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新装開店

 スアが店にやってきて数日。

 スアの対人恐怖症は相変わらずではあるものの、自らの魔法で作り出す光の分体・アナザーボディでの対応はずいぶんスムーズになっていて、昼間に広場で行っている弁当販売の手伝いくらいは問題なくこなせるレベルになっていた。
 当然、本人は人前に出ることなど不可能なため、店に残り、思念波でアナザーボディを遠隔操作していたのだという……なんか便利でうらやましいのだが、異世界に転移したにもかかわらず、チートな能力を何一つ持ち合わせていない僕には、ただうらやましく思うことしか出来ないわけで。

 イエロの狩りも順調で、おかげで肉の仕入れも問題なく行えていたのだが、ここで思わぬ副産物が発生した。
 「もしよかったら、ウチの店にも肉を回してもらえないかねぇ?」
 酒場を経営しているハーピーのウルレをはじめ、僕の店が狩りによって肉を大量に入手し始めていることを聞きつけた商店街の飲食店経営者達から頼まれたのである。
 イエロも
 「拙者なら、異存ござらぬ。ここいらは獲物には困りませんでの」
 と、乗り気ではあったし、問題はないかな、とも思ったのだが、一応組合に所属しているわけだし、組合の蟻人(アントピープル)・エレエに話を通してみたところ。
 「それでしたら、市場に卸売りの申請をなされてはいかがでございましょうか?」
 と、提案された。
 僕的にはそこまで大事にするのもどうかとは思ったのだけど、そうした方が『あの人達にだけ肉を売りやがって……』といった半ばやっかみから来る余計なトラブルを回避出来るしなぁ、と思い、その方向で話をすすめることにした。
 ちなみに、この地方都市ガタコンベの周辺にいる獣というのは、辺境ゆえに大型で獰猛な肉食獣が大半のため、そこいらの冒険者パーティくらいでは、まず返り討ちに合うのが関の山なのだそうで……それを単独で狩りまくってくれているイエロは、まさに規格外といいますか、ある意味すごくいい拾い者だったといいますか。

 異世界での開店準備というわけで、どこまでやればいいのか皆目見当がつかない現状なわけだけど、どこかで店は再開しなければ、とも思うわけで、とにかく見切り発車ではあるが、店をオープンすることにした。
 当面は朝から夕刻までの営業。
 商品は、メインは店内で製造することができる手作り弁当とサンドイッチ、それにパン類。
 ここに、向かいの武器屋の猫人(キャットピープル)・ルアに頼んで作ってもらった、農具や鍋などの家庭用品類。
 と、いうのも、この世界では、農具はすべて木製で、非常に壊れやすい。
 また、家庭用の鍋には、取っ手がないため、厚手のミトン風の布手袋で持っているのである。
 そこで、鉄製の鍬類や、片手鍋・取っ手のついた鍋や寸胴などを販売してみることにした。
 コンビニに鍬や鍋というのもいささか滑稽だが、この世界で店を経営していく以上、この世界で製造できて販売できるものをラインナップに加えることも大事なことではある、と、自分に言い聞かせている。

 継いだ時は、そんなに実感もなかったのだが
 今は、この店を、なんとしても守り抜かねば……そんな気持ちになってる自分に、いささか面喰ったりもしながら、

 コンビニおもてなしの、異世界オープン初日の朝がやってきた。

 「開店おめでとうさん! あんじょうきばりぃや」
 最初のお客は、向かいの武器屋のルアだった。
 店のブラインドを上げると同時に、いつもの笑顔で入店してくれた。
 続いて、組合の蟻人・エレエも花束をもってお祝いに来てくれた。
 ……もっともエレエは、「すっごく忙しいので」と、すっごい早口でお祝いを述べてくれたかと思うと、あっという間に事務所に戻っていってしまった……でめてお茶くらい飲んでいってくれても……

 と、まぁ、最初こそ、のんびりしたムードの店内だったのだが、

「おい、最近広場で試験販売やってや店、今日開店したらしいぞ」
 と、商店街の中でその噂が広まるにつれ客足は増えていき、ほんの数刻もしない間に、店内はすさまじい客の山でごったがえしていった。

 スアは、光の分体・アナザーボディを4つまで増やして接客対応をしているものの、もともと引きこもりで対人恐怖症のスアである。アナザーボディのコントロールが時に不安定になったりしていて肝を冷やすことが何度もあったのだが、どうにかこうにか業務をこなしてくれていた。

 本来なら狩りに出かけている時間のイエロも、店の前でお客の整理をしてくれていた。
 この作業には、武器屋のルアも加わってくれて本当に助かった。
 
 売れ行きは、事前に試験販売していた弁当やサンドイッチといった店作りの食品類が圧倒的であった。
 これらはかなり大目に準備していたのだけど、昼前にはすべてが完売していた。
 試験販売で在庫がすべて完売してしいたアイスクリームなのだが、その代わりにと果物のシャーベット的なスイーツを作ってみたのだが、意外にと好評で、これも相当数準備していたのだが、早々に完売してしまった。

 ルアに作ってもらった、鉄製の鍬や取っ手付きの鍋類も、それなりに売れたので、内心安堵だった。  

 食べ物類が完売すると、店内には平穏な空気が漂い始めたのだが、
 夕方に向けて、再度弁当を作成し始めると、それを察した商店街の皆が再度店に殺到していき、まだ商品が完成前にも関わらず、棚の前に長蛇の列が出来ていた……こんなプレッシャーの中で調理したのは、生まれて初めてだ……
 
 そんなこんなで、コンビニ『おもてなし』の、異世界移転リニューアルオープン初日は、あっという間にすぎていった。

 ー夜

 店の2階の居住区。
 イエロとスアは、2人で1部屋に住んでもらっているのだが、ソファの上でスアは完全にのびていた。
 「……い……いらせられ……ませ……」
 スアのうわごとが、なんかもう、正直すまなかったの世界だ……
 イエロはイエロで、慰労のためにと準備した肉の塊を口にくわえたまま寝落ちしていた。それでも、口だけはもごもご動き続けており、時折肉を飲み込んでいた……さすがとしか言い様がない。

 店員が2人だけ……あ、スアのアナザーボディで換算すれば4人と1人になるのか、とはいえ、その人数で経営を続けるには無理があるというのが、今日1日十分で身に染みてわかったわけだし、いわゆるアルバイトも募集したいところだなぁ……あと、弁当の容器もどうするか……ストックもこの数日でずいぶんなくなっているわけだし……

 と、まぁ、問題は山積みなわけだけど、さすがに僕も、今日はもう限界だ。
 
 とにかくひとっ風呂浴びてから寝てしまおうと思ったのだが、風呂を沸かしていると
「お背中でもお流しいたしましょう」
 と、さらしで胸と下半身の要所を覆った姿のイエロが乱入してきた。
 っていうか、沸いたらすぐ入ろうと思ってすでに裸になっていた僕は、思わず両手で胸とあそこを隠しながら、いや~ん、まいっちんぐポーズを全力でとる羽目になってしまう。
「今更男の裸など見てもなんともありませんから」
 イエロは豪快に笑うのだが、違う違う、そうじゃない、君じゃなくて、僕の精神的にあれこれまずいんだってば。
 彼女以内歴年齢の僕ではあるけれども、それなりにそういう欲求も持ち合わせているわけで、そんな男の目の前に、細身に見えて結構ナイスバディなイエロのあられもない姿を見せられるこちらの身になってほしい。

 そう、困惑していると、いつのまにか目を覚ましたスアが、風呂の中に着衣姿のまま入り込んでいて、自動給湯システムをマジマジと見つめていた。
「これも……カガク?」
 と、お湯が自動で出続けている蛇口を、不思議そうに、うれしそうに眺めているスア。

 一見すると微笑ましいこの光景なのだが、全裸の男が、半裸の女に無理矢理体を洗われようとしている空間に入り込んでいるわけで、ある意味痴女である。

 こんな2人と一緒で、体もつのかな、と、つくづく思ってしまった……
 

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