第251話 死神ちゃんとお薬屋さん③
死神ちゃんはダンジョンに降り立つなり、首を傾げた。何故なら、そこは
「おやおや、これはお嬢さん。お久しぶりだね。〈お薬屋さん〉にようこそ!」
「おう、久しぶりだな。今度こそ〈ようこそ〉してやったぜ!」
初めて〈店からやってくるのではなく、自分が来店した〉ということを、死神ちゃんは誇らしげに胸を張ってアピールした。薬屋の店主であるドワーフは嬉しそうに笑って頷くと、死神ちゃんの頭を撫でた。
死神ちゃんはキョロキョロと辺りを見回すと、薬屋に「ここはどこだ」と尋ねた。すると、彼は在庫の詰まったポーチを漁りながらあっけらかんと答えた。
「ここは、ピラミッドの中だよ」
「おお、ここがあの……。ていうか、ここは冒険者があまり訪れないと聞いていたんだが。そんな場所で行商して、儲けは出ているのか?」
死神ちゃんが首をひねると、薬屋はニヤリと笑って何やらいろいろと取り出した。
「お客さんなら、目の前にいるよ。――さあ、見てくれ。これは、新商品だ」
「いや、悪いんだが、今回は買わないよ。〈不必要な買い物はしない〉って、釘を刺されているんだ」
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、薬屋は肩をすくめて「聞くだけ聞いて欲しい」と言って商品説明をし始めた。死神ちゃんは購買欲を煽られるのをグッと堪えるかのように顔を背けたが、後ろ髪を引かれるのか、チラチラと商品に視線を向けていた。そして薬屋が「これは期間限定でね」という〈魔法の言葉〉を放つと、死神ちゃんはとうとうガッツリと商品に見入った。
「おや、好きかね? 〈期間限定〉という言葉が」
「当たり前だろう。今を逃したら、もう出会えないんだぜ? もしかしたら人気が出て再販されるかもしれないだろうが、その時が来るかは分からないんだぜ?」
「さすがはお嬢さん、分かっていらっしゃる。これを逃したら手に入らなかいかもしれない、期間限定品。いつ買うの? 今でしょう! 今しかないでしょう!」
「まあでも、買うのは説明聞いて気に入ったらだけどな」
ニヤリと笑うと、死神ちゃんは商品説明をするようにと薬屋を促した。彼は頷くと、売り物のひとつを調剤などを行う時に使うのであろう皿の上にサラサラと出して火を付けた。すると、辺りにむせ返るほどの甘いエキゾチックな香りが充満した。
「これはストレスが溜まりがちな五月の、五月病対策に作ったんだ。他にも、これからのシーズンにぴったりな使い方があるんだが……」
「アロマキャンドルの香り違いか。俺、いつものラベンダーよりも、こっちのほうが好みかも。すごくリラックスするっていうか……。これは何の香りだ?」
「これはイランイランだよ。お嬢さん、ラベンダーよりもこちらのほうがリラックスするということは、相当ストレスが溜まっている証拠なんだよ。もしかして、お嬢さんも五月病かね? 大丈夫かね?」
薬屋はそう言って、とても心配そうに表情を暗くした。ぽかんとした表情を浮かべていた死神ちゃんは、一転して哀愁漂う諦め顔になるとスッと彼から目を逸らした。
「俺のストレスは、季節限定ではなくて毎日だよ。仕事で気苦労が耐えないっていうか。俺ばっかり、変なのを担当させられるから……」
「それは、お疲れ様です……」
死神ちゃんが肩を落とすと、薬屋もしんみりと俯いた。死神ちゃんはポーチからおもむろにお財布を取り出すと、購入の意志を示した。薬屋は何やら可哀想な様子の死神ちゃんに、アロマを一袋分サービスしてくれた。さらに彼は、いろいろな試供品を死神ちゃんにプレゼントした。
たくさんの心遣いを受けてほくほく顔の死神ちゃんは、スタンプカードを二枚薬屋に手渡した。先日の買い物の際にスタンプカードを置いてきてしまっていたため、新しくカードを発行してもらっていたからだ。二枚のカードが合算されて一枚だけが戻ってくると思っていた死神ちゃんは、二枚とも戻ってきたことに首を捻った。そして、片方のカードを見るなり目を輝かせた。
「おおお! 一枚、スタンプが満タンになった!」
「どうするかね? 今日早速、商品と交換するかね?」
満タンになったカードは、好きな商品と交換をしてもらえる。死神ちゃんは必死に悩んだすえ、交換はまた今度にすることにした。楽しみは、後に取っておこうということだ。
死神ちゃんは満面の笑みを浮かべてとても嬉しそうにしていたが、ハッと我に返ると苦い顔を浮かべて頭を抱えこんだ。
「またやっちまった……。うっかり、魔法の言葉に釣られて、また……」
「じゃあ、返品するかね?」
首を傾げる薬屋に、死神ちゃんは一生懸命首を横に振った。
死神ちゃんは気を取り直したかのように〈本日も行商目的で来たのか〉と薬屋に尋ねた。すると彼はニヤリと笑って「新薬の開発のために」と答えた。死神ちゃんはげっそりと肩を落とすと「またかよ」と呟いた。
新薬開発のためとはいっても、前回のように畑で作物を栽培してというようなことではなく、直接材料を取りに来たのだそうだ。
「ある地域では、ミイラを砕いて粉末にして薬にするんだそうだ。何でも、不老長寿になったり万病に効いたりするとか何とか。本当にそんな効果があるとは正直思ってなんかいないんだが、でも、そういう話が出るということは〈きっとそうだと信じたくなるくらい、健康になれる〉という点においては間違いがないと思うんだよ」
もちろん、素晴らしい薬のためとはいえ、他人の墓を暴くのは憚れる。しかし、ダンジョンであればミイラのほうからやって来てくれる。だから、材料採取にはうってつけだろうと思い、五階の僻地にまで〈姿くらまし〉を駆使してわざわざやってきたのだそうだ。
「ここは外以上に危ないモンスターが多いみたいだから、慎重にいかないと。安全にミイラを相手にできる場所を見つけて、ミイラとだけやりあうようにしないと……」
そう言って、薬屋は勢い良く首を横に振ると、慌てて〈姿くらまし〉をした。そのすぐあとに、死神ちゃんたちの目の前をスフィンクスがのしのしと通り過ぎていった。
「スフィンクスが堂々とお散歩を楽しんでいるとか、恐怖というよりは珍光景だな。まるで近所のワンちゃんだったぞ、あの
「お嬢さん、早くここを離れよう。もうじき、目から危ない光を放つシーツの塊もやって来くるはずだ。ここは、本当に危険なんだ!」
薬屋は死神ちゃんに手招きをすると、その場からそそくさと離れた。モンスターを回避しながら暗がりへと入ると、ここまで来れば安全だろうと言って安堵の息をつきながら、彼は壁にもたれかかった。すると、小さくカチリという音がして、彼と死神ちゃんは顔をしかめた。直後、遠くのほうでドンという音が聞こえ、何かが振動を伴いながら近づいてきた。薬屋と死神ちゃんはギャアと叫ぶと、一目散に走り出した。
「何が安全だよ! 何だ、あの巨大な岩の玉は!」
「さっき壁にもたれたときに、罠のスイッチでも押してしまったかね!?」
「うわっ、やばい。道がどんどん狭まっていってるぞ! これ、袋小路に追い詰められてプチッと行くパターンだろ!」
「お嬢さん、こっちです!」
全力疾走しながら、薬屋は死神ちゃんの腕をとると思いっきり横に引いた。二人が横道に滑り込んだ瞬間、大きな岩の玉は急スピードで二人の目の前を通過していった。ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、暗がりで光る目と視線が合った。死神ちゃんたちは先ほどよりも大きな悲鳴を上げると、もと来た道に転がるように躍り出て、そこから必死に走って逃げた。
「何? 何!? 何か、見たらいけないものと会った気がするんだが!」
「何かは分からないが、ミイラ取りがミイラになるところだったのは間違いない!」
二人は立ち止まってゼエゼエと息をつくと、辺りを見回して顔を青ざめさせた。どうやら、逃げることに必死で闇雲に走っていたせいで、道に迷ってしまったらしい。
「おいおい、勘弁してくれよ。迷子かよ! もうやだ、俺、帰りたい……」
「そうは言っても、その帰り道も分からないんじゃあ帰りようが……。とりあえず、先に進むとしよう」
二人の目の前には少し広めの部屋があり、その床の石のひとつひとつには文字が刻まれていた。死神ちゃんが〈もしやこれは、リドルに沿って該当の石のみを踏んでいかないと床が抜けるという、アドベンチャー映画によくあるやつでは〉と思っていると、薬屋が何も考えずに一歩踏み出した。そして案の定、彼は奈落へと落ちそうになった。
「これは、どういうことだ!? これじゃあ、前に進めないじゃあないか!」
「お前、まがりなりにも冒険者なんだろ? 周りをよく見て、そして考えろよ!」
「おおう、そうだ、そうだな。よし、ここはひとつ、落ち着いて……」
薬屋は深呼吸をひとつすると、周りに何か手がかりがないかを探した。そして、壁に文字が彫り込まれているのを見つけると、何やらブツブツと言い出した。彼は答えに辿り着くと、おぼつかない足取りで部屋の中を進んでいった。死神ちゃんは、彼が渡りきるのを手に汗握って見守った。
彼が無事に渡りきったあと、死神ちゃんは飛行してそこを通過した。まるで〈ずるい!〉とでも言いたげに目を見開く彼にニヤリと笑った死神ちゃんは、そこからさらに奥に部屋があることに気がついた。彼もそれに気づいたようで、二人は「そこに出口につながる道があるかも」と期待して部屋へと入っていった。
部屋の中には、多種多様な素材でできた大小様々な杯が並んでいた。その傍らには石組みの井筒があり、泉が懇々と湧いていた。薬屋はひと息つこうと、適当な杯を手にとって泉の水を飲んだ。すると、彼は潤うどころかミイラのようにカサカサに乾き、そのまま灰と化した。
死神ちゃんは床に降り積もった灰をじっとりと眺めながら「これまたベタな」と呟くと、壁の中へと消えていったのだった。
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死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、目が合ったマッコイに向かって顔をしかめた。
「今回は、必要だから買ったんだからな!」
「別に、いちいちアタシに報告しなくたっていいじゃない」
マッコイが呆れ返ると、同僚の一人が「だって、お母さんが厳しくするんだもんな」と言ってニヤニヤと笑った。死神ちゃんが不機嫌に鼻を鳴らすと、ピエロが近づいてきてデレデレとした笑みを浮かべて頬をツンツンと突いてきた。
「ていうか、
「はあ……?」
「イランイランって催淫効果があってね、ある地方では新婚の花嫁が気合い入れてベッドルームに花びらを撒くんだよ? もう、本当に破廉恥さんなんだからッ。あちし、まだ心の準備が――」
死神ちゃんは、思わずピエロを〈何言ってるんだ、こいつ〉という目で睨みつけた。すると、目の色を変えたクリスが横から割って入ってきた。
「今の
「どうしよう、すごくストレス感じてきた」
死神ちゃんは額に手を当てると、ぐったりとうなだれた。ピエロとクリスは声を揃えて「何で!?」と声をひっくり返した。
今すぐにでも香を焚きたかった死神ちゃんだったが、イランイランの香りは好き嫌いが分かれるということでマッコイに止められてしまった。代わりに、マッコイが持っていたラベンダーの練り香水を貸してもらったのだが、ストレスの溜まりきった死神ちゃんには匂いを感じることすらできなかった。マッコイはしょんぼりと肩を落とす死神ちゃんを励ますと、夕飯は気晴らしにビュッフェにでも行こうかと誘ったのだった。
――――美味しいものをたくさん食べ、腹ごなしにゲーセンのスポーツエリアで汗を流したら元気になったので、やっぱり食事と運動が最強の薬だよなと死神ちゃんは思ったそうDEATH。