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「…はい?」
思考が停止する。今日会ったばかりのこの攻略対象は何を言っているの?
「だからお前、フローレンス・ラグドールだろ?」
大きい声で蓮は尋ねてくる。…とりあえず聞きたいことはたくさんあるけど、
「人が多いから、場所を移しませんか?」
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「…で、もう一度さっきのお話いいですか?」
ちゃっかり蓮に喫茶店でウインナーコーヒーを奢っていただく。ここは大学内の端っこにある喫茶店だ。さっきとは違って休日のせいもあるが人も少なく静かだ。ここなら大丈夫だろう。
「フローレンス・ラグドール。やっぱりお前そうなんだろ?」
さっきからそれしか言わないなお前。
「それはどういう?」
私と同じく何かがきっかけで思い出したにしろ、下手なことを私も口にできない。ここは様子を見てみるか…?
「アニキとお前を見ていてなんかこう、パァーっとさ。思い出したわけ。」
パァーっとって抽象的すぎるだろ。そもそも前世でもゲームでもこいつはこんないい加減な性格だっただろうか。変にからかわれているとしたら最悪だ。少しカマをかけてみよう。
「じゃあもし、あなたの話が本当だとしてあなたはなんて名前だったんです?」
「そりゃあ、ハンス…ハンス、なんだったっけな。…!!そうだ、ハンス・ミッドナイトだよ!ローゼの付き人してた!」
ううん。どうしたものか。確かに前世のハンスは主人公ローゼの付き人をしていた。これは本物、と見ていいのか。
「なあ、お前フローレンスなんだろ?焦らすなよ。俺だって驚いてるんだ。初めてアニキに女の影があると思ったら、まさかお前だとはな。そりゃあアニキが懐くわけだよ。」
輝也、まさか本当に女の影がなかったとは。前世といい現世といいなんてもったいない男だろう。もういい、この際痛い女だと思われてもいい。これでいたずらだったらこの男もまとめていたいやつにひきこめばいいだけだ。
「そうよ。私の前世はフローレンス・ラグドール。今の名前は猫谷儚日って言うの。」
「やっぱりか、説明してくれよ。さっき思い出したばっかりだから、俺も全然わかんねえんだ。なんでアニキも教えてくれないかな。」
「いや、それは…多分輝也さんは知らないから。」
「へ?」
「あんたが初めてなのよ。私と同じで前世?を覚えてるやつが。」
「はぁぁぁ??じゃっじゃあ、アニキはラフテルの頃のことなんにも覚えてねえのか!」
「多分、ね。そもそも私が記憶を思い出したのもとあるゲームがきっかけで…」
そこから私は蓮に前世が自分のやった乙女ゲームとほとんど内容が合致していること、そのエンディングで自分がほとんど死んでいること、現世の攻略対象たちにその事を話したり変に干渉してしまえば死亡フラグが立つかもしれないということ、そして今までの出来事を大方話した。
「…なるほど、な。確かに前世ではお前屋敷ごと燃やされて死んだって聞いたからな。」
ハンスおよび主人公ローゼと私は前世では離れた土地に暮らしていた。そのため、私の死についてもあやふやではあったようだ。だが話を聞くとどうも彼も順風満帆な人生ではなかったらしい。
「そのあとアニキも音信不通になって、ローゼは用済みだなんだって俺を解雇しやがるし…。まあ暇だったから死ぬまで旅してたな。ぐるっと大陸中を。」
ゲームでは主人公が攻略対象と結ばれて話は終わる。その後にどうなるかなんて誰も考えてはいないのだ。
「あんたも大変だったのね。でもわかったでしょ?死亡フラグを立たせないためにも下手に話を振るよりあんたみたいのが来るのを待つ方が安全なのよ。」
だってもうあんな殺され方死んでも御免だからね!!
「あんたもお兄ちゃんにはもちろん、他の知ってる人見かけても話を振らないのをおすすめするわ。」
蓮は頬杖をついて私の話を聞いていた。
「でもまあすげえな。前世のやつらがこんな近場でみんな転生だなんて。アニキなんかお前にデレッデレだもんな。俺じゃなくてもお前ら知ってた前世のやつならすぐ思い出せそうなくらいだ。」
「なっ!デレデレなんてしてないわよ!」
「え、お前ら付き合ってないの?」
「んな訳ないでしょ!!!!」
食い込むように否定をする。一気に顔が熱くなるのを感じる。え、なんで私…顔赤くなる要素なんてないでしょ。
「なんだ。だっていくらあの王子のためとはいえ、弁当届けるくらいだったから。」
「だからそれは気まぐれよっ!」
「はいはいわかったわかった。そういうことにしてやるから。…あ、やべっサークル遅刻しちまう!ここに連絡先置いとくから、たまに情報共有しようぜ。あっでも、アニキに嫉妬されちまうかな。」
「もう!いい加減殴るわよ!」
「怖いな。前世令嬢とは思えないくらいの横暴さだ。」
蓮は机に付属されているナプキンに連絡先をささっと書いていく。ほんとに前世からこんな性格だったのだろうか。
「ほい、書けた。話してくれてありがとな。お金置いとくから適当に払っといてくれ。それじゃっ!」
「あっ!」
置いてかれたのは五千円札。明らかに多いが、諭吉じゃない辺りなんとなくこの男らしい。蓮は恐ろしい速さでカフェを後にしていった。
「…もう。」
ウインナーコーヒーを口に含む。程よい甘さが広がっていく。蓮がいなくなってもなおこの胸のザワザワ感は消えなかった。ようやく、私と同じタイプを見つけることが出来たのだ。軽く話ができただけでも嬉しかったが少しばかり罪悪感が残る。
ーー私は、死ぬ直前のあの人との話だけは蓮に話すことができなかったのだ。