第六十一話 疑いの目
「やっぱり東京は物価が高いな」
「フッ、こんなこともあろうかと俺は余分に金を持ってきたぞ」
「そんじゃ、何か驕ってくれよ」
「えー、やだよー」
「龍二ー、私はあのタピオカミルクティー飲みたいなー」
「え? 綾香さん?」
「私は抹茶味」
「絹子ちゃんまでー!?」
困り果てる龍二を見て、3人は顔を見合わせて意地悪そうに笑っていた。4人は道中色んな店を訪れながら修学旅行を楽しんでいた。そんな4人を野田茜音は遠くからコッソリと観察していた。いや、正確には注目していたのは1人なのだが。
(うーん……今のところただの修学旅行を楽しむ小さめの男子高校生って感じだけど……)
茜音はさっき絹子に言われたことを頭に浮かべ、ハッとしたかと思うと首を横に振った。
(ありえない……公にはされてないけど、天才空手家と言われている
普通では考えられないような言葉が彼女の脳裏によぎる。しかし、一度は頭の中ではありえないと一笑したが、その考えを確固たるものにしようとするかのように焔の動向をジーっとうかがっていた。
焔たちがある店に入った時だった。店の端に木刀が10本ほど入っている筒状の箱を見つけると、自然と焔の足はそこに運ばれた。
木刀か。こんなものまであるなんて流石東京だ。中学の時の修学旅行で買いたかったけど買えなかったんだよな。恥ずかしくて。
懐かしそうな面持ちで焔は木刀を手に取る。そんな焔に先ほどよりも熱い視線を注ぐ茜音。
(まさか……剣術家!? それなら剣を持てばおのずとそのたたずまいには何かしらの特徴が表れるはず……必ず見極め―――)
シーン
焔は木刀を数秒間見つめると、そっと元あった場所に戻した。
もう必要ねえわな。
(……戻した。特に構えには何の特徴もなかった。そうなるとやっぱりあの強さは……)
その焔の行動に更に茜音の考えは確固たるものになっていく。
放課後の時間帯になり、一般の人や観光客以外にも学生なんかもちらほらと見え始めた。そして、焔たちが橋を渡っているときだった。
焔の胸の高さまである柵状の手すりに上り、おふざけ半分で綱渡りをしているかのように渡っているランドセルを背負っている小学2,3年生ぐらいの男の子がいた。そのすぐそばにはその男の子の友だちが数人、何の注意をすることなく面白がっていた。
焔との距離は遠かったが、その光景はしっかりと目に入っていた。
あーあー、あぶねえな。昨日雨降ってたからいつもよりも川の流れは速いから落ちたら大変だぞ。それよりも……
焔は周囲の人たちに目を向け、少し呆れた様子でため息をつく。
皆スマホスマホでまったく目を向けようともしない。流石東京……ではなく、流石日本ってところか。しゃあない。後で俺が注意―――
焔の考えを先読みするように龍二が激怒する。
「何だなんだ? あのガキ、後でお灸をすえないといけないな。な! 焔!」
「……ああ、そうだな」
焔と龍二の考えが一致したとき、強い横風が吹きつけた。そして、焔は悟った。
あ、落ちる。
例の少年は少し体勢を崩しかけていた。その状態を見た途端、瞬時に焔は次に起こることを予測した。
「ロック解除」
この言葉を発すると同時に、焔はリュックをその場に置き去りにし、一気に少年の元へと駆け出した。前方にいる人たちの隙間を縫うようにして低姿勢でドンドンと加速する焔だったが、自分がたどり着くよりも先に少年が落ちるのが先だと悟る。
ダメだ!! 間に合わない。なら落ちている最中に助けるしかない。橋の脇には道がある。空中で少年を受け止め、そこまで飛べば……いける!!
考えがまとまると、焔は大きくジャンプした。その高さは手すりを悠々と超えた。その際に少年に向かって、強く叫ぶ。
「そこのガキ!! 死にたくないなら飛べ!!」
少年もパニックに陥っていたんだろう。素直に焔の言葉を信じ、橋から落ちるのではなく飛んだ。
焔は外側の柵に両足をかけると、全力で蹴り、一直線に飛んでいく。半泣きの少年を見事空中でキャッチし、勢いそのまま橋の下の道に降り立つ。
地面を滑る焔だったが、何とか踏ん張り怪我することなく着地することができた。安全を確認すると焔は大きなため息をつき、少年は何が起こったのか、まだ思考が追いついていなかった。
―――その後、龍二たちと男の子の友だちが焔たちの元に駆け付ける。小学生たちは龍二にこっぴどく怒られ、もう2度と危ないことをしないと約束した。焔も流石に可哀そうだと思い、叱りはしなかったが、念は押した。小学生たちは焔にお礼を言うと、走って帰って行った。
「けっこう素直なやつらで助かったな」
「そうだな。しかし、焔、お前やっぱすごいな。いつの間にかあの子助けちゃうんだもんな」
「いやいや、お前みたいにちゃんと叱ってやれるやつの方がよっぽどすごいと思うけどな」
「お! やっぱりそう思う?」
「ああ、でも調子には乗るなよ」
「ハー、きついねー」
少ししょんぼりする龍二に綾香が何か食べ物を買ってあげるみたいなことを言うと、再び元気が戻り、笑顔を浮かべる。
「そんじゃ、行くか」
焔の呼びかけに3人が各々答えると再び歩き出したが、
「ちょっと待ちなさい!!」
1人の聞いたことのあるような少女の声が後ろの方から聞こえてきた。振り返ると、茜音が警戒心むき出しで焔のことを睨んでいた。
「さっきの少年を助ける一部始終見てたわよ」
「……そうですか。というか、後つけてたんですか?」
「そんなことは今問題じゃない。青蓮寺焔、さっきの加速、前方に障害があるにもかかわらず、まったく速度が落ちない脚力、胸の高さまである柵をすんなり超えるジャンプ力、最後に、10メートル以上もの距離を一気に飛び超える蹴り……あなた……本当に人間?」
龍二たちは神妙な面持ちで訳の分からないことを茜音が口走ったためか、少し苦笑いを浮かべ、困惑していたが、焔だけは違う考えが浮かび上がっていた。
野田茜音は俺のことを人間ではないと思っている? しかもあの表情からして、からかっていたり、冗談で言っているのではないということは明白。こんな考えに普通の人ならなるか? いやならないはずだ。こんな考えに至るやつは、この地球には人間以外のものがいるということを知っている人物。
まさか……野田茜音も……
その事実を知った時、焔も龍二たちとは別の意味で驚いていた。