でんわ完成【前編】
「…………あ、そうだ。ちょっと学校に顔を出してくるね。借りたい道具があるんだ」
「え? ええ、分かったわ」
その日の帰り、途中で馬車を降りる。
ここからなら徒歩でも帰れるから先に帰ってて、とラナたちを見送り、竜石学校の校門をくぐった。
よくよく考えると、ラナの小麦パン屋も竜石職人学校も今日からなんだっけ。
あまりに興味なくて忘れていた。
「さてと」
クラナがさっき言っていた、ダージスが昨日拾って連れ込んだという老婆。
あれがもし国際指名手配の大泥棒ディーアなら、狙うのは竜石核。
小物の竜石核ならば大した金額ではない。
しかしそれは普通の竜石核の話だ。
この学校で作るのは——俺がラナに頼まれて作った竜石道具の竜石核。
耳を澄ませながら、辺りを見回す。
最初に大きな門があり、それをくぐると庭。
その奥に校舎がある。
まるで貴族学校のような風貌で、なかなか巨大な玄関ホールが口を開けるように開かれていた。
その校舎の右側……方角的には『エクシの町』のある方に生徒と教師の宿舎。
大体五百人収容可能なかなり大きな宿舎がある。
なぜこんなにでかくしたのか。
まあ、あのおっさんたちの考える事など俺には分からない。
つまり考えても無駄。
そして、そして『青竜アルセジオス』方面には作業用校舎。
その裏手に、倉庫や
竜石核を作るのはその作業校舎。
だが、例の大泥棒で間違いないなら作業校舎には行かないだろう。
間違いなく、完成した竜石核を奪いに行くはずだ。
——つまり、保管庫。
「……はぁ、めんどくさ」
溜息を吐いてから、完成品の保管庫は倉庫群の真ん中。
一番大きな倉庫の、中央部の部屋だ。
息と気配を殺して進んでみると、驚きの結果。
「誰だ!」
ちょうど鍵開けを行っている最中。
昨日学校に潜入したので、妙なボロが出る前にもうとんずらしてると思ったが……存外ゆっくりとしていたらしい。
まあ、保管庫の場所を割り出すのに時間が必要だったのかもね。
建前が「入学した子どもに会いに来た」とかなんとか言ってた気がするから、昨日の夜は親子感動の再会に教員、学生共にワイワイガヤガヤしていたのかも。
…………その光景が目に浮かぶ。
なんだかんだ、お人好しが多いから。
「なんだ、ここの生徒さんかい……ああ、驚いた」
こっちも驚いたよ。
取り繕うのがなかなかの速さ。
「いやぁ、ここの鍵が開かないんでねぇ、おかしいなって思ってたんだよ。ほら、あたしゃ腰が悪いだろう? それとも飯の時間かい?」
なるほど、
まあ、あるあるだな。
「ディーアだろう? 悪いな、俺、国際指名手配系は結構携わってきて強い方なんだ」
「!?」
貴族連中から『個人的なお使い』と称して、まあ色々頼まれる。色々。
本気でヤバいやつはさすがにまだ取り扱った事はないけど、公になっている国際指名手配は国外に行く時に無関係ではない。
今更ギョッとした顔で逃れようとするが、唯一の出入り口は俺が陣取っている。
窓もないのでババアは苦虫を噛み潰した表情でこちらを睨む。
「ふん! あたしを知っとる奴がこんな僻地にいるとはねぇ! まあいい! だからってあたしが仲間もなしにここに来ると思っ……」
靴底の竜石を起動させる。
ここからだと距離があるので使うしない。
袖の下に仕込んでいた手甲の竜石道具も発動させて、細い鎖を排出。
靴底に仕込んである竜石……ブーツの竜石道具。
周辺の空気を操って足音を消したり、加速したり、僅かだが浮く事も出来る。
まあ、『影』のお仕事用。
そして腕に仕込んである手甲。
細く長い鎖を操れる竜石道具。
一度絡みついたら道具使用者の意思でなければ剥がれない。
こっちも『影』のお仕事用。
主に——!
「っこれは!?」
こういう悪さをする奴を拘束する。
加減によっては縊り殺す事も出来るけど、国際指名手配ともなれば生捕で賞金も出るのでしない。
普通の賊ならここまでしないけど、相手は一応国際指名手配犯なので出し惜しみはしない方がいいかなって。
「くぅ! なんだい、これは! くそっ! ……こ、この……何者だい! こんな道具……ただの平民じゃないね!? まさか『緑竜セルジジオス』の暗部騎士!? なんでそんな奴がこんな場所に……!」
「ざんねーん。俺はどっちかというと『青竜アルセジオス』の暗部騎士予定だった人〜。まあ、どちらにしてもここに来なければ見逃してたよ。ここに来なければ」
ラナが……欲しいって言った竜石道具。
ラナが販売を認めたのはレグルスだけ。
それ以外の奴が手を伸ばすってちょっと不快。
にっこり笑って腰のポシェットからロープを取り出す。
「さて、と……今夜卵スープって言ってたから早く帰ろ」
「卵スープ!?」
***
で、そんな事のあった翌日。
吊し上げておいたディーアを前に、ダージスがガックリうなだれていた。
レグルスも駆けつけて、頰に手を当てがう。
グライスさんもいつも以上に表情が暗いなぁ。
「竜石核泥棒だなんてネ。一応防犯で完成品の倉庫は厳重にしておいたケド……」
「あ、ああ……開校してすぐに入られるとは思わなかったな……」
そう言って顔を見合わせる。
その後ろには三人のおっさん。
右端の刈り上げがイロアさん。
真ん中のハゲがファカンさん。
左端のモヒカンがソザードさん。
一応この辺りで竜石職人をしている人たちで、教師として招かれている。
彼らはすでに数人の弟子を取っていたので、弟子もまた先輩の職人として連れてこられていた。
まあ、俺の負担が減るならなんでもいいので、あまり話はした事がないのだが。
今回の事は彼らも無関係ではないので勢揃い。
そして……。
「警備どーなってるの!」
「まあまあ、ラナ……」
「だって! 盗まれてたら色々大変じゃない!」
……なぜかラナもついてきた。
まあ、道具の発案者兼権利を持っているのはラナなので、いるのは構わないのだが……。
あんまり人が吊し上げられている場所にはいて欲しくないなぁ。
縛り上げて吊し上げだの俺だけどー。
「ご、ごめん……俺が考えなく入れたから……」
「本当それよ!」
「まあまあ、本人は親切心からだったわけだし……」
「ユ、ユーフランが俺の味方をした……!?」
「え? 味方したら驚かれるとかしない方が良かったのかよ?」
「いやいやいやいや! そ、そういうわけじゃないけど!」
そんな事よりプンスコと怒るラナが可愛い……。
頰を膨らますとか、幼く見えて可愛い。
これはわざとやっているのだろうか?
それとも素?
素なら尚更可愛い……可愛い……。
「防犯カメラとか、防犯センサーとか! そういうのが必要なんじゃないかしら!」
……え?
ここにきてのラナ語……?
「なんて?」
「あ……えーっと……」
「?」
突然振り返り、顔を赤く染めつつ目を泳がせるラナ。
え? 可愛い……。
ではなく、屈め、と手で合図された。
……この状態のラナに顔を近づける? 拷問?
しかし拗ねた顔をされるので気合を入れ直し、屈んで顔を近づける。
がんばれ俺。
「あのね、防犯センサーっていうのはね……」
ふむふむ……。
なぜわざわざ耳元でこそりと教えてくれるのかは分からないけど、息が吹きかかるし超え近いし顔近いし体温まで感じる距離。
心臓、止まらない?
止まるよ?
死ぬよ? 俺が。
「ちょっと待って」
「……」
内容が頭に入ってきません。
あと、ちょっと後ろを向いて頭に手を当てる。
額を冷やす。
手、少し冷たいので。
えーと、なんの話だっけ?
防犯センサー、とかいうやつを作れないか、っていう話だったな。
「まあ、作れなくもなさそう」
「え! 本当に!?」
「うん、風、空気、温度を感知する竜石道具ならあるし」
俺の足元に。
「————……あ……そうか」
「?」
小難しく考えすぎていたな。
ラナの描いたイラストに捕われすぎていたんだ。