第291話 死神ちゃんとアイドル天使⑤
静かに横たわる聖騎士の手を取りながら、
(これは一体、何の茶番なんだよ)
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死神ちゃんがひと仕事終えて待機室に戻ってくると、ペドが簀巻にされて床に打ち捨てられていた。助けを求めるペドをギョッとして見下ろしていた死神ちゃんは、彼の対角線上に人だかりができていることに気がついた。怪訝に眉根を寄せた死神ちゃんは、その人だかりを掻き分けるようにして現れた人物を見て頓狂した。
「死神さーん!」
「は!? ソフィア!? お前、何でここに!?」
死神ちゃんが大きく目を見開いて驚くのもお構いなしに、聖女ソフィアは笑顔で死神ちゃんに駆け寄り抱きついた。そして彼女は死神ちゃんから離れると、神妙な面持ちを浮かべて言った。
「ソフィアね、どうしても死神さんの力が必要なのよ……!」
「はあ……?」
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モニターブースにある椅子にちょこんと座りながら、ソフィアは美味しそうにココアをコクコクと飲んでいた。その様子を、同僚たちが興味深げに覗き込んできた。死神ちゃんはシッシと彼らをあしらうと、ソフィアに視線を戻して首を傾げた。
「で、俺の力がどうしたって?」
ソフィアは満足気にフウと息をつくと、ココアのお髭を付けたまま「あのね」としゃべり始めた。その愛らしい姿に、ケイティーが小破した。驚き戸惑うソフィアに、死神ちゃんは投げやりに言った。
「ああ、こいつ、お前みたいな〈可愛らしいの〉が心の拠りどころでな。ココアのお髭を生やしたお前にときめいたんだろうよ」
「えっ、うそ、恥ずかしいわ! お髭ついてたの!? ちょっと待って、ハンカチはどこだったかしら……」
ソフィアは顔を真っ赤にすると、わたわたとポケットを弄りながら恥ずかしそうに口元を拭った。その様子がまたことさらに可愛らしく、ケイティーは撃沈した。ソフィアがひと心地つくと、死神ちゃんは来訪の目的について尋ねた。すると、彼女は「ダンジョン内の教会の存続が危うい」というようなことを切り出した。死神ちゃんたちがきょとんとした顔で呆気にとられていると、彼女は困り顔で訴えるように続けた。
「よく分からないけれど、〈世知辛い大人の都合〉というものらしいのよ。でも、ダンジョン内に教会がなくなってしまったら、冒険者の皆さんがとても困ることになると思うのよ。それに、ソフィアも死神さんたちに会いに来ることができなくなってしまうわ! それは嫌よ!」
ソフィアは、この世界で信心されている神に仕える教会の大司祭の娘だ。冒険者となり修行中である叔母〈お姉ちゃん〉や叔父〈おしゃべりさん〉に〈アイドル天使〉と称され可愛がられている。
彼女の母である大司祭は視察のために年に二度、このダンジョンの中にある教会を訪れるのだが、彼女もその際に一緒についてきている。彼女のダンジョン来訪のたびに死神ちゃんは彼女と遭遇しており、いつしか仲良くなっていた。そして母よりも強大な力が内に眠っているらしいという彼女はとうとう、社員以外は基本立ち入ることのできない
よく話を聞いてみると、その〈世知辛い大人の都合〉というのは端的に言えば〈収益が少ないため、運営がままならない〉ということらしい。どうやらそれは、教会の管理者である司祭が変わったことが影響しているようだった。
死神ちゃんが
教会の本山はそれらのことを快く思っていなかったため、やる気のある若者を新しい管理者に任命して爺さんを追い出した。しかし、どうやら冒険者には爺さんの怪しげな行動が好まれていたらしい。おかげで利用者が減り、お布施も教会運営に必要なほどは集まらなくなったのだとか。
「それでね、どうにかしなくちゃということで、今の司祭さんが〈お芝居の台本〉を書いたそうなのよ。そのお芝居を冒険者達の前で行えば、きっと教会も元通りとなるだろうって。でも、冒険者に顔が知られているギルドの人にはお願いできないし、冒険者を雇ってお願いしたとして〈お芝居だ〉というのをバラされても困るでしょう? だから、ソフィア、司祭さんに『ソフィアに任せて』って言って出てきたのよ。――この前すごく素敵な劇をしていた死神さんになら、どうにかできるだろうと思って」
目を輝かせて台本を差し出してくるソフィアから、死神ちゃんは渋々台本を受け取った。そしてパラパラと捲って目を通しながら、その内容に苦い顔を浮かべた。なおも〈どうかしら? お願いできるかしら?〉と言いたげに熱心に見つめてくる彼女に死神ちゃんが困っていると、ケイティーが横合いから笑顔で割って入ってきた。
「大丈夫、
「えっ、おい、ちょっ――」
「本当!? 嬉しいわ! ありがとう!」
満面の笑みで胸を叩き大きく頷くケイティーに、ソフィアが嬉しそうに頬を上気させた。死神ちゃんは諦めてがっくりと肩を落とすと、笑顔を繕いながら「まあ、友達のためだしな」と心の中で自分に言い聞かせた。
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死神ちゃんを含め、この寸劇の参加者は六名だ。冒険者らしく見えるくらいには戦闘慣れしており、ギルド職員のフリを行うなどで冒険者に顔バレしていない者を選出した結果、マッコイ、ケイティー、住職、おみつ、エルダが参加することとなった。
死神ちゃんは顔をしかめると、ぼやくように言った。
「俺ら死神課から選出されたメンバー全員、レプリカにもなってるが。いいのかよ」
「大丈夫じゃない? レプリカの方は、顔の半分は隠しているし。目の色も違うしね」
魔法使いの装いのエルダに手伝ってもらいながら鎧を身に着けていたマッコイが、あっけらかんと返した。すでにお着替え済みの死神ちゃんは、椅子の上でふんぞり返りながら一層苦い顔を浮かべた。
「そもそも、俺も大丈夫かよ。俺は冒険者にガッツリ認知されてるだろ。司祭にだって、去年の春に〈研修用具〉として会ってるしさ」
「お前には〈そっくりさん〉もいるし、ぶりっ子してたらバレないだろ。そもそも、お前、諜報員時代、ターゲットに接触することもあるからって演技もバッチリ仕込まれてるじゃないか」
盗賊バンダナを巻きながらケイティーがそう返すと、死神ちゃんは「でも」と言葉を濁した。すると、死神ちゃんはマッコイに膝を捕まれて、ばっくりと大きく広げていた脚を閉じさせられた。その横で、女侍に扮したおみつに手伝ってもらいながらようやく鎧を着終わった住職が、じっとりとマッコイを眺めながらため息をついた。
「ていうか、演出のためとはいえ、こんな重装備で、これまた重装備のヤツを背負うとか……」
「あら、大丈夫よ。中に浮遊靴履いているから。負担にならない程度には浮いておくわ」
羽織ったマントをバサリと後方に払い除けながら、マッコイが笑った。どこからどう見ても、彼は立派な聖騎士のようだった。対して、住職は無骨な戦士という出で立ちだった。死神ちゃんは二人をぼんやりと見つめると、表情もなくボソリと言った。
「いいよな、二人は。とても勇ましい姿でさ。それに比べて、何で俺は金持ち向け私立の幼稚園か小学校の制服みたいな恰好なんだよ」
白い上衣に黒いスカート、ベレー帽という可愛らしい出で立ちの死神ちゃんは悪態をつきながら再び無意識に脚を広げた。マッコイは再びそれを窘めながらも、そろそろ行きましょうかと全員に声をかけた。
芝居の流れは、こうだ。パーティーをかばって命を落としたリーダーの聖騎士が、仲間の戦士に担がれて教会へと入ってくる。その周りでは、他の仲間たちがさめざめと泣いている。悲嘆に暮れる彼らに教会の司祭が救いの手を差し伸べて、見事聖騎士は生き返る。聖騎士は仲間たちと感動の再会を果たし、ハッピーエンドというわけだ。
死体役の聖騎士にはマッコイが選ばれた。〈存在感を完全に消す〉という特技を持つ
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顔を真っ青にして、戦士が仲間の聖騎士の肩を抱いて教会に駆け込んだ。そのあとに、血の気の引いた表情の女性が四名続いて入っていった。周りの冒険者たちは、一番最後に教会に入っていったグラマラスなダークエルフの〈胸元がパックリと開いたセクシーな魔女ドレス〉に吸い寄せられるかのように釣られて教会に入っていった。
戦士が中央の祭壇に聖騎士を寝かせると、小人族の僧侶が声を震わせた。
「リーダーは助かりますか!? わ、私の支援魔法が遅かったばかりに……ふえええええん、リーダー!」
「あなただけのせいではないわ。私が魔法の火力の調整ミスをやらかしたから。そのせいでモンスターを引きつけてしまって。リーダーは、みんなの盾になって……」
「司祭様、どうかこいつを生き返らせてはくれないか。とても大切な、俺たちには欠かせないヤツなんだよ!」
泣き出す僧侶の横で、魔法使いが眼鏡を取りハンカチで目元を押さえた。戦士が必死に司祭に頭を下げると、女侍も静かに頭を下げた。女盗賊もまた、「頼むよ!」と言いながら勢い良く頭を下げた。司祭が厳かにうなずくと、僧侶は静かに横たわる聖騎士に駆け寄り、彼の手を握った。
「リーダー、リーダー、絶対に生き返ってね! うっうううっ……」
僧侶がボロボロと大粒の涙を流すと、魔法使いの素晴らしい肉まんに釣られてやって来た野次馬に〈可愛いお子様が泣いている〉と心配してやって来た者が加わった。
僧侶の周りで他の仲間たちも泣き出すと、パイプオルガンが悲しい旋律を奏で始めた。すると、教会に集まった野次馬たちももらい泣きしてさめざめと泣き始めた。
僧侶はえぐえぐと必死に嗚咽を飲み込みながら、オルガンに合わせて祈りの歌を歌いだした。司祭は厳かに聖騎士の頭上に手をかざすと、復活の呪文を繰り返し唱えだした。仲間たちは祈るような表情で、復活を願う言葉を呟いた。
グズグズと鼻を鳴らし「お願い、生き返って」と呟きながら、僧侶は聖騎士の手を握り直した。そして、
聖騎士は復活の呪文が重ねられるにつれ、神々しいオーラに包まれていった。そしてその光はだんだんと強くなり、一瞬、目も開けられないほど強く瞬いた。光が落ち着くと、聖騎士の手が僅かに動いた。僧侶は大きく目を見開くと「今、リーダーの手が動いたわ!」と驚きの声を上げた。すると、教会にいた全員がざわざわとどよめいた。
仲間たちが固唾を飲んで見守っていると、聖騎士がスウと目を開けた。薄っすらと笑みを浮かべると、彼は小さな声で「ああ、よかった。みんな、生きているね」と言った。自分が生き返ったということの喜びよりも真っ先に仲間の身を案じた聖騎士の聖騎士たる姿に、仲間たちは声を上げて泣いた。そして生き返った聖騎士を労りつつ、肩を抱いたり抱きついたりして彼の復活を喜んだ。
「リーダーが生き返って、良かったな! 可愛い僧侶の嬢ちゃん!」
「聖騎士さんよ、あんたほど素晴らしい騎士は見たことがないぜ!」
「ああ、魔法使いちゃん! その素敵な胸に僕を挟んで!」
野次馬たちは口々に祝福の言葉を聖騎士とその仲間たちに投げかけた。彼らは見守ってくれた全員に、笑顔で礼を述べた。そこに、ソフィアが駆け寄った。ソフィアは僧侶にハンカチを貸してやり、よかったですねと微笑んだ。その場にいた一同は、〈小さい可愛らしいの〉が増えたうえに仲睦まじく笑い合う姿に胸をキュンとさせた。
ソフィアも、蘇生を見守ってくれた人々に礼を述べた。そして、彼らを祝福して「光がありますように」と微笑んだ。すると、教会の入口の方から感動の悲鳴が上がった。
「うおおおおおお! まだ司祭様に診てもらっていないのに、仲間が生き返った!」
その場にいた一同は、さらなるどよめきを上げた。どうやら偶然、蘇生の術を受けたい団体がもうひとつあったらしい。そしてソフィアはたった一言で、いとも簡単に奇跡を起こしてしまったらしい。一同は「素晴らしい奇跡を見た!」「凄まじいまでに目の保養になった」「これからはお金をケチらず教会を頼ろう!」と言いながら捌けていった。その様子を眺めながら、僧侶・死神ちゃんは頬を引きつらせてポツリと呟いた。
「もしかして、ソフィアさえいれば、安泰なんじゃあないのか? こんな茶番をするまでもなく」
――――後日、天狐がソフィアを伴って得意げに第三死神寮にやって来た。ソフィアは〈粗品〉を持っており、お引っ越しの挨拶に来たということだった。裏世界居住者用の黒い腕輪をした彼女は「これから毎日、天狐ちゃんのお家から教会に