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猿人4人娘達と、料理人 その3

 まだ猿人4人娘はいますけど、魔王ビナスさんには早速バイトに入って貰いました。
 家の住所が「ブラコンベ」になっていたため、2号店にあるスア製の転移ドアを使ってくださいね、と、そう伝えたところ、
「あ、いえ、お気遣いなく。私転移魔法を使えますので」
 とのことで、バイト初日のこの日も、夜明け前にきっちり店にやってきてくれていました。

 なんといいますか、異世界に転移してきたらしい僕ですけど、何1つ特殊な能力がなくてほんとすいませんって思ってしまう今日この頃……

 今日は、猿人4人娘達と一緒に作業をしてもらったのですが、昨日の時点で基本的なパンの作り方はすでにマスターしていたらしく、鍋を使っての弁当調理も、すでにほぼ問題無くこなせています。
 猿人娘達に、食材の場所や、詰め方なんかをあれこれ教えて貰いながら、優雅な所作でテキパキ厨房を動き回ってくれています。

 着物風の着衣をたすき掛けし、んでもってどう見ても割烹着なエプロン身につけて、カラコロ下駄っぽい履き物の音を響かせる……なんといいますか、

 ザ・おかん

 がそこにいるわけです、はい。
 まさか異世界に日本のおかあさんに出会えるとは思わなかったですよ、いやホント。

 で

 そんなことを思いながら、一度巨木の家に戻ると

 どこからどう見ても、ビナスさんとそっくりな着物風衣装を身につけたスアがいました。
 家の中なのに、しっかり下駄っぽい履き物も履いています。

 で、その頬は、プゥと膨らんでいます。
 これはあれですね、

 ザ・やきもち

 な、スアがそこにいるわけです、はい。
 おそらく僕がビナスさんの衣装をえらく気に入って、事あるごとに見てたもんだから、スア的にもおもしろくなかったんだろうな……と。いや、ホントごめんってば……懐かしいなって思ってただけでさぁ。

 とはいえ、スアのその衣装なんですが……いや、マジで結構似合っているといいますか、手本にしたのがスア同様に小柄なビナスさんだったからか、すごくマッチしているわけです。
「……ホント、に?」
 僕が褒めると、頬を染めながら嬉しそうに微笑むスア。
 うん、スアには、その笑顔がやっぱ一番だよ。
 そんなスアに軽くキスし、抱擁してから仕事に戻ろうとしたんだけど、スアがそんな僕の袖をひっぱり、言いました。
「……次は、男を雇って、ね」

 ……ス、スアさん、わかりましたから……善処しますから……ですから、背景に不穏なオーラを発しながら僕を見つめるのは勘弁してくださいませ。


 まぁ、とにかく、スアにはたまに、着物風姿で過ごしてもらうことを了承してもらえて、内心ほくほくな僕は、その足でコンビニおもてなし本店へ戻ると、開店準備に入ります。
 ビナスさんが加わったおかげで、今日は弁当類を作るのが早く出来たなぁ、と内心で感謝しながら、僕は玄関に降ろしてあるブラインドを上げていきました。

……ん?

 気のせいでしょうか……
 入り口の真ん前に、なんかあります。

 なんかといいますか……僕の記憶に間違いが無ければ、これは、殻です……カタツムリの。

 まだ開いてないコンビニおもてなし本店の入り口の真ん前に、そのカタツムリのでっかい殻が鎮座しているわけです……

 なんでこんなもんがここに……そう思いながらも、とりあえず入り口の鍵を開け、戸を手動で開けたところ

 ツンツン

……ん?

 なんか足の方に感触が……いや、まぁ気のせいか

 ツンツンツンツン

……んん!?

 なんか今度は激しく感触が、
 僕が、びっくりしながら足元を見ると、カタツムリの殻から、人間っぽい手だけがにょっきり出ています。
「うわぁ!?」
 思わず僕がのけぞると、そのカタツムリの殻は、なんかもぞもぞ動き出したかと思うと、

 いきなり中から人が出てきました。
 文字通りニョロリンといった感じで。

 なんか鼻まで伸びてる黒い前髪のせいで顔の上半分がさっぱり見えませんが、ダボッとしたオーバーオールだけを身につけてるその……見た感じ女の子だよなぁ、雰囲気的に……は、僕にニコッと微笑むと一枚の紙を差し出して来ました。

 あれ? これってこの世界の共通履歴書……ってことは、
「君、バイト希望の人?」
 僕がそう聞くの、その子はこっくり頷きました。


 開店準備をブリリアンに任せて、僕はこのカタツムリの殻を背負った女の子を連れて応接室へ
 ……っていうか、そのカタツムリの殻、すごく大きいわけです。何しろ小柄なその女の子が中にすっぽり入ってたくらいですからねぇ。
 予想通り、応接室の扉をくぐるのにも一苦労して、ようやく室内に入ったその子は、カタツムリの殻を背負ったまま、ソファに……座れるはずもなく、背もたれのない少し足の長い座イスに座ってもらいました。
 そんなに広くない応接室で、しかも背負っているカタツムリの殻の分前にせり出しているその女の子なわけでして、結果的に、僕とその子って、将棋の対局以上に接近した状態で向き合っています。
 っていうか、
「う~ん、そのカタツムリの殻を背負ってだと仕事は出来ないよ……はずせたりしないの?」
 僕がそう聞くと、その子、なんか涙目になりながら殻を抱きしめていきます。

 え? 何? どういうこと?

「盗まれたら困る……全財産入ってる」
 ボソボソっとした声でそう言うその子

 あぁ、そっか。
 ひょっとしたらだけど、この子、このカタツムリの殻を家にして寝起きしてんのかな。
 で、この中に自分の全財産が入ってて、んで、肌身離したくない、と?

 僕はそう伝えると、その子はコクコクと頷いた。

 まぁ、そのカタツムリの殻については、あとでもう一回相談するとして、とりあえず履歴を確認、っと

 名前は「テンテンコウ」さんね……カタツムリ族、と
 住所は……あぁ、不定ってことは、やっぱそのカタツムリの殻の家で、あちこち転々としてるってことかな
 料理歴は……あぁ、お婆さんがやってた食堂を手伝ってた、と
  祖母が食堂やってたのに、今、こうしてカタツムリの殻の家で転々としているっていうのは……
  うん、なんか深く聞くのはあれかな、と思うので置いておこう。

「じゃ、テンテンコウさん、とりあえずそのカタツムリの殻の家は店で責任持って預かるから、一度置いて貰って、厨房へ……」
 そう言う僕の前で、再び涙目になりながら殻を抱きしめてます……


 結局、2階の社員寮の開き部屋まで一緒に行って、テンテンコウさんが、カタツムリの殻の家を部屋の中において、テンテンコウさんの目の前で僕が鍵を閉めるのを凝視して、やっと、彼女の背中からあのでっかいカタツムリの殻の家が取り払われました。
 部屋の鍵を彼女に手渡したので、これで安心してもらえると思ったら
「……合い鍵……ないよね?」
 って、何度も部屋を振り返る始末で……いや、まぁあるけど、それ言ったらまた長くなりそうなので割愛しました。

 こりゃ多分、あのカタツムリの殻の家絡みでなんかあったな、こりゃ。

 と、思いながらも
 まぁ、求人に応募してきてくれた彼女です。
 その腕前を見せてもらおうと言うわけで、

「じゃ、まずは僕がやってみせるからよく見ていて」
 そう言いながら、昨日のビナスさんの時と同じように、彼女の目の前で弁当作りを開始していく僕。
 顔の上半分が隠れてますけど、テンテンコウさんが、僕の手元をしっかり見てくれているのがわかります。
 焼いて、味付けして、詰め込んで……と

 はい、コンビニおもてなし名物『タテガミライオンの肉焼き弁当』の完成です。

 テンテンコウさんは、いつのまにかメモ帳みたいなものを取り出し、真剣にメモをとっていました。
 んで、出来上がった弁当の内容もジッとのぞき込んでいって


 ぐぅ


「ん?」
 なんか、どっかでお腹の音が?

 ぐ、ぐ~

 今度は構えていたのではっきりわかりました。
 出所は、テンテンコウさんです。

 見ると、テンテンコウさん、弁当をのぞき込みながら顔を真っ赤にしています。
 
 よく見たら、テンテンコウさんって、来てる服もちょっと汚れ気味だし
 どこか、ヤルメキスと初めて出会った時の感じがするんだよな……

「じゃ、味見もしておいてくれる? 全部食べていいから」
 僕がそう言うと、テンテンコウさんは、ぱぁっと顔を輝かせ……でも、
「い、いいの?……ホントにいいの?」
 と、何度も確認してきます。
「あぁ、いいから。なんだったら味見のおかわりもしていいよ」
 僕がそう言うと、テンテンコウさん、バクバク弁当を食べ始めました。

 ……あぁ、こりゃ、しばらく何にも食べてない感じだなぁ

 ヤルメキスといい、パラナミオといい、このテンテンコウさんといい
 何で僕のまわりって、こんなお腹を空かせた子が集まってくるんだろうなぁ。

 偶然なんだろうけど、思わず苦笑せずにはいられない僕。

 そんな僕の前で、お弁当の味見を2個行ったテンテンコウさん。
「では」
 しっかり手や顔も洗って、いざ調理開始。

 やっぱ初めて使う厨房で、しかも初めての料理ってことで、緊張してる様子がありありなテンテンコウさん。
 メモを何度も見返しながら、慎重に調理をしていきます。

 んで、時間的には、僕の5倍くらいかかって、最初の1個が完成しました。
 その横で、テンテンコウさん、何度も出来具合を確認しています。

 でもまぁ、見た目は十分合格点です。
 生焼けは見られないし、盛り付け具合も店に十分だせるレベルです。

 んで、僕が味見をしようと弁当を持ち上げると


 ぐぅ


 あれ?
 横で、テンテンコウさん、お腹を押さえながら、また顔を真っ赤にしています。
 あはは……遠慮したんだなぁ、さっきは
「あとで、もう1個食べて良いからね」
 そう言う僕に、テンテンコウさん、顔を真っ赤にしたまま、何度も頷いています。

 んで、味ですが……うん、問題ありません。
 しっかりメモを取っていた成果か、調味料もしっかり所定量使われています。
 調理中に
「こ、こんなに調味料……使ったことない」
 って、困惑してたテンテンコウさんですけど、無事こなせたようです、はい。

 調理時間があれでしたけど、まぁこれは慣れてくればなんとかなるんじゃないかな、と。
「じゃ、テンテンコウさん。まずは仮採用からと言うことで、お願いしてもいいですか?」
 僕がそう言うと、テンテンコウさん、ぱぁっと顔を明るくして
「ありがとう、頑張る、ありがとう、ありがとう」
 何度も僕に頭を下げていきました。

 その笑顔を見ていると、僕も思わず笑顔になれちゃうんだけど……また、女の子かぁ……スアに怒られちゃうなぁ……って、思っていたら、テンテンコウさん、ニッコリ笑っていいました。

「ボク、男だよ」

 ……え?

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