03
何事もなかったら莉緒を後ろに乗せて天宮家に行ってただろうけど、あんなことがあったんだ。
今の僕に回復したとはいえ、重傷を負った莉緒を後ろに乗せるほど度胸はない。
そんなこともあってコンビニまで持ってきてくれた自転車を押しながらゆっくり行ってる。
「さっき、澪ちゃんとかって言ってたけど知り合いなの?」
「知り合いっていうかクラスメートよ。それにそういう陽太だって知ってる顔ぶりだったじゃない」
「僕はそれほどだよ。ただ今日駐輪場で倒れた自転車を起こしてた所を助けてあげたってだけで」
本当にそれだけなの? みたいな表情で疑われてもなぁ……。
本当にそれだけなんだけど……。
「まあ、変に疑っても仕方ないからそういうことにしとくわ」
「ありがとう?」
コンビニからゆっくり自転車を押しながら天宮家に向かうこと十数分。
「陽太。お姉ちゃん驚かせるから私が連絡するまでここで待ってて。そんなに時間かかんないから」
「わ、わかった。できるだけ早くしてくれよ」
ようやくついたかと思ったら、僕がいることを内緒にして天宮さんを驚かせたい莉緒は僕に玄関で待ってるように言われた。
晩御飯の時間帯なんだろう。
家からはおばさんと莉緒の楽しく話してる声が聞こえてくる。
夏なのに肌寒さを少し感じながら莉緒からの連絡を待つこと一分足らずで、最悪な事態が起こった。
連絡をすると言った莉緒だったけど、どうせ晩御飯を食べに一階に降りてくるからそのついでに僕を呼ぼうということになってこちらに来たんだろう。
そう思ってたらまさか……。
「夏なのに今日はやけに寒い……な?」
莉緒が僕の呼びに来たのではなく、天宮さんが何かを感じとったんだろう。
玄関を開けてからのたった数秒間、天宮さんと目が合った。
「……え。何してんの? 陽太。ちょっと前にコンビニのとこで別れたじゃん」
「ま、まあね。でも、もうちょっと天宮さんと話したいなって思って……」
完全に僕を疑ってる様子の天宮さんは考えているようだけど、僕には天宮さんが何を考えているのか皆目検討もつかない。
「莉緒となんかあったでしょ陽太」
「何もないよ。単に奈緒と別れてすぐに莉緒と会ったから少し公園で話した程度だよ」
「ふぅ〜ん……それで?」
「夜も遅いし送るって話にな……って」
生まれてからの十数年、修羅場というものを一切経験したことがなかったが、今まさに一生に一度でいいくらいの場面に出くわしている。
僕だけだと思うけど、そのくらいめちゃくちゃ気まづい。
「お姉ちゃん。あたしがお姉ちゃんが陽太のために作ったって言っちゃったの」
「……陽太。あたしが作った美味しくない晩御飯そんなに食べたいの?」
数秒莉緒を見つめた後、再び僕の方に向き直して言った。
「……ええと」
「食べたいか食べたくないかだけ教えて」
この時の天宮さんの顔と言ったら真剣そのもので多少なりと棘のある言葉だったけど、天宮さんが美味しくないとは言ってもそう滅多に好きな人の手料理を食べれるチャンスなんてそうそうないんだ。
「どうなの?」
棘のある言葉から一転して不安そうな表情になりながらこちらを見つめてきた。
「食べたい……食べさせてくれないかな僕のために作ってくれた天宮さんの手料理」
「じゃあ入っていいよ陽太。うち入ったらほんのちょっとだけ待っててね。すぐについで並べるから」
不安そうな表情はまだ晴れないまま玄関を通されて待ってるよう言われるが、そんなに不安そうな表情をされてたら僕まで安易に言ってよかったのか? と不安になってくる。
「そうやって男らしいところもあるのね。ちょっと見直したわ。……ま、あの頃からひとっつも変わってないけど」
「なに、なんか言った?」
「別にっ! たまには男らしいところもあんのねって言ったのよ!」
奈緒とすれ違いで階段から降りてきた莉緒は僕のことを褒めてくれてるんだろうか、素直に男らしいと言ってくれたけど、とほほ……僕は普段は男らしくないのか。
「ねぇ陽太。もし、私とお姉ちゃんが一緒に同時に告白したら今・の陽太はどっち選ぶの?」
玄関先で天宮さんが戻ってくるのを待つ僕に素朴な質問とは言っても、僕にとっては重要な質問を聞かれた。
「今の僕が莉緒と天宮さんから告白されたら? ないよ。二人には僕以上に相応しい人が絶対見つかるからこの先何年かわかんないけどね」
「答えて。……お願い。お姉ちゃんが来る前に」
「……正直に言うと、二人から告白されるってなったら正直言って嬉しいけど、答えは出せない。もちろん、天宮さんが好きだけどね。好きだけど、二人から告白されてどっちを選ぶってなった時には今の僕だったら選べない。それが今の僕の正直な答えだよ」
確かに莉緒と天宮さんから告白されて今、本当に選ぶとするなら莉緒の前では嘘をついたけど天宮さんだと思う。
でも、それは告白された時のであって、今は実際に天宮さんから告白されているわけじゃないから選ぶ権利なぞハナっからない。
それに今以上に何かを思い出さなきゃいけない気がするから、安易に告げてはダメな気がする。
「そっか。それが聞けて安心した。いつか絶対、思い出したら私を選んでね」
その言葉にどんな感情、どんな意味が含まれていたのかはまだこの時は分からなかった。
そして話が終わったのを見計らったかのようにリビングへと続く扉が開き、用意ができたんだろう。
天宮さんがちょっとは元気を取り戻してくれたんだろうか、少し恥ずかしそうにそわそわしながら「陽太のために頑張って作ったから食べて」と言われ、手招きされる形でリビングへ行くと家に入ってから微かに匂っていた僕の大好きなカレーの匂いがテーブルに近づくにつれて匂いが強くなって無欲がとか言われたけど、食欲がそそられる。
「いい匂い。それに美味しそう」
いざテーブルに並べられてるカレーを見るとお腹が空きすぎていると言うのもあるけど、今まで食べたカレーの中で一番美味しそうな見た目をしてる。
それに匂いで口内がよだれまみれになる。
ああ、はやくたべたい……!
「陽太美味しくなかったら食べなくても良いんだからね?」
「わかった。でも、大丈夫だよ」
天宮さんにじっと心配そうに見つめながらいただきますと言ってから煮込まれたゴロゴロの野菜の一部とルーを口に含むと僕が初めて作ったカレーよりかは数十倍も美味しい。
愛情が込められてると美味しいとは巷では聞いてたけど、実際には食べたことがなかったから食べることができてよかった。
「大丈夫……? 美味しい?」
さっきの恥ずかしそうな表情から一転、目に涙を溜めながら今にも泣きそうな表情でこちらを見てくる。
「うんっ……すっごく美味しいよ天宮さん」
「……ほんとに?」
ついには涙が溢れ出した。
「頑張って……陽太のために頑張って作ってよかった!」
泣いて笑う天宮さんを見たその刹那、視界が壊れかけのテレビのようにざらつきを見せ、ほんの一瞬だったけど保育園生くらいの子供だろうか、なぜかざらつきで顔が見えない筈なのに僕をみながら満遍な笑顔だった。
「っは……はぁはぁ……」
先に食べ終えててよかった。
口に食べ物を含んでるときに咳き込んでは作った天宮さんにも悪いし、行儀が悪い。
「大丈夫? 急に咳き込んじゃって」
「……も、もう大丈夫」
正面に座ってた天宮さんが僕の体を支えようとドタッと席を立って大丈夫?と聞きながら僕の背中をさすってくれた。
「少し横になったほうがいいんじゃない?」
「そうだね……。少し横になられてもらうことにするよ」
そう言って天宮さんに肩をかりて近くのソファーまで案内してもらうと、そのままゆっくりソファーに仰向けになるように寝かせてくれた。
……。
少しの間だけ寝させてもらおう……。