第三十三話 俺も少々腹が立った
あれから更に一週間が経った。俺は相変わらずで、毎日毎日怪我をしまくっている。朝の特訓では、自動的に負荷が増えるから、体力が増えてるのかわかんないし、全力で山を下ろうものなら、まったく止まることができず、滑って転んでしまう。こんなこと本当にできんの? って時々思ってしまうが、焦っちゃだめだといつも自分をなだめている。そして、特訓は学校生活にも侵食し始めた。日常生活でも自動負荷装置をつけることを義務付けられた。この時の負荷は、朝の特訓よりも重い……本当にシンさんは鬼だわ。
というか少し話は変わるが、一週間前から龍二と綾香の様子……というか、行動? が少し変わった。
龍二はいきなり大学を目指すと言って、休み時間返上で勉強しまくってるし、綾香も休み時間、友達と話さず、ずっと本読んでるし。
一応二人に事情を聴いてみたが、龍二は
「いやー、叶いもしないようなすげー夢を現実に叶えようと、本気で目指しているやつがいるもんだから、俺も目指してみようかなと思ってな……そのために、取り敢えず有名な大学入るんだよ。そうすりゃ、いろんな選択肢も増えんだろ。俺は金持ちになるぞ~。焔」
綾香は、
「私元々読書するの好きだったでしょ? 友達も増えたし、休み時間は読む時間がなかったんだけど、誰かさんが夢に向かって頑張っていることを知ってね、私も最近、ちょっと曖昧になっちゃったってたんだけど、本気で夢に向かっていこうと思って。ほら、司書って色んな本のこと知っといたほうが良いでしょ? だから、今のうちに色んな本に出合っておきたいんだ。ま、その誰かさんは夢なんかないって言ってたんだけどね」
と二人とも笑ってこう言った。だが、その目は決してふざけたものではなかった。
これって確実に俺のことだよな。いやいや、決して自惚れているわけではない。ただ……龍二と綾香の発言と、シンさんにこのことを聞いてみたら、笑いを隠しながら、
「さあ?」
と言ったことから、あ、このこと二人に確実にばれたと思った。だが、二人とも俺に何も言ってこないし、聞いてこないから、多分そういうことなんだろ。二人とも変に俺に期待して、負担をかけたくないってことなんだろう。ま、知られてるってだけで、けっこう緊張するけどな。これは絶対に叶えないとな。
―――5限目終わりの休み時間、俺はいつものようにボーっと考え事をしていたが、少し憂鬱だった。別に夕方の特訓のことについてのことを憂鬱に思ってはいない。そんなことじゃ、気持ちが持たないからな。そうではなく、次の授業のことが少し憂鬱だった。
「おーい焔、お前はもう決めたか?」
隣の席から小声で龍二が話しかけてきた。
「もう決まったようなもんだろ」
「ハハッ。それもそうだな」
クラスマッチ。全クラス対抗の試合みたいなもんだ。2日がかりで行われ、種目は2種類ある。男女で分かれている。男子はサッカーとバレー。女子はラケットベースとバスケ。1日目はサッカーとバスケ。2日目はバレーとラケットベースとなっている。俺たちの学校は1クラスの人数が少ないから、ラケットベースとバスケで女子が重複する。サッカーはグラウンドの半分の面積でやるから、人数は5人で足りる。
さて、俺は……まあ、バレーだろうな。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラ
「はい、起立、礼」
「お願いしまーす」
「じゃ、今日の総合の時間は朝のホームルームで言っていたと思うが、一週間後に迫ったクラスマッチの種目決めをやってもらう。男女分かれて、おのおの決めといてくれ。ほんじゃ、男子は前で、女子は後ろで集まって決めてくれ。決まったら、前まで紙を取りに来て、そこに名前書いといて。終わったら、後は自由な。そんじゃ、始めて」
その言葉を合図に全員席を立ち、それぞれの所に集まった。女子はワイワイやっているが、男子はほぼ蓮の独断で話が進められていた。
「じゃ、俺たち5人はサッカーで、残りはバレーで良いよな?」
明らかに運動神経上位のやつらを選んでいったな。別にいいんだけどな。あいつと同じ種目じゃなきゃ何でも。だが、その願いは打ち破られた。
どうやら、バレーは6人必要らしい。俺たちのクラスには男子10人しかいないから。1人重複しなければならないらしい。なんと、それに蓮が立候補したのだ。
―――「ハアー……」
「おいおい。あんまり大きいため息つくなよ」
「だってよー」
龍二の言わんとしていることは重々承知している。俺も気が滅入っているからな。
後ろの方では女子たちに囲まれて、ご満悦のやろうが1人。本当に気に食わない。俺たちは引き立て役に使われるわけだ。ミスしまくってやろう。
「どうしたの? お2人さん」
見上げると、俺たちの目の前に綾香が立っていた。
「わかるだろ。俺たちの様子から推測してみろ」
すると、綾香は少し考えるように、目を閉じ、顎をさする。パッと表情を変えると、俺たちの目線まで腰を下ろすと、コソコソ話した。
「蓮はサッカーに行って、自分たちとは違う種目で一安心……したのも束の間で、バレーには人数が6人必要だったので、そこに蓮が入ってきて、とってもへこんでる……どう? 当たってる?」
「ハアー……流石、ミステリー小説呼んでるだけあるよ」
龍二は更に大きなため息をついた。
「イエイ」
そう言って、綾香はVサインをした。
「おいおい。俺たちは気が滅入ってんだぜ。少しはねぎらいの言葉でもかけてくれよ」
「でも、焔この前までめっちゃ体育で活躍してたじゃん。それなのに、ここ一週間で急に前みたいに戻っちゃったね。何で?」
「そりゃ……って何でもねえよ」
あぶねー……自動負荷装置のこと話すところだった。
「えー……まあ、いいや。私はバスケだからちゃんとバレーは見に行くね。楽しみにしてるから。蓮なんかに負けるなよ」
そう言い残し、綾香は自分の席に戻った。
「本当、簡単に言ってくれるよ」
「それだけお前は頼りになるんだよ」
そう言って、龍二はむくっと机から顔を上げた。
「かくいう俺もな」
ニッと龍二は笑った。
そうだな。やられっぱなしじゃいつまでも示しがつかないからな。例え、体が重くても、やれることはある。決して、引き立て役なるつもりはないぞ。
一週間後
―――「ハア……ハア……ハア……」
俺は朝の特訓が終わり、山頂の岩場に腰を掛け、休憩している。
「お疲れさん。焔君」
「どうも。でも、今日は珍しいですね。シンさんがここにいるなんて」
「いやー。君、今日クラスマッチなんだろ」
「え? なんでそれを……」
って、そんなことこの人たちが知ってても何ら不思議じゃないか。
「そうですよ。まあ、俺の出番は明日ですけどね」
「どうだい? できそうかい?」
「ま、体が重くても何とかやってやりますよ。もう昔みたいに体が動かないことを言い訳に諦めたりしませんから」
そう言うと、シンさんはニコッと笑った。
「うん。いい心構えだ。そんな君にプレゼントをやろう」
「プレゼント? なんすかそれ?」
「明日だけ自動負荷装置を外すことを許可する」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「そ、それって……」
「俺も蓮っていうやつには少々腹が立った……頑張って来い。焔」
「はい!!」
その後、焔は家の前まで転送され、山頂にはシンだけが残った。
(そして……AIの情報や、時期的にもおそらく、今日を持って次の段階に……)
「いやー、今日は一段と暑くなりそうだね」
シンは眩しそうに太陽を睨んだ。