episode アメリー
んん。
なんとも不思議な生き物だ……アメリー。
「アメリー、なにしてるの?」
「ちょうちょ見てるんだよ〜」
「そっかぁ。…………」
確かに……まあ、確かに蝶々が飛んでいる。
自宅から東側にまっすぐ進むと畜舎があり、それを囲むように放牧場が備えてあるのだが、そこからもう少し東。
川向こうの『青竜アルセジオス』側の森、温泉のある方向に行く川の手前に小さな花畑がある。
アメリーのお気に入りの場所だ。
そこで牧場の手伝いが終わるとずーっとぼーっとしている。
「ルーナのお花はないんだねぇー」
「あー、ルーナの花は……そうだね」
こっちに来たばかりの頃、虎が迷い込んで来た事があったけど……その住処付近には咲いていたな。
さすがに連れていた子虎たちも大きくなっているだろうから、なおの事今は近づけない。
アメリーには申し訳ないけど、ルーナの花は諦めてもらえないだろうか。
「あのねぇ、ルーナのお花はねぇ、すてきな花言葉があるんだよー」
「花言葉?」
「そーう。『あなたとあまいじかんをすごしたい』って」
「…………」
あなたとあまいじかんをすごしたい。
あなたと甘い時間を過ごしたい。
あなたと…………。
「……そう……」
まあ、虎の一頭二頭三頭四頭……どうという事もないかな。
適当に三株くらい持ってきてこの辺に植えればアメリーもお世話するだろうし、うん。
まだ、こう、恋人らしい事、というのをした事がないので……してみたいのだけど……具体的に思いつかない。
とりあえず花言葉なるものにあやかれないものか、試してみよう。
「あ、フラーン!」
「!」
手を振りながら走ってきたのは今考えていた人だ。
危ないから走らないで欲しい。
転んで怪我でもしたらどうするのか……。
「あら、アメリーと一緒にいたのね」
「うん」
「どうかしたの? 俺になにか用事?」
「うん、あのね! 考えたんだけど……フランに電話を作ってもらえないかなって」
「でんわ?」
なんかちょっと久しぶりに聞いたな、ラナ語。
いや、ラナの前世の……えーと、竜石を使わない道具か。
でんわ。
今回も不思議な響きだな。
「って、どんなものなの?」
「個人的には携帯電話も欲しいけど……まずはお店同士で使える固定電話から!」
「…………」
んん、聞き方がいまいち間違ってたかな?
携帯でんわ、と固定でんわ……なんかますますわけが分からない……。
いや、携帯でんわは持ち運びが出来るって事?
固定でんわはなにかに固定されて動かせないんだろうってのは、まあ、名前から察しがつくけど……その他の情報が少なすぎて、まったく全容が掴めない!
「それに電話をお父様に送れば、手紙よりも頻繁にお父様に注意出来るし!」
キラキラとした笑顔で宰相様が注意される事になっている。
まあね、陛下の容態が相変わらず芳しくないみたいだしね。
アレファルドが王太子として頭角を……今からでもいいから現してくれれば陛下も頑張れると思うんだけど、どうかな?
まあ、それはそれとして『でんわ』に関する情報が少ないままかーい。
しかし、『青竜アルセジオス』にいる宰相様の存在まで出てきたという事は、遠くにいる人間と連絡を取り合える竜石道具なのかな?
手紙を一瞬で届ける、とか?
いや、それはさすがに無理……。
「……あ、あと、そのー、固定が完成したら、携帯も欲しいな。フランがどこにいても連絡がつくし…………声が聴けるし……」
「ん? なに?」
最後の方はどんどん声が小さくなるから聞こえなかった。
なんて?
「な、んでもない! あ、えーと! そう! ひ、暇な時でいいの! 暇な時で!」
「……別にいいけど……もう少しどんなものなのか詳しく教えてもらっていい?」
「……いや、しかしフランってかなりのイケボだし私の耳が死ぬかもしれない……」
「ラナ?」
さっきから時々後ろを向いてボソボソと……一体なにを——?
「ま、まあいいわ! 死ぬ時はフランも道連れよ!」
「!?」
爆発物かなにかなの!?
そんな危険物作りたくないんですけど!?
「……おねえちゃん」
「! な、なぁに、アメリー」
一体なにを作らせたいんだ、ラナは。
不安に駆られていると、アメリーが俺の足元にやってきてひょこりと顔を出す。
牧場に来た日に髪型をラナに色々いじられ、左右に分けて結ぶ『ツインテール』がお気に召したアメリーはあれからこの髪型ばかりになった。
可愛いし似合ってる。
多分ラナもこの髪型にしたら可愛いんじゃないかなぁ。
ちょっと見てみたいなぁ。
「いけぼってなぁに?」
「!?」
いけぼ?
「おねえちゃんが今……」
「言ってない言ってない! イケボとか言ってないわよ! いや、言ったけど、でも別にフランの事がそうだとは言ってない! ……いや、言ったけど……。でもほら別に私は声フェチとかそういう属性はないと思うし!?」
「……え? は、はあ……?」
なに一つ言ってる事が分からないんですが。
とりあえず、人間ってものすごい速度で、顔と手が動くものなんだなぁ……。
ラナだけ?
あんな首を左右にブンブンしながら両手も左右にブンブンして……気持ち悪くならないのだろうか?
「夕飯の準備してくるぅ!」
「え! ラナ!? これから昼食じゃ……」
昼食じゃなくて夕飯の準備を、もう!?
一体どんな手の込んだ料理が出て来るんだろう?
あ、ちょっと楽しみになってきたぁ。
「……あ」
結局『でんわ』についてほぼ謎のままだ。
なんなんだろう、『でんわ』って。
さっきラナが言ってた情報だけで推察すると『遠くの人と連絡を取るもの』のようだったけど……でんわ……でんわ……。
『洗濯機』や『冷蔵庫』と違って名前にヒントが全然ないパターンのやつだなぁ。
「仕方ない……アメリー、俺森の方に罠のチェックに行ってくるから」
「はぁ〜い」
「……アメリーはなにしてるの?」
「ひなたぼっこしてるぅ」
「……そう。寒くならないうちにお家に入るんだよ」
「はぁ〜い」
と、言って座り込む。
……なんというか、不思議な子だなぁ。
女の子、この子だけのんびりさんというか。
まあ、ぼーっとしてるの楽しいのは分かるので帰ってきたあともいるようなら俺が家に入れればいい。
さて、実際は罠など仕掛けていないのだが、虎の縄張りに踏み込む。
川を渡らない、『黒竜ブラクジリオス』側の森である。
牧場の周りは全方向森なのだが、川を一つのラインとして考えると四つのエリアに分かれている、と思うと分かりやすい。
『青竜アルセジオス』側の川向こうエリア。
ラナとファーラがカーズと遭遇した場所だ。
『青竜アルセジオス』側、牧場エリア。
温泉がある場所だね。
『黒竜ブラクジリオス』側の川向こうエリア。
野生のココアやコーヒー豆が生えているところだ。
『黒竜ブラクジリオス』側、牧場エリア。
これから行く、虎の縄張り。
「はぁ……」
やや深めの溜息が出る。
仕方ない。
虎は猛獣……以前見かけた虎はなぜか人懐っこくて数日顔を覗かせ、餌をねだったあと近づいて来なくなった。
本当に些細な日数だったが、あれは子虎と一緒にいたんだよなぁ。
その子虎も、今はかなり大きくなっているはずだ。
あまり縄張りに立ち入りたくはない。
しかし、まあ……うっかり密猟者に遭遇してしまう可能性とかもある。
子どもが来ているので盗賊もさる事ながら、密猟者なんて危ない奴らがうろついていたらとりあえず締め上げて吊るしておかないと……あのやんちゃ坊主たちが遭遇して怪我でもしたら殺しても殺し足りなくなってしまう。
それはお互い不幸だよねぇ。
「おい」
「ひっ!」
「な、なんだテメェ!」
「バカ、ビビんな、よく見ろ、一人だ! 囲んで縛り上げ……!」
このように。
遭遇してしまうと臨戦態勢になってしまう。
っていうか本当にいるとは密猟者……。
『竜の爪』はたった三人ぽっちに見せるのももったいない。
あと、こっちは『黒竜ブラクジリオス』側なので集中するのめんどい。
なのでナイフで十分。
王家の『影』を何百年の単位でやっていた『ベイリー』の血筋を舐めないでもらおう。
まして俺はアレファルドの『影』だったのだ。
素速く距離を詰める技術。
「なっ!」
その途中、ロープを円にして空中に投げつつ注意を逸らすために真ん中にいた男の顎へ掌底を喰らわせつつ少し体を捻って右の男の方に突き飛ばす。
呆気に取られている左の男の手を掴み、二人の方へと投げ飛ばして、空いていた手でロープを引けば……はい、終わりと。
「ぐえ!」
「ぎゃっ!」
「いてぇ!」
あとは適当にグルグル巻きにして、持っていた武器や薬を貰って靴とズボン、下着を脱がせて川の方に捨ててくる。
ああ、川には捨てないよ?
そんな自然破壊するわけないでしょ。
あとでまとめて燃やすのだ。
革靴や布はよく燃えるので少し遠出して罠を仕掛けに行く時の、昼食キャンプの時にね。
え? こいつら?
さあ、どうなるんだろう?
下半身丸出しなので町には行かないと思うけど。
『青竜アルセジオス』側でここから一番近い『ダガンの村』も流れちゃったし……知らないなぁ。
「て、てめぇ! 返せ! ふざけてんのか!? ここら辺は虎が出るんだぞ!」
「えぇ? その虎を密猟しに来たんでしょ? 知ってますがなにか?」
「な! わ、分かってるなら返せ! こんな状況、虎に見つかったら喰われちまうだろうが!」
「密猟は犯罪だし、『緑竜セルジジオス』の法で密猟者は獣食殺の刑だよ? 同じでしょ」
「っ!」
『緑竜セルジジオス』は植物が非常に育ちやすい反面、森もまたすごい速度で成長する。
野生動物はその森をある程度管理してくれるありがたい存在なのだ。
実際この辺りも野生動物がもぐもぐしているので、手がつけられないほど生い茂っているというわけでもない。
そして、そうなれば当然草食動物が増える。
それをさらにまた管理してくれるのが肉食動物。
いわゆる猛獣たちだ。
だが、その猛獣たちの毛皮は『青竜アルセジオス』の貴族に人気が高く『緑竜セルジジオス』は密猟者のせいで頭を抱える事態が各地で多発した。
『青竜アルセジオス』の貴族がその都度『自粛』を宣言するが、密猟者の持ってきているものを購入している時点で自粛もなにもあったものではない。
見兼ねて『ベイリー家』と王家が法律で禁止にまでしたが、それもどこ吹く風。
まあ、そのような経緯から『緑竜セルジジオス』での密猟者の扱いは最高に残酷なものとなっている。
密猟者が捕らえられた場合、『緑竜セルジジオス』王家が絶滅危惧種として保護し、繁殖活動に力を入れている紅獅子に生きたまま餌として与えられる処刑法が適応されるのだ。
自業自得なので当然の結果だと思う。
なのでこの小汚い三人組がここの虎たちにどうされようが知った事ではない。
だって結果は同じだ。
紅獅子か虎、どちらの腹かの違いである。
「そ、そんな……ま、待ってくれ、なあ……頼む……」
さてと、ルーナの花があった場所はもう少し川の方だったかな。
あ、でも時期的にどうだろう?
咲いているかな?
まあ葉っぱを見ればどれがルーナの花かくらい分かるけど……。
「お、おい! 嘘だろ! マジで放置していくのかよ!? おい! おいいいいぃ!」
川のせせらぎが聞こえてくる。
その辺りまで来ると、鳥の声も増えるな。
もう少し川の方に行くと……。
「!」
あ、あった。
ルーナの花だ。
花はついていない。蕾も。
本当にただの草だな、これだけ見たら。
「…………」
まあいい。
あちらに植え替えればいずれ蕾もつけるだろう。
「♪」
花言葉の方は、まあ、さすがに伝えられないけど……家の近くに植えたら、それに近い感じのご利益とかない、かなぁ?
***
「あ、ルーナの花だ」
「昨日たまたま見つけてね。植えておいたよ」
翌日、朝の仕事と朝食が終わってからいつも通り花畑に来たアメリーは早速昨日植えておいたルーナの花に気がついた。
初めて瞳をキラキラさせて、嬉しそうにしているのを見たな。
気に入ったのならよかったよかった。
「ありがとう、おにいちゃん」
「どういたしまして。ちゃんとお世話してやるんだよ」
「うん、まかせて。おにいちゃんもおねえちゃんのおせわがんばってね」
「…………ん、うん?」