22.好待遇の訳
「あれが粉引き用水車で、あっちが物見櫓。それとーー」
「あのっ、シエロさん?」
「はい?」
「その……なんでさっきからそんなくっつくのかなって……」
怜央は鼻っ柱を掻いて困惑していた。
里を案内してくれるのはありがたいのだが、それにしてもずっとくっついているのだ。
彼女の体毛や柔らかい胸にどうしても意識がとられてしまっていた。
「異性との付き合いではこうするのが正しいと教わりました。夏目様はお嫌いでしたか?」
上目遣いで怜央を伺うシエロはもう、可愛いとしか言い様がない。
怜央は密着してたから尚のこと、嫌だとは言えなかった。
「ああいえっ、別にそういうわけではないんですよ!? ただその……少し小っ恥ずかしいというかなんというか……別に嫌いという訳ではないんです」
そう言うとシエロは心からの笑顔を見せて、より一層抱きついた。
「そうですか、それは良かったです」
「ん、んんー……」
怜央は困惑を極め、なにか言おうにも言葉に詰まった。
そうしている間にもシエロは怜央を引っ張って里中を歩き回る。
里の住人とすれ違うと、シエロに向かって深くお辞儀をしている。
このことからも里の権力者であるとことは間違いない。
そんなことが幾度も行われていると、怜央はあることに気がついた。
「シエロさん、ここには女性しかいないんですか?男の人の姿が見えないのですが……」
「シエロで構いませんよ、夏目様。ここに男がいないのは当然のことなのです。我らは皆、男の子が産めないのですから」
「え?」
「正確には
「なるほど……。ではそういった目的以外で男がこの里に来ることは……」
「ありませんね。大半は気に入った異性を見つけると拉致してきて、事が済んだら解放するのですが……そう考えると夏目様は非常に珍しい御方です。何せ自分から望んで結婚の申し出までされてきたのですから」
「……はい?」
「? 先程仰いましたよね? 腕輪を頂戴しに来たと。あの腕輪は求婚する際に殿方へ渡す大切な物です。ですからあれが欲しいというのは結婚の申し出だと受け取ったのですが……」
シエロの話を聞いて、怜央は脂汗をかいた。
まさか言うに事欠いて素直に話した今回の目的が、現地の慣習で結婚の申し出だと思われていたのだから。
しかも幸か不幸か、相手側はその申し出を受け入れてくれていたようだ。
怜央の様子に何かを感じ取ったシエロの雰囲気は一変し、懐から1本のナイフを構える。
「夏目様まさか……お戯れで?」
先程までの友好ムードから一転、恐ろしい迄の殺気を放つシエロ。
そんなシエロを前にして、怜央が言うことは決まっていた。
「はははっ、やだなあ。冗談ですよ、冗談」
(ああああああああ、頼む!!!何とか信じてくれええええええ!!)
怜央の微笑みの裏には、余裕などない懇願。
その強い念が通じたのか、シエロはナイフを仕舞い元の美しい笑顔に戻った。
「もう、夏目様ったら。悪いお人なんですから」
「はは、ごめんごめん」
何とか凌いだ怜央。
これで一命を取り留めたと思ったが、シエロから新たに釘が刺される。
「冗談も程々にしてくださいね。この里の住人は暗殺業を生業にしていますから、下手な事いうと消されかねませんよ」
「へ、へぇー……そうなんですね。通りで皆、雰囲気が違う訳だ」
ここまでくると苦笑いを隠すのも難しくなってきた怜央。
しかし幸運なことに、シエロは夏目の異変には気づいていない。
「ちなみに、私はこの里でも腕利きの暗殺者なんですよ。得意なのは投げナイフ。よければ手ほどき致しましょうか?」
「それは凄いですね。ははは。じゃあ今度お願いしちゃおうかなーなんて――」
「ええ、是非! ふふっ♡」
なんとか怜央は和やかな感じで乗り切ることができた。
だが客観的に、怜央が結婚を申し出て、シエロが受諾したことは変わらない事実。
今後のことを考えると血の気が引いてく怜央であった。
(ああ……テミス助けて――)
この時ばかりは流石の怜央も神に縋る思いであった。