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公安委員会委員長、桜井宣明にとって文化祭とは一年間で一番疲れる行事であった。
「なんで私がわざわざ生徒会主催のイベントを手伝わねばならないんだ。」
よりによって来賓誘導など、面倒極まりない仕事を押し付けてきた。そうとう向こうからのヘイトを買っているらしい。もうすぐ午後に突入し、あまり人は来なそうだが油断は出来ないのだから疲れる。
「まあまあ、そうそう怒らないの桜先輩。」
ひょっこり血塗りのペイントで登場してきたのは委員会の後輩、|忠野湊(ただのみなと)だ。彼は主に情報を掴むのに長けている。
「お前なんだそれは?」
「ああ、自分のクラスお化け屋敷なもんで。気にしないでください。」
「あ、ああ。お前は楽しそうでいいな。」
すると呆れた顔で忠野は口を開く。
「なんで先輩がこんな仕事押し付けられてるかわかります?先輩が普通にクラスの出し物なんてやったらあいつらの取り巻きの半分は先輩の方に行っちゃうからですよ。」
普段から隈がありダークオーラ全開の彼には実に今の血糊が似合う。
「なんだその不純な理由は。くだらない。最近特に思うのだが、そんなに女というのは大事だろうか。」
現在の生徒会長、茗荷谷エルは異常なほどに最近公安に入った猫谷儚日に執着している。生徒会に移ってしまった部活の後輩、鬼丈楓にも想い人がいるのはわかっていたがまさか彼女とは。茗荷谷が彼女が生徒会への入部が絶たれた今も彼女に関する様々な圧を自分にかけているのも気付いていた。
「…さあ?でもまあ支えてくれる人がいるのはでかいんじゃないですか。あ、一人でできちゃう桜先輩にはわからないか。」
冷やかし口調で忠野は言う。あながち間違ってはいない。だが周りから言われると少し物寂しく感じるものだ。
「茗荷谷のことなら気にする事はないですよ。前から掴めないムカつくやつだったじゃないですか。…それにしても部活の後輩くんには厄介な件を持ってこられちゃいましたね。」
「それは鬼丈にも猫谷さんにも罪はない。彼らも茗荷谷に巻き込まれただけだろう。」
「あんたは真面目すぎていけねえや。茗荷谷を見てくださいよ。」
じとりとした目つきで廊下を顎で指す忠野の先には女子に囲まれた茗荷谷の姿があった。一人の他校の生徒を案内している所を捕まったようだ。まあそんな風に見るのはごく一部で、傍から見れば茗荷谷が女を連れ回しているようにしか見えないが。
「後輩くん脅しておいて自分は本命の女の所には行かず、あんな様子ですよ?さすが余裕のある男は違うときた。」
茗荷谷が鬼丈を脅しているという話は聞いていた。まるで少女漫画にある好きな男を取り合う女たちみたいだ。彼女はどんな気持ちでその間を取り持っているのだろうか。生来そういう話とは無縁な自分には到底わからなかった。
「まあ良い。鬼丈への脅しの件は私が片付けよう。私はあくまで公安だが鬼丈は生徒会の前に私の可愛い唯一の後輩だ。猫谷さんが切り札な今、申し訳ないがこれを使わない手立てはない。」
茗荷谷が生徒会長になり明らかに敵となった今、猫谷儚日の存在はとてつもなく大きい。それに巻き込まれないために鬼丈は私に彼女を寄越したようだが。
「それが鬼丈の意思と違ってもですか?」
わかっているくせに。そう言いつつも忠野の口元はニヤついていた。
「…ああ。残念ながら。」