次の手8
岐阜には信長の武将は一人もいない。すべてが四方で連戦を続けている。一番近くにいる光秀が時々顔を見せる。最近信長は光秀に冷たく当たっている。城内でも噂になっているほどだ。狗が密偵を始めて3月になっていた。ここで初めて配膳係の娘に動きがあった。明日信長が京に向かう日だった。
小姓たちが信長を囲んで祝宴を張った。狗も新人で片隅に座っている。信長が中央に座っている。配膳係の女中が3人膳を運んでくる。狗は入ってきたあの女中をじっと見ている。この女中は信長の立派な膳を運んでいる。狗のくノ一は膳に毒を入れた素振りはないと伝えてきた。毒見も済んでいるとのことだった。
「こらに来い」
信長が最近抱いている小姓を呼んだ。信長はどちらかと言うと男好みだ。小姓が隣に行ったとき女中が膳を信長の前に置く。一瞬袖が故意に膳を隠した。狗は帯に潜ませた手裏剣を握った。信長がその小姓に食べ物を勧めた。その時女中の表情が変わった。小姓が箸で口に運ぶ。
次の瞬間小姓が泡を吹いた。毒だ。狗の手裏剣が黒揚羽の背中に飛んだ。突き刺さったが黒揚羽はもろともせず簪を信長に突き立てている。毒が塗ってあるはずだ。そこに小姓が小刀で鮮やかに首を切り上げた。これは柳生の剣だ。ほとんど同時に狗は部屋から姿を消した。
1刻の後待ち合わせの寺にくノ一が戻ってきた。
「どうだった?」
「黒揚羽が毒を盛ったことが判明しました。黒揚羽を切ったのは森蘭丸と言う小姓です」
柳生の手のものだろう。狗が手裏剣を投げることも予想していたように思う。恐るべき柳生だ。
「黒揚羽はどうなった?」
「即死だったようです。でもこのことは伏せられています」