『竜の爪』【後編】
「で?」
「フランの家が『竜爪使い』だったの?」
「その呼び方は知らないけど……そう呼ばれてても不思議ではないかな」
「ちなみにクールガンって……」
「二番目の弟だね。俺を含めるとうちの三男。クールガン・ディタリエール・ベイリー……まさか……」
「そのまさかよ……」
頭を抱えるラナ。
マジか。
クールガンは……『小説』に出るのか。
「実は私……三部の書籍版は読んでないのよ……」
「…………。はぁ?」
またわけの分からない事を……。
「えっと、前にも言ったけど『守護竜様の愛し子』はコミカライズもされているわ」
「こみから……」
なんだそれ。
聞いたっけ?
いや、分からない。
あんまり興味なかった。
ごめん、かなり興味なかった。
あと『こみからいず』の意味も分からない。
「漫画になってるのよ!」
「まんが……あのなんでも分かる万能の書物?」
「ん? ……う、うん、まあ、そんな感じ?」
なんと……さすがは守護竜の愛し子……万能の書物になるなんて。
でも『小説』が『万能の書物』になるって一体どんな現象なんだろう?
ラナの前世の世界は本当に不思議なもので溢れてるんだなぁ!
まったく想像がつかない……!
「三部はブラックに就職したあと発売されたから、コミカライズでしかチェックしてないの。すごくない? 三部までコミカライズされたのよ?」
「う、うん」
よく分からないけど、すごいんだってさ。
「絵師が最高だったからなぁ、あれ。って、違う違う。とにかく、その時にフランの弟? が登場していたのよ。クールガンっていうグレーの髪の男の子!」
「うん」
クールガンは赤目と毛先がやや赤い灰色の髪。
そのコントラストが美しいのだが、本人は薄汚い色だと嫌がっていた。
うちの母が綺麗な赤毛で、兄弟がみんな今のところ俺みたいな髪色が多いから。
一応クールガンだってちゃんと毛先は赤いんだけどな。
本人はそれだけでは嫌らしい。
「とは言え私も最新話まで読んでない……その前に精神やられて漫画を読む時間もなくなったから」
「う、うん」
ラナの前世の話は……特に死ぬ数ヶ月前は悲惨な話が多いからあまり聞きたくない。
本人も話したくないのか、首を横に振るう。
「クールガンは王になったアレファルドの新しい側近として登場するの。ヒロインをすごく嫌ってたのよね……」
「クールガンがアレファルドの側近?」
「ええ。他の三人はヒロインと一緒にいる描写しかないから……多分それでだと思うわ。まあラノベの世界に突っ込みとかしちゃいけないんだと思うけど」
「……まあ……アイツの優秀さを思えば……無理ではないと思うけど……」
ヒロインとはリファナ嬢の事を指すはずだ。
クールガンはリファナ嬢を嫌う?
んん? そんな初対面の人を嫌うような子に育てた覚えはないのだが?
アレファルドの側近になったなら尚更リファナ嬢に失礼な態度は出来ない。
しちゃいけない。
……ん。
「アレファルドは王になるの?」
「え? ええ、三部冒頭で王様が亡くなるの……。作中のお父様の毒のせいね……」
「…………」
まぁ、ね。
王様が死ななければ、あるいはご自身で退位し、息子に譲らなければアレファルドは王にはなれない。
ただ、まさか宰相様が……。
「でもきっとそんな事にはならないわ」
「うん」
この世界では。
自信ありげに微笑んで、腰に手を当てるラナのそのドヤ顔。
きっと上手く手紙に書いて伝えたのだろう。
実際問題としてアレファルド、他三名の能力不足は如実だ。
今回の件、上手く収められなければ三公爵家は取り潰しにさえなりかねない。
ダージスをトカゲの尻尾切りに使ったところで、あの三馬鹿には強烈なしこりと疑心暗鬼を残す。
すでに宰相様があの調子なので、アレファルドとしては一人も欠けてもらっては困るはず。
結局のところアレファルドの采配次第というわけだな。
まあ応援しか出来ないけど。
「……ねえ、あの、もう一回見せてもらっても、いい?」
「?」
「あの、爪……」
「……?」
『竜の爪』を?
マジ?
驚きすぎて声も出なかった。
そりゃ、見せるだけなら構わないけど……いつレグルスとクラナが戻ってくるか分からない。
キョロキョロしたあと、ラナを部屋に招いた。
うっかり見られても、ねえ?
……しかしなんでそんなにワクワクキラキラした目をしてるんだ?
「言っておくけど、『青竜アルセジオス』から離れてるから上手く出ないよ?」
「え? でも森では……」
「『ベイリー』の『竜の爪』は『青竜の爪』だから……」
ラナは『竜の爪』についてどの辺まで知ってるのだろう?
聞いてみると、国別で竜爪持ちがいるというのは思いもよらなかったらしい。
なるほど、ラナの知ってる『小説』の中では『竜爪持ち』はクールガンしか登場してなかった。
だから詳しく知りたいって事か。
なんだかんだこの世界は前世で好きだった世界。
興味深いんだって。
はあ、仕方ない。
「……」
右眼を竜石に血を通すように……集中する。
むぅ、『青竜アルセジオス』の竜力が弱い……でも、ラナがなんかワクワクキラキラしてるし、がんばる。
「!」
めっちゃがんばって薄っすらと形が浮かぶ程度に顕現した爪。
ラナが顔をキラキラさせながら「わぁ!」と声を上げる。
……牧場を見た時のトワ様みたいだな……。
「……すごい……フランの赤い瞳が、片方が真っ青になってる。眼の中に細い白い線が……これが竜爪?」
「そう」
「……」
ちら、と俺の右側の背後をラナが覗き込む。
そこに浮かぶのは三本の爪。
半透明な白いそれに、手を伸ばすので驚いた。
「危なっ!」
「え! さ、触っちゃダメなの!?」
「ダメに決まってるでしょ、危ないよ! 側面超切れるからね!?」
「そ、そうなの……表側は?」
「…………」
あ、これ諦める気ないやつだ。
げっそりした顔になったと思うが、ラナの表情は変わらずワクワクしている。
信じられない。
どこまで俺の想像を超えてくるのだろう?
「……表面なら大丈夫だけど……逆撫ではしないでね、皮膚剥がれるよ」
「えっ、表面も危ないんだ? 鮫肌、みたいな?」
「さめはだ?」
「海の魚で鮫っているじゃない? 逆さに撫でると切れちゃうから鮫肌っていうの……んー、と紙やすりみたいな……」
「ふぅん? ああ、うん、紙やすりは正しいかな。そんな感じ」
「色が薄いけど……一応触れるのね!」
……なぜこんなに嬉しそう&楽しそうなのだ。
普通の令嬢が見たら悲鳴をあげて逃げ出すものだと思うのだが……。
と、とはいえ、そんなキラキラ可愛いラナを眺めていて気が緩めば即消える……!
ちゃんと集中していないと。
うっかり動かしてラナが怪我したら泣く。俺が。
「お、おおおおっ〜〜!」
なにがそんなに面白いのか。
そりゃ触られたところで爪に感覚などないから構わないけれど……そんな何度もさすさすと触るものではないと思うんだが……。
若干気持ち悪いくらい口半開きになってよだれ出てる……なにあれ……可愛い……。
「すごい……クールガンの爪もこんな感じなのかしら? ヒロインを暴漢から助けるシーンとかかっこよかったのよねぇ!」
「?」
「……あ、そ、それを言ったら今日フランも私とファーラを……暴漢から助けてくれたのよね……、……あ、ありがとう……」
「……っ」
無理だな。
と思って、爪を消した。
驚かれたけど、だって、ラナが可愛いし……顔が……。
顔を腕で隠して、とりあえずにやけないようにがんばる。
「フ、フラン?」
「あ、いや……まさかそういう反応されるとは……思わなくて……」
「だって……本当の事じゃない。……それに……」
なにやら頬を染め、もじもじと指を合わせながら目をそらすラナ。
え、今日のラナはなんなの?
可愛いがすぎない?
……大体、俺の親父だって母さんに『竜の爪』の事を打ち明けて受け入れてもらえるまでは戦々恐々としていたらしいんだよ?
それなのに、ラナはあっさりと受け入れてくれた。
『青竜アルセジオス』に限らず、女の人にこの『加護』は怖いもののはずなのに。
それだけでも……めちゃくちゃ嬉しいのに……。
頬が緩んで仕方ない。
こんなみっともない顔は見せたくないのに……その上、なんかやたらとラナが可愛いのは反則では?
そんな顔されたら……ものすごく、こう……!
「頭撫でたい」
「厨二キャラみたいでかっこいいし!」
「…………。……ちゅーにきゃら?」
「え? なにか言った?」
「……いや、俺はなんにも言ってないです」
「? なんで敬語?」
はしっ、と手で口を覆う。
え、言ってないよね? 言ってないよね?
口に出してないよな?
「い、いや、それよりなに? ちゅーにきゃらって」
「クールガンは作者の厨二心が疼いた事により生まれたらしいのよ!」
「…………」
会話が……。
ラナと会話が出来なくなっている、だと?
……うちのクールガンを生んだのはうちの両親だぞ!?
なにを言っているんだ?
さ、さくしゃのちゅうに?
あ、『作者』か……いや、でも結局“ちゅうに”ってなに?
「いえ、厨二心は誰の胸の中にもあるものよね」
「!?」
胸の中にある、こ、心?
感情的なものって意味?
誰の心の中にもあるの!?
俺にも?
んんんんんん?
そ、そんな一人納得されても……。
「だから羨ましいし憧れてたのよ! まさかフランも『竜爪持ち』だったなんて! 前世の私もその力があれば社長を叩きのめして会社の屋上から放り投げてやったものを!」
「…………」
笑顔でなかなかひどい事言ってる。
いや、それだけの事をしていたよね、その『しゃちょう』って。
しかし時々覗く『悪役』ぷりが清々しいな……!
「えーと、じゃあ怖くないんだ?」
「全然怖くないわ! むしろ羨ましい!」
「…………」
————その、熱量。
キラキラした瞳。
ああ、相変わらず俺の固定概念などひとっ飛びだな……。
「……ありがとう」
「こちらこそ! 見せてくれて、触らせてくれてありがとう!」
無理。好き。
***
翌日の事だ。
「俺はこの国に残る!」
……と、宣言するのはダージスである。
朝の仕事も終わり、朝食も食べ終わって一息ついた時に突然現れた奴は、こちらの話もそこそこにクラナを玄関の前まで連れてきてその前に跪き、赤い薔薇の花束を差し出して更に続ける。
「だから、俺と結婚してください!」
「…………」
……なんて面倒くさい事に……。
と、思いつつ、子どもたちとレグルス、ラナも玄関のウッドデッキまで出てきてその成り行きを見守る。
まあ、普通に考えて振られるだろう。
でもクラナはこの国に来て頼れる人間は非常に限られている。
この国に居着くつもりなら、ダージスの貴族の身分は諦めなければいけないだろうけど……繋がりまでなくなるわけではないから、結婚相手としては便利な奴ではなかろうか。
一応『ダガン村』の人たちからは信頼されているようだから、人望はあるようだしね。
「でもちょっと急ぎすぎじゃない?」
「あの熱意があればどうとでもなりそうだけどね」
「だって絶対無計画じゃない?」
「うんまあそれは否定しないけど……」
色々横から文句を言っているラナ。
若干『君がそれを言うか?』と思わないでもないけど、貴族なんてそんなものだもんね。
まあ、ダーザスの場合『散々忠告しただろうが!』とど突いてやりたいぐらいだけど。
「え、ええと……ま、まだ、お会いして間もないので……」
「そ、それはそうですが!」
「ご近所さんからで、いかがでしょうか……」
「ご、ご近所さん……!」
ちら、とレグルスを見た。
すでにお化粧で整えられた色艶の出たいつもの顔を、ニンマリと笑みで彩る。
はいはい、昨日の時点できっちり対策も講じておいたわけね。
さすがー。
「分かりました! また、また必ず! 結婚を申し込みに参ります!」
「…………」
腰に手をあてがい、目を閉じて頭痛に耐える。
アーチの向こう側から、今度は同じような薔薇の花束を持ったカルンネさんが「メリンナせんせええぇ!」と叫びながら走ってくるのだ。
やめておいた方がいい、カルンネさんよ……。
メリンナ先生は、二日酔いでまだ寝ている!
しかも寝起き最悪で目つき凶悪だった。
死ぬぞ!
「ウフフ、従業員確保もたやすそうネ」
「……ねぇ、レグルスあなた本気であの温泉で宿を始めようとか思ってないわよね? さすがに私たちもキャパオーバーよ?」
「うん、無理無理」
「あんらァ! なにも今年とは言ってないじゃな〜イ! いいのよ、計画はじっくり進めておくから二人はなぁんにも心配しなくってェ!」
「「………………」」
年単位……だと!
「だからアナタたちもちゃんと仲を進展させておくのヨ」
「「……!」」
「楽しみにしてるわネ、二人のお惚気バ・ナ・シ」
そ、そういえば、恋人には、なったんだっけ。
いや、忘れてたわけではないけど。
……でも、恋人……恋人って、例えばどんな事をするんだ?
………………………………。
て、手を繋ぐ?