し周囲を引き離す中、自信なさげにたどたどしく回答していたソフィアはというと、それでも必死に食らいついて第二ステージへの進出を決めた。
ソフィアは、お料理対決では一生懸命にお子様用の包丁を握り、リアクション対決では心の底から美味しそうに食べた。観覧者は彼女が全力で〈食事に関すること全般〉を楽しんでいる姿に、とても癒やされ心をわし掴みにされた。プレゼン対決でも熱心にお店や料理に対しての〈感動〉や〈好き〉などの思いを
ソフィアは〈どのステージでも常に一位通過〉というわけではなく、下から数えたほうが早いときもあった。しかし、彼女の熱意が退場をさせなかった。気がつけば、ソフィアは最終ステージまで残っていた。
「さあ、いよいよ最終ステージね。最後は、アタシと一緒に実際にグルメリポートをしてもらいます。――オークキングさん、ソフィアちゃん。はい、くじを引いてちょうだい」
そう言って、マッコイは箱に入った棒を二人に差し出した。二人は棒に手をかけると、同時に棒を引き出した。結果、ソフィアは先手だった。しかし、オークキングが異議を唱えた。
「はじめましてのお子様に先にやらせて、緊張して上手くできませんでしたで俺が優勝決めても、嬉しくもなければオイシクもないからな。俺が先にやらせてもらうよ。――いいか、嬢ちゃん。格の違いってやつを見せてやるよ」
しかし、大人の優しさと見せかけて大人げない発言をしたオークキングは、結局ソフィアには勝てなかった。番組終了後、撮影用の王冠とガウンを身に着けたまま死神ちゃんと天狐に囲まれて気恥ずかしそうにしているソフィアを恨めしげに眺めながら、オークキングは毒づいた。
「お子様三人組でユニット組ませるための口実作りのために、最初からあのガキが優勝するって決まってたんじゃあないのか」
「あら、そんなことはないわよ。最初から最後まで、公平に審査したわよ。――前にも言ったわよね。私は私的な感情で従業員の評価を変えるような、そんな陳腐なことはしないって。それが経営者としての私のプライドだって」
アリサが淡々と言うと、うっかり愚痴を聞かれてしまったオークキングはバツが悪そうに顔をしかめた。アリサは気にもとめず、得意気にニヤリと笑って続けた。
「ビジネスのために仕込みをすることも確かにあるでしょう。それは認めるわよ。でもね、ソフィアをアイドルユニットに加えるために、グルメ王の肩書が必要だと思って?」
「必要だからこそ、こういう結果に――」
「いやだわ、必要なんか無いわよ。そんなものがなくても、話題性は十分だもの。つまりね、あなたは正真正銘、真剣勝負をしてあの子に負けたのよ」
「何でですか!? 前に忠告を受けたから、うんちくが鬱陶しくなりすぎないように気をつけたし! 料理だってソツなくこなしていたし! プレゼンもリポートも的確だったのに! こんな、右も左も分からないガキに〈グルメが特技〉のオークキングが負けるわけがないんだ!」
オークキングは悔しそうにソフィアを指差した。王冠とガウンを天狐に着せて遊んでいたソフィアは驚いてオークキングとアリサのほうを向くと、二人に小走りで近寄った。そしてオークキングを見上げると、ソフィアは遠慮がちに尋ねた。
「ねえ、オークキングさんは、お食事を頂いてて楽しいですか?」
以前にも同じことを言われたことのあるオークキングは憮然とした表情を浮かべると、ソフィアを見下ろして答えた。
「それ、前にも言われたことがあってな。それ以来、楽しむように心がけているよ。そもそも、オークキングにとってグルメであることは当たり前のことだからな。だから、負けるはずがないんだよ」
「あのね、当たり前のことって、実は当たり前ではないのよ」
「はあ?」
オークキングが難色を示すと、ソフィアは困り顔を浮かべながらたどたどしく話しだした。
「生まれつき備わっている能力や環境って、当たり前だと思いがちだけど。すっかり馴染んだ日常って、当たり前だと思いがちだけど。でもね、ちっとも当たり前ではないのよ。とても尊くて、素晴らしいものなの。それに、その〈当たり前〉は決して永遠ではないのよ。だから、当然と思わずに大切にしなければならないの。――オークキングさんは〈グルメであること〉を〈当たり前〉だと思いすぎて、そのせいで心の底から楽しめてはいないんじゃあないかしら?」
オークは〈天啓を得た〉とでも言いたげなハッとした表情を浮かべた。ソフィアは笑顔を浮かべると、照れくさそうに心なしか顔を伏した。
「〈在る〉ということは、それだけで喜びであり、感謝に値することなのよ。そして、楽しくて嬉しいことなの。だから、当たり前と思って楽しめないのは、もったいないわ」
オークキングは被っていた王冠を脱いだ。そして、ソフィアに差し出しながらポツポツと言った。
「俺は、一番大切な何かを失っていた。お嬢ちゃん、あんたは今、それに気づかせてくれた。さすがは聖女様だ。お嬢ちゃんこそ、グルメ王に相応しい。だから、この王冠、もらってくれないか。そして我らがオークの王となってくれ」
ソフィアが戸惑っていると、横合いからケツあごのおっさんがしゃしゃり出てきて〈オークの王就任〉をきっぱりと断った。感動と感謝の思いに浸っていたオークキングはその思いを〈突如現れたケツあご〉に折られたことに、思わず動揺した。
「えっ、あんた、誰だよ……」
「ソフィアちゃんは我が希望の光ゆえ、ぬしにくれてやることはできぬのだ」
「おじ様! いつの間に!?」
「うむ、はじめからだ。観客席で見守っていた。――おお! 筋肉神よ! どうだ、考えはまとまったか? 眷属も一緒ならば寂しくもあるまい。さあ、今すぐにでも――」
ソフィアの〈愛ある教え〉を見守りほっこりとしていた死神ちゃんは、一転して辟易とした表情を浮かべた。マッコイやアリサも、死神ちゃんと同じようにほっこり気分を折られたようでげっそりとした顔をしていた。三人は声を揃えると、ケツあごに向かって「すみませんが、帰ってください」と頭を下げたのだった。
――――なお、ソフィアがメインのグルメ番組が始まるまでの繋ぎとして〈薫ちゃん、おやつだってよ〉が放送されたという。死神ちゃんがひとりで、時には天狐と一緒にただひたすらパフェやケーキを頬張るだけの番組だったのですが、視聴率はとても良かったそうDEATH。