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結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑫~




数日後 学校


あれから数日が経つ。 理玖を含めたいつも通りの生活に慣れてきた頃、結人は担任の先生に呼び止められた。
「あ、結人くん! 今日日直よね?」
「あぁ、はい」
「この宿題のノート、職員室まで運んでくれる?」
「分かりました」
「じゃあ頼んだわね」
用事があるのか、教室を出ると職員室とは反対の方向へ行ってしまう。 そんな担任を見送った結人は、言われた通りノートを持って運ぼうとした。
「結人! 僕も手伝おうか?」
突然背後から声をかけられ驚きながらも、苦笑しながら手伝おうとしてくれる理玖に返事をする。
「ありがとう。 でも大丈夫だよ。 職員室までは遠くないし、一人でも行ける。 すぐに戻るよ」
結人は彼に感謝しながらもやんわりと断り、一人ノートを抱えて教室から出た。 

そして目的である場所まで行き、担任の机まで行ってノートを置く。
「失礼しました」
職員室のドアの前で一礼し、扉を閉めた。 そして理玖が待っている教室へ戻ろうと、身体を180度回転させ足を前へ進めていく。 だが、その時――――

「なぁ」

「?」

廊下を歩いていると、丁度階段付近で呼び止められた結人。 声のした方へ視線を移すと、そこには見知らぬ少年が一人こちらを見て立っていた。
結人がその場に立ち止まったことを確認すると、彼はこちらの方へ足を進め――――爽やかな笑顔で、尋ねてくる。
「もしかして、君が色折結人くん?」
「え? あ、はい・・・」
見知らぬ少年に突然名を当てられ動揺しながらも、小さな声で返した。 
「結人くん、ちょっと話したいことがあるんだ。 こっちへ来てくれるかな?」





教室


結人がある少年に呼び出されている頃、教室では理玖が夜月に話しかけていた。
「夜月ー! サッカーしようぜ!」
「二人でやっても面白くねぇだろ」
「未来たちも誘えばできるって」
「よぉ、お二人さん!」
「未来、悠斗! 二人共、ナイスタイミング!」
夜月と会話していると都合よく現れた未来たちに、理玖は笑顔で二人に向かって親指を立て、グッドのポーズを示す。
「何々、何の話?」
「今からサッカーをしようと思って!」
「おぉ、いいね。 ユイは?」
未来が突然結人の名を口にすると、理玖は不安そうな表情になり教室から廊下を覗いた。
「それがさぁ、さっき『職員室へ行く』って言ってから、戻ってこないんだよ。 ・・・心配だなぁ」
今にも結人を探しに行きそうな彼に、未来は慌てて言葉を返す。
「心配だけど、すれ違ったら面倒だから探しには行くなよ?」
「分かってるよ」
理玖は教室の方へ顔を向けながら、苦笑して返した。 夜月は彼らの会話を聞いて――――少し、複雑そうな顔をする。





裏庭


その頃結人は、少年に裏庭へと連れてかれていた。 生徒が一人もいない場所に案内され少し怖い気持ちを持ち合わせながらも、言う通りに行動する。
そして彼が立ち止まると、結人もその場に立ち止まった。 こちらを振り向かずに背を向けたままでいるその背中を、見つめながら考える。
―――誰だろうこの人?
―――見たことがない。
―――見た感じ、高学年の人だよね・・・?
これから何を言われるのか分からない結人は、何も話そうとしてこない少年に向かって自ら声をかけた。
「・・・あの」
「色折結人くんは、理玖とどういう関係?」
「え?」
なおも背を向けたまま放たれた言葉に、思わず返事に詰まる。 だけど時間を置いても不審に思われるだけだと思い、慌てて問いに答えた。
「え、えっと・・・。 理玖くんには、いつも話しかけてもらっていて、仲よくしてもらっていて・・・。 理玖くんはとても優しくて、明るくていい人です」
シンプルに返すと、今度は先程よりも低い声が聞こえてくる。
「ふーん・・・」
「?」
急に変わった声のトーンに違和感を抱きながらも彼から出る次の言葉を待っていると、今度はくるりと身体を回転させ結人と向き合うような形をとってきた。
だがこの時の少年の顔は先刻見せていた爽やかな表情ではなく、とても冷たい表情で――――結人に向かって、鋭い質問を投げかける。

「それは、本心から?」

―――え?
―――・・・何だ、その質問。

先程から意味の分からない問いをされ戸惑いながらも、相手の目を見てその質問に答えていく。
「あ、当たり前じゃないですか!」
「そっか・・・」
少年は一言そう呟くと、結人の方へゆっくりと足を進め始めた。 距離を縮められ、怖くなって自然と後ずさってしまう。 
そしてこれ以上後ろへ下がれなくなると、少年は勢いよく残りの距離を詰め、壁ドンをして逃げ場をなくした。
「信じらんねぇ!」
その行為をするのと同時に力強く放たれた言葉に、少し身を震わせる。
―――え・・・?
結人が理解できず黙っていると、この態勢のまま少年は言葉を続け始めた。
「お前は理玖と仲がいいのに理玖をあんな目に遭わせた。 その意味が分かんねぇ!」
―――何の、こと・・・?
―――この人は一体・・・。
少年は自分よりも背が高いため、見下ろされている感じがより恐怖に感じる。 そして――――次に放たれた一言で、結人は状況を理解した。

「お前のせいで、理玖は病院送りになったんだろ!」

「あ・・・」
この瞬間――――かつて夜月に言われた言葉が、強制的に蘇ってきた。

『お前らの間で何があったのかは知らないけど・・・。 理玖がお前の家に行かなければ、理玖は事故に遭わなかったんだ!』

この台詞を思い出し、顔を強張らせる。
―――やっぱりあれは・・・僕のせいなんだ。
夜月の発言を真に受けしまった結人は――――この少年の言葉を、否定することができなかった。 そして次に彼は、ある決定的な一言を言い放つ。

「俺の弟を、酷い目に遭わせやがって!」

―――弟?
そしてここで、理玖に聞かされていたことを思い出した。
―――弟・・・もしかして、理玖の兄の琉樹さん?
かつて聞いた兄のことを思い出したのも束の間、琉樹は攻め続ける。

「俺は絶対にお前を許さねぇ! 俺の気が済むまで・・・いや、理玖に痛い思いをさせた倍以上を、お前にも思う存分味わわせてやる!」

「え」

―ドゴッ。

言葉を放たれた瞬間、結人の腹には拳が飛んできた。 あまりにも距離が近いため避け切れず、攻撃を素直に受けてしまう。
「うぅッ・・・」
だがそれだけでは――――終わらなかった。 琉樹は何度も結人に向かって、殴ったり蹴ったりを繰り返したのだ。
―――どうして・・・僕が、こんな目に。
―――そうか・・・これは誰のせいでもない。
―――全て、僕のせいなんだ。
そう思った結人は、琉樹に対して抵抗することもなく――――素直に攻撃を、受け入れていた。 このいじめは一日だけでは終わらなく、これから何日も続いていく。
だけど人にはバレないよう、琉樹は服で隠すことができる部位だけを、攻撃し続けていた。





数日後 体育前 教室


ある日の休み時間。 次は体育の授業のため各自着替えをしていると、理玖はふと結人の身体にできているアザに気が付いた。
「結人! どうしたのそのアザ!」
着替えを中断しながらも席まで駆け寄ってきた理玖に、彼とは目を合わさずにこの場から去ろうとする。
「いや、ただ転んだだけだから大したことないよ」
だが逃げようとした結人の腕を、理玖は無理矢理掴み引き止めた。
「待って! 結人、最近様子がおかしいよ」
「そうかな」
「昼休みも結人は一人でどこかへ行って僕たちとは遊ばないし、元気がない。 何かあったの?」
「別に」
結人は相手の顔を見ないよう、振り向かずに答えていく。 ここで理玖のことを見てしまうと――――自分をより追い詰め、潰れていくと思ったから。
だけどここで彼は、ある一つの質問を容赦なく結人に投げ付けた。

「もしかしてだけど、結人・・・。 誰かにいじめられているの?」

「なッ・・・」
「その反応、やっぱり誰かにいじめられているんだな? 図星だな!? なぁ、結人をいじめている奴は一体誰なんだよ!」
一瞬反応を見せてしまったことに後悔しながらも、なおも振り向かずに言葉を返す。
「理玖、僕は大丈夫だから」
「結人!」
「本当に・・・大丈夫だから」
「ッ・・・」
結人は最後の一言を――――振り向いて、そう口にした。 すると理玖はその表情を見て、少し驚いた顔をする。 
それと同時に彼の力が抜けたことを機に、結人はこの場から静かに立ち去った。 

結人は今笑顔を見せたつもりなのだが――――ちゃんと、笑えていたのだろうか。 本当の笑顔なのか作った笑顔なのか――――自分でも、よく分からなくなっていた。


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