第五十七話 なりたい焔
誰でも自分の名前について疑問に思うことがあると思う。
どうしてこの名前を付けられたんだろう。
たくさんある漢字の中からなぜこの漢字を選んだのだろう。
当然俺も小さいながらに気になった。4,5歳ぐらいだっただろうか。俺は夕食の準備をしているお母さんの元へ聞きに行った。
「ねえねえお母さん」
お母さんはおそらく何か野菜を切っている途中だったと思う。そのまま振り向かず答えた。
「なーに焔?」
「何で僕の名前焔って言うの?」
その後、少しの間があったと思う。包丁が小刻み良くまな板にトントントンと音を立てていたのを覚えている。
「焔は……その名前嫌い?」
俺が思っていた答えとは違い、少し動揺したが、俺はその時思っていた率直な気持ちをお母さんに伝えた。
「ううん、好きだよ。だって焔ってめっちゃカッコいいし、何か強そうな名前だから」
その場で俺はパンチやキックなどして強さのアピールをした。
「……そう」
その時のお母さんの声はとても優しかった。お母さんは包丁を置き、軽く手を洗ってから膝を曲げ優しく俺の頭を撫でた。
「焔……その名前は……その名前だけは大事にするのよ」
「……う、うん……わかった……」
ここで話は終わった。結果的に名前の意味は知れずじまいに終わってしまった。というか聞けなかった。
あんなお母さんの寂しげな笑顔は初めて見たから。どこか俺の瞳から俺ではない誰かを覗いているような感じがした。
それから俺は自分の名前のことについてお母さんに聞いていないし、これから聞くこともないと思う。
でも、意味は必要だよな。だから、俺は自分で名前の意味を付けたいと思う。良い機会だしな。
焔と言って俺の頭の中で浮かぶイメージは炎。猛々しく燃え盛る炎。まさに今目の前にあるキャンプファイヤーがその例だな。
炎と言うのは危険極まりない。触れれば火傷をしてしまう。火事が起これば絶望する。
だが、どうだろう。そんな炎にみんな集まっている。
そう。炎とはただ単に危険というわけではない。寒い時には人々を暖め、安心を与える。暗闇の中で見つければそれは希望となる。
炎とはそれ自体は危険だが、それの持つ力と言うのは俺はたくさんあると思う。
俺はこういう炎に……焔になりたい。ここにいる皆に安心を与えられるような……包み込めるような……強くも優しい焔に。
この日、ここにいたものは全員同じ炎を見ていた。だが、焔の瞳に映るものだけは少し……違っていた。
こうして、初めての試みだった後夜祭は大成功で幕を閉じた。
―――文化祭から約1週間が経った。冬馬や咲とは連絡先を交換し、連絡を取り合っている。
冬馬はすでに東京に帰ったらしい。あまりにもありえないことが起こったのでまだ転入の手続きはできてないらしい。今は遅れを取り戻すため絶賛勉強中とのことだ。
咲とは日常のことやレッドアイのことについての話がほとんどだな。別れ際に俺が言ったことをレッドアイに伝えたらあまり顔には出さなかったがすごく嬉しそうだったそうだ。また、会いに来るとも言っていた。その日はシンさんから休みを貰わないといけないな。
それから最近、というか文化祭が終わってから毎日毎日ある人が放課後、うちのクラスにやってくる。
キーンコーンカーンコーン
帰りのチャイムが鳴り、帰りの挨拶を済ませると、焔は一目散に帰宅しようと机にかけてあったリュックを素早く背負い、ドアに手をかけようとした時だった。
焔がドアに手をかける前に勢いよく開く。すると、目の前には会長が鎮座しており、焔は今日もため息を漏らすのだった。