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ちょっと不幸で最高に幸せな俺の話


 クーロウさんとレグルスに引きずられるように、一路竜石職人学校に連行された。
 そこでグレイスさんたちが、俺たちの留守中に作ったという『こたつ』を見せてもらう。
 ラナはなにやら布を引っ張り出してきて、『こたつ』を室内に運ばせていた。
 で、なにやら布を縫い縫い……あれはこの国に来たばかりの頃に作った『ハンドミシン』。命名、ラナ。
 まだ持ってたのか……というか、なんか縫い縫いしまくっているけど、一体なにを……?

「出来たわ! これをこうして脚立部分にかけて……その上にテーブル!」
「は、はい」

 生徒たちを誘導して、出来上がったのは……板と脚立部の間に毛布の入ったテーブル。
 な…………なんて奇怪な……。
 設計図で見せられた時から変だ変だとは思っていたけど、現物を見ると想像以上に変!

「こ、これで完成なのか?」

 恐る恐る、グライスさんが聞いてしまうのも無理はない。
 テーブル板と脚立部の間に毛布が入る……いや、まあ……そりゃあったかそうだけど、なぁ?

「完成よ! さあ、入って試してみましょう」
「お、俺は遠慮する」
「じゃあアタシ入ってみるワ」
「お、おぉ、んじゃあ俺も……」
「俺も入る」

 グライスさん、まさかの拒否。
 運ぶのを手伝ってくれた生徒たちも、微妙な顔でその奇怪な姿のテーブルを眺めている。
 だが、クーロウさんとレグルスは完成品に元々興味津々。
 俺も作り手の一人として……入ってみる。

「起動させるわね」
「エェ、お願イ」

 えい、とラナが『こたつ』を起動させる。
 最初は「うーん?」という感じだったが、次第に暖かさを感じ始めた。
 ふむ、一気に熱くならず、ほんのり……人肌よりやや高めの温度設定にして欲しいと言われたが……なるほどなるほど?

「…………」
「あ、だんだんあったかくなってきたわネ? 試作品の時はすぐあったかくなったの二……」
「そう、このまま過ごすのよ。のんびーりとね。ここで足を温めながらアイスやみかんを食べて過ごすのよ……」
「ふむ……確かになんかやる気がなくなってくんなぁ……」
「ん……」

 確かにいつもよりぼーっとしてくるような。
 椅子に座ったままだというのに、ほどよいぬくさがなにか……こう、気力のようなものをじわりじわりと奪っていくような……。

「「「「……………………」」」」
「お、おい、レグルス……どうした、大丈夫か?」
「はっ! ……い、いけないワ。なんか眠くなってきちゃっタ!」
「は?」

 グライスさんに声をかけられて、俺もハッとする。
 力が抜けて、本当に寝そうだった!

「……こ、これはまずいのでは……」
「た、確かにコレはマズイわネ!」
「や、やべー、俺も寝るところだった!」

 おそろしい!
 あまりのおだやかなぬくさに、意識を持っていかれるところだった!
 このあと牧場兼自宅に帰ってクラナたちにファーラの今後の事とか相談したり、荷解きしたり、夕飯準備しなければいけないのに!

「…………ちょっとコレ、かなりおそろしいモノを生み出してしまったんじゃないノ……? 今、アタシたち意識を持っていかれそうになったわヨ?」
「お、おう……こいつぁヤベェな……!」
「な、なんだそれは、大丈夫なのか……!?」
「エ、エェ……お兄……意識を持っていかれると言っても、睡魔によるモノなのヨ……。コレは……疲れている時に入るとマズイワ!」
「スヤァ……」
「エラーナちゃんが寝落ちてル!」
「ラ、ラナ! だめだよ、帰らないといけないんだから!」

 期待を裏切らないな!?
 しかし、これは想像以上に危険なものを生み出してしまったかもしれない。
 ラナの言う通り大変にいいものであるというのは分かった。
 とてもよいものだ。
 しかし、これは同時に危険でもある。
 これは……『こたつ』は、人をダメにする——!
 忙しい時に入ってはいけないやつだ!

「……こいつぁ、扱いが難しいかもしれんな」
「貴族相手なら商売がしやすいかもしれないけれど、ご令嬢たちにはどうかしらネ? ドレスでは入れないカモ?」
「パニエがあると入れないかもね。もっと大きなテーブルにするとか?」
「となると、なかなかデカめの木材が必要になるな。あ、でも我が家に一台欲しい。予約で頼む」
「アタシも自宅に一台欲しいワ。予約するのでお願いネ、お兄」
「ぬ、ぬぅ……わ、分かった。あとで俺も入って確認する……」

 これは、要相談だな……という感じで本日は撤収。
 よいものなのは間違いないので、とりあえずクーロウさんもレグルスも一家に一台のご予約。
 俺たちは試作品と称したオーダーメイドで、自分の家に合う形で作ればいい。
 ラナが寝てしまったので、レグルスとのターゲット客層に関する話し合いは後日となった。
 疲れていて、寝てしまったのは仕方ない。
 とりあえずラナの事は毛布でぐる巻きにして帽子をかぶせ、ルーシィに乗せて帰る。
 団子虫のようになった奥さんは、これはこれでとても可愛い。
 ……ルーシィはちょっと呆れた顔してたけどね。

「…………んー……なんか寒い」
「あ、起きた」

 学校から出て、自宅の明かりが見えてきたあたりで腕の中がもぞもぞ。
 ラナがうっすら目を開けたのだ。
 まあ、起きてもらった方がありがたいのだが……もう少し寝顔を見ていても良かったかな。
 毛布の中から細い指を出してこしこし、目元を擦る。
 それから、俺を見上げて……目を細めた。

「見て、フラン……月も星もとても綺麗……」
「え?」

 俺ではなく空を見上げてたのか。
 ああ、いやでも……ラナの言う通りものすごい星と丸い月。
 すっかり夜になってしまっていたな。
 ルーシィの歩く振動。
 腕の中のラナの温もり。
 吐く息は白。
 冬だな、と思う。
 そんな澄んだ空気の中、昼と遜色ないほどの星明かり。

「私……前世の最期に見たのがあんな月だった。でも、美しいと感じる心はなくなっていた」
「…………」
「でも今はとても綺麗だと思う。そう感じる事が出来る……これってとても幸せな事なのよ」

 そう言われて、もう一度見上げてみる。

「……………………」

 そういえば、俺はどうだっただろう?
 月や星を見て『綺麗』と感じた事があっただろうか?
 生き物……動物や弟、それにラナの事はとても可愛いと思うけれど景色……景色にはあまり興味がなかったな。
 でもそうだな、言われてみればとても美しいと思える。
 けど、多分……。

「うん、綺麗だな」
「ええ」
「ラナと一緒に見るから……だと思う」
「っ」
「君がいるから、綺麗に見える。ラナ……いや、エラーナ・ルースフェット嬢は……俺の初恋で、太陽そのものだった。君が婚約破棄されて、突き飛ばされた時……手を伸ばしたのは、下心があった。あの時の選択を……俺はとても誇らしいと思う」
「…………フラン」

 ルーシィが歩を止める。
 わざとだなぁ、と思いながら、毛布にくるまった奥さんを抱き締めた。
 あたたかい。

「なにそれ……私より貴方の方がよほど太陽のような容姿のくせに」
「容姿はあまり関係ないと思……」
「そんな事ないわよ。ほら、すごくあたたかいもの」

 頰をピタリとくっつけられて、目を閉じる。
 あたたかい、とても。
 心が、満ちるような……溢れるような……そんな感覚。

「好き……」
「…………、……私も、フランが好き」

 多分ずっと好きだっだから、この先も好きなままなのだと思う。
 ああ、本当に俺はとんでもない女に騙されたものである。
 見た目は柔らかな緑の髪と青みがかった優しい翡翠の瞳。
 淑女然とした、才色兼備なご令嬢。
 しかしクラスの彼女はプライドの高い、傲慢で高飛車、我儘で嫉妬深くて器が小さいともっぱらの噂。
 でも、どうだろう?
 あの日手を差し伸ばし、故郷から共に追い出されてからの君は俺のなにもかもを根こそぎ変えてしまった。
 好き、とか、愛おしいとか……そんな感情がこんなにも苦しくて、溢れるほどに俺の中にある事など、俺は知らなかったのだ。
 その溢れた想いのままに唇を重ねる事も。
 君とでなければ、きっと永遠に知る事はなかっただろう。









 これは、そんな彼女の夫になった、ちょっと不幸で最高に幸せな俺の話。

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