リグドと、内緒の場所 その2
「しかし……いい湯だな、こりゃ」
お湯に胸の辺りまでつかっているリグドは嬉しそうな声をあげた。
この湯は効能がかなり強いらしく、体に粘着するような感触があった。
傭兵時代に重騎士として体を酷使し続けていたリグド。
そのため腰や膝の古傷による慢性的な痛みを抱えていたのだが、この湯につかっているとその痛みが薄らいでいく気がしていた。
……こりゃ、マジですごいな
その湯を手にとりながら感心しきりのリグド。
その横に、クレアが寄りそうようにして湯につかっている。
クレアもまた右の手首に慢性的な痛みを抱えていた。
傭兵時代、弓を射る際に酷使し過ぎた結果である。
その痛みも、この温泉につかることで薄らいでいた
……のだが
クレアは、リグドと一緒に温泉に入れていることに歓喜し続けていた。
……リグドさんと一緒にお風呂……店の風呂は小さすぎてこんなこと出来ないっすからね……あぁ、最高っす
そんな事ばかり考え続けているため、痛みが緩和されていることにまで意識が回っていなかった。
そんな2人の側に、ワホが近寄ってきた。
気持ちよさそうに湯につかりながら、その顔をリグドに寄せていく。
「ワホ、いいところを教えてくれてありがとよ。おかげで体が楽になったぜ」
ワホの頬を撫でながら、リグドはニカッと笑みを浮かべた。
「ワホ!」
ワホは、嬉しそうに一鳴きすると、リグドの胸板にその顔をすり寄せていく。
すると、
「ワホ! 今は自分がリグドさんと温泉を楽しんでいるっす、じゃれるのは後にしてほしいっす」
クレアが抗議の声をあげた。
するとワホは
「ワホン」
甘えた鳴き声をあげながら、今度はクレアにその頬を寄せていく。
「こ、こらワホ! じ、自分は身も心もリグドさんの物っす、じゃれるのは……」
声をあげるクレア。
その言葉を遮るようにして、ワホがその顔をなめ回していく。
そんな1人と1匹の光景に、リグドは
「ワホもクレアと仲良くしてぇみたいだな。みんな仲良しでいいじゃねぇか」
そう言うと、ハハハと笑いながらクレアの肩に腕を回していく。
一行は、賑やかな声をあげながら温泉を満喫していった。
◇◇
しばらくすると、その温泉に野生の魔獣達が姿を見せた。
よく見ると、その魔獣達の多くが怪我をしている。
皆、温泉の中に怪我をしている箇所をしっかりつけながら温泉につかっていた。
「……どうやらここは、魔獣達の湯治場になってるみたいだな」
リグドは、そんなことを考えながら頷いていく。
……ひょっとしたらワホのヤツ……俺とクレアが怪我を抱えていることに気が付いていて、それでここに連れてきてくれたのか……
視線をワホに向けるリグド。
リグドの視線に気が付いたワホは、
「ワホ!」
嬉しそうに一鳴きした。
そのままもうしばらく温泉につかった後、皆は温泉からあがった。
ワホがすさまじい勢いで身震いすると、すさまじい量の湯が周囲に飛び散っていく。
「うわっぷ、こりゃすごいな」
その直撃を至近距離でくらったリグドは、楽しそうに声をあげていく。
体を拭き、衣服を身につけると一行は温泉を後にした。
「また、あの渓谷に狩りに言ったら寄ってみるか」
リグドの言葉に
「ぜひ!」
大きく頷くクレア。
「ワホ!」
嬉しそうに一鳴きするワホ。
そんな会話を交わしながら、一行は街へ向かって早足で進んでいった。
◇◇
「ふおぉ!? す、すごいですね、こここ、こんなにいっぱい」
ワホとリグドが担いで帰って来た魔獣の山を見たカララは、仰天した声をあげた。
カララのみならず、城門の衛兵や街道を行き交っていた人々も、リグド達一行の姿見るやいなや今のカララ同様に目を丸くしながら感嘆の声をあげていたのは言うまでもない。
「あぁ、ワホが穴場に案内してくれたおかげさ」
ニカッと笑うリグド。
「ワホン!」
リグドの言葉に喜んだワホは、元気に一鳴きした。
リグドは、持ち帰った獲物を早速さばきはじめた。
包丁を使って皮をはぎ、食用として使用出来る肉を切り分けては、ドンタコスゥコ商会から購入した大型の魔石冷蔵庫の中へ保管していく。
カララが使用していた魔石冷蔵庫もあるにはあるのだが、かなり小型のため食材をあまり保管することが出来なかったのである。
「クレア、流血狼をあと3頭さばくから、残りはワホと一緒に商店街組合で買い取ってもらってくれ」
「うっす」
リグドの指示に、クレアは返事をすると、縛り直した魔獣をワホの背に乗せた。
そのまま、2人は商店街組合へと向かっていく。
厨房では、リグドが最後の流血狼をさばきはじめていた。
すでに魔石冷蔵庫の中は一杯になっていた。
リグドは、さばき終えたばかりの流血狼の肉をぶつ切りにすると、フライパンを準備しはじめた。
「さて、こいつはこのままスープカレーにしちまうか」
そう言うと、リグドは一度厨房を離れた。
勝手口から外に出て、店の裏へと向かって行く。
エンキ達の小屋へと移動したリグドは
「おう、野菜をもらいにきたぞ」
そう言いながら小屋のドアをあけた。
……すると
「う、うぇ!? り、リグドさん!?」
「やべぇ、も、もう帰ってきちまった」
それまでリビングで思い思いにくつろいでいたエンキ達が、一斉に焦った声をあげていく。
立ち上がり、野菜のバケツに殺到していく、
その光景を前にして、
「な、なんだぁ?」
怪訝そうな表情をうかべるリグド。
しかし、その理由はすぐにわかった。
リグドが狩りに出発する前に、エンキ達に皮を剥くよう指示しておいたバケツ10杯分の野菜。
まだその半分も作業が進んでいなかったのである。
「え、エンキ……リグドさんが帰って来るのは日が落ちてからじゃなかったのか?」
「う、うるせぇモンショウ……お、お、お、俺だってこ、こ、こ、混乱してるんだ」
互いにそんな言葉を交わし合っているエンキ達。
事情を察したリグドは、そんな一同を見回しながら、足先で床を叩き続けていた。
「……俺が戻ってくるまでまだ時間があると思って、作業をサボってたみてぇだな」
ニカッと笑うリグド。
しかし、その目は笑っていなかった。
そんなリグドの姿を前にして、エンキ達は震え上がっていく。
……その後
エンキ達には新たにバケツ20杯分の野菜の皮むき作業が命じられた。
「制限時間は日が暮れるまで。出来なかったらお前ぇら全員晩飯抜きだ」
「げぇ!? 日が暮れるまでって……」
「もう半分山の向こうに沈んでるし……無理だって」
リグドの言葉に、呆然とした声を上げていくエンキ達。
そんな一同を再度見回していくリグド。
「自業自得なんだしな、今回は容赦しねぇぞ、ほれ、スタートだ!」
リグドが合図の声をあげた。
「く、くそう、晩飯抜かれてたまるか!」
「みんな、気合い入れて剥け!剥きまくれ!」
エンキ達は、一斉にバケツに殺到し、野菜を手に取っていく。
リグドは、そんな一同を笑いながら見つめていた。
◇◇
……なお
日没までの間に、エンキ達はバケツ12杯分の野菜の皮しか剥くことが出来なかった。
当然、リグドによって晩飯を抜かれたのは言うまでもない。