第三十九話 夏祭り
俺はいつものように朝の日課を行った。今日の予定は山での3つの特訓と素振りのみだった。夏休み最後で今日は地元の夏祭りということもあり、シンさんが気を聞かせてくれた。祭りがあることを俺はほとんど覚えていなかったけどな。だが、せっかくだし、龍二と一緒に祭りに行くことにした。
6時
―――「しかし、もう9月だってのにまだ暑いな」
かき氷をシャリシャリとかき混ぜながら龍二が言った。
「地球温暖化ってやつだろ」
俺はずらりと並んだ屋台を物色しながら適当に答えた。
「地球の将来は大丈夫なのかね」
将来……か。
俺たちは色んな屋台を回りながら、各々夏休みのことを話した。
「それじゃあ龍二は毎日勉強三昧だったってわけか。バイトとの両立は大変だったんじゃないか?」
「ま、大変っちゃ大変だったけど、なんかすげー充実した夏休みだったよ。それに、色々将来についても考える良い機会だったしな」
そう言って、龍二は唐揚げを頬張った。
「もうどこの大学に行くのか決めたのか?」
「おー!! 取り敢えず候補は海星大学かな」
「難関私立ってやつか」
「そゆこと。まだ学部は決まってないけど、成績が上位10%に入れば学費免除だし、あと割と遠くないからな」
……つくづく親孝行な奴だな。
空も薄暗くなり、人も多くなってきた。色んな屋台を見て歩いていると、ふと見慣れた後姿が目に入った。
「よっ、久しぶり」
声をかけた先には、金魚すくいをしていた浴衣姿の綾香がいた。
綾香は焔の顔を見ると、瞳を輝かせながら驚いたように声を上げた。
「焔!? びっくりした!! いつも夏祭りとか来ないじゃん」
「ま、ちょうど夏休み最後だったからな。たまには良いだろ?」
「別に悪いなんて言ってないし……」
「綾香、すくうやつの紙破けてるよ」
そう言われ、綾香は自分の持っているポイ(金魚すくう網)を見て、大きな声を上げた。
「あっ!! 焔がいきなり声かけるからー」
「ごめんごめん」
綾香の隣には同じく浴衣姿でお面を横にずらして被っている俺たちと同じのクラスの神林絹子がいた。
「ちょうどいいじゃん。焔、お前ちょっとやってみろよ」
そう言って、龍二は俺の背中を押した。
「やってみろって言ってもなー。金魚すくいなんてもう何年もやってないし」
焔は口々に言いながらも、綾香の隣に座り店主に300円渡した。
「はい。網は2つね」
焔はかごとポイを2つ手渡され、金魚がうじゃうじゃ泳いでる水槽を覗き見た。
やるには本気で行くぞ……よし!! 集中!!
焔は目をかっぴらいた。
―――「あっ、終わった」
最後のポイが破け、焔はボソッと一言こぼした。その瞬間、後ろから強く背中を叩かれた。
「すげーじゃねーか焔!! 20匹はいったぞ!!」
「え? まじで?」
正直、金魚を取ることだけに集中してたからどれだけ取ったかなんて全然数えてなかった。
「焔凄い集中力だったよ!!」
「綾香が何度も焔君に声かけてたのに全然気づいてなかったしね」
「へ、へー」
正直驚いたな。この夏休みで鍛えられたのは体や戦闘スキルだけじゃなかったんだな。明らかに集中力、集中するのにかかる時間が短くなっている。
「兄ちゃん凄いねー!! どうする? 全部持ってくかい?」
店主の人が気前よく聞いてきた。だけど、正直金魚はいらないなー。
「いやー、俺は……綾香いる?」
急に話を振られて困惑する綾香。
「えー……2匹だったら……」
まあ、そりゃそうだよな。じゃ、残りはおっちゃんに返すか。
「じゃ、おっちゃん2匹だけ―――」
と、焔が店主に話しかけようとした途端、絹子がそれを遮り焔に話しかける。
「焔君。残りの金魚いらないなら頂戴」
「え? 良いけど……本当に良いの?」
そう言うと、絹子は小さく一度うなずいた。
「家で金魚飼ってるから」
「なるほどね……おっちゃん!! 俺の隣の子に金魚2匹とその隣の子に残り全部あげて」
「はいよ!!」
その後、金魚をもらい、その場を離れた。
それから、せっかくだと言うことで4人で行動することにした。花火の時間は8時、後1時間ちょっとだ。けっこう時間あるなと思ったが、案外あっという間に過ぎ去った。
流石祭りだな。
―――「もうそろそろ花火じゃない?」
綾香にそう言われ、俺はスマホの画面を見る。7時40分。後20分だな。
「後20分ぐらいかな」
「もうそろそろ場所取っておいたほうが良いんじゃない?」
綾香の隣を歩く絹子が焔の方に顔を出した。
「そうだな」
とは言ったものの、会場に行くとそこにはもう座るスペースなんて残っていなかった。
「おー、もうほとんど座るスペースねーな」
片手に焼きそば、脇に唐揚げの入っているコップを挟み込み呑気に龍二が答える。
あたりを見渡す綾香と絹子に焔が一つ提案をする。
「ちょうど良い穴場があるんだけど、そこに行くか?」
「え? 行く行く!! 絹子もいいでしょ?」
「うん。穴場楽しみ」
「俺も賛成だな」
「よし、じゃあ行くか」
そう言って、焔を先頭に歩き始めた。
ちょうど10分ほど歩いただろうか、焔たちは会場からかなり離れていた。焔は小さな路地に入って行った。綾香と龍二は少しキョロキョロしながら歩いていた。
しばらく入り組んだ路地を歩くと、山を登る石畳の階段が姿を現した。焔は無言で登って行った。続いて龍二、絹子、綾香の順で登って行った。
「いやー、しかしこんな場所があるなんて17年住んでたけどわかんないもんだな」
階段を上りながら龍二が口にした。
「本当……焔は何でこんな場所があるって知ってたの?」
「昔、祭りの時にお母さんに連れてこられてな。それで」
「へー、焔のお母さんもここに来てたの?」
「ああ、小さい頃お父さんともう一人の幼馴染の子とよく来てたんだって」
「え!? てことは焔の両親って幼馴染ってこと!?」
「そゆこと」
「へ、へー……そうなんだ……」
綾香の声が次第に小さくなり、ここで焔と綾香の会話は途切れた。そして、少しすると鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐるとそこには廃れた小さな神社が姿を現した。この空間は少し気温が低いような、そして神秘的な不思議な感覚を覚える。
4人とも鳥居をくぐったところで当たりが一瞬明るくなった。
「ドンピシャだぜ焔」
「だな」
これを合図にドンドンと花火が打ちあがる。龍二、俺、綾香、絹子と横一列に並び、花火に見入る。
「どうだ絹子? 中々の穴場だろ?」
「うん。綺麗」
絹子は焔の問いかけに花火から視線を変えず答えた。焔はそれを見て満足そうに笑った。
それからは誰も一言もしゃべらず、ただただ空に咲き乱れる色々な花火に見入っていた。
それからあっという間に時間は過ぎ去り、場内アナウンスから最後の花火だと告げられる。
「お、もう終わりか? 案外早かったな」
そう言って、大きく背伸びをする龍二。
「そうだな……と、そろそろカウントダウン始まるぞ」
「お!? じゃ、夏の最後の思い出、しっかり目に焼き付けるか!!」
場内からカウントダウン
「3!!」
「2!!」
「1!!」
「0!!」
会場から放たれた光は空高く打ちあがった。
光が消えたかと思うと、今日一番の特大花火が空一面に広がった。
神社にいた4人は同じ場所にいて、同じ景色を共有した。だが、最後の花火。3人の瞳は確かに同じ景色が映っていた。しかし、1人の瞳には空を見上げる小さな男子の姿が映っていた。
―――トレーニングルームからの帰り道、シンは汗をタオルで拭いながら自分の部屋を目指していた。
シンは曲がり角の直前でピタッと立ち止まると笑顔でいきなりしゃべり始めた。
「こんなところで何をしてるの? 総督」
すると、シンの死角外から凛々しい女性の声が聞こえてきた。
「フッ……やはりお前の感覚は化け物じみているな」
そう言って、シンの目の前に総督と呼ばれる女性が姿を現した。