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『加護なし』の小さなお姫様



「こうして鞍を取ったら、布で綺麗にして」
「う、うん」

 警戒心が強いらしい、ファーラ。
 ん? 俺が胡散臭いから? やかましいよ。
 言われた通り、取り外した鞍を布で拭くのであのやんちゃ坊主コンビほどではかからなさそう。
 と、いうのが第一印象だ。
 ズボンのポケットから竜石を取り出して、ルーシィを振り返る。
 いつでもいける、と頷かれた。

「ファーラ、君が『加護なし』だと知ったのはいつだ?」
「え……」
「いつ?」

 なぜそんな事を聞くんだ。
 そう言わんばかりの表情だったので、目を細めて改めて聞き直す。
 俺が怖い人間かもしれない、と最初にレグルスの商会で印象づけてあるのでファーラはすぐに「この国のお医者さんに……」と答える。
 やはりメリンナ先生診断で、か。
 そうだよなぁ、『赤竜三島ヘルディオス』では竜石道具がなくて分からなかっただろう、って話だったから。

「そうか。じゃあ次」
「?」
「君が生きづらいのは分かった。次に『加護なし』がどんなものなのかを調べよう。どうして調べなきゃいけないか分かる?」
「え? ……エ? な、なんで?」
「君が生きるためだ」

『赤竜三島ヘルディオス』で『加護なし』と分かれば殺されかねない。
『青竜アルセジオス』でも『加護なし』は貴族平民関係なく迫害対象だろう。
『黒竜ブラクジリオス』は分からないが、隣国がそんな様子では似たようなものかもしれない。
 そして、この国『緑竜セルジジオス』も。
 だが、この子……髪の色は綺麗な金髪なんだよな……。
『青竜アルセジオス』より『黄竜メシレジンス』の方が幸せになれるかもしれない。
『黄竜メシレジンス』は文字通り『黄色』が幸運の色とされている。
 この世界で金髪は少ない。
 俺もリファナ嬢とファーラ以外、『黄竜メシレジンス』の王子しか見た事がないので本当にレアな髪色だろう。
 …………うん、『黄竜メシレジンス』の王子の事は忘れよう……思い出してもいい事など何一つない。
 せいぜい隣国にあんな厄介な王子がいるのにアレファルドはよくあんなままだったなと…………いや、待て、そういえばアレファルドとリファナ嬢が遊学中『緑竜セルジジオス』に来るのが一週間も遅れたとか言ってたな?
 まさか、クラーク王子に絡まれて?
 あ、ありえる……あの性癖歪んだ王子はアレファルドのモノにはなんでも手を出すから……!
 リファナ嬢も絡まれて大変だっただろうなぁ……。

「……あ、あの……?」
「! ああ、ごめんね、ちょっと余計な心配してた。えーと、じゃあちょっとコレ持ってみて」
「?」

 ファーラの手に持たせたのはさっきの竜石。
 彼女の手に載せられた瞬間、石はほんのりと淡い光を真っ黒に変えた。
 その光景に怯えた表情になり、オロオロするが俺は「なんだ」と期待はずれに溜息を漏らす。

「割れるとか砕け飛ぶとか期待してたんだけどなぁ」
「!?」
「使えないだけかぁ……」
「!? ……ェ……あ、あの……」
「ああ、ごめんね。……多分竜石道具が使えないだけみたいだな。それなら普通に生活する分には問題ないだろう。ほら、俺の手に戻ったら、色も元に戻っただろう?」
「! ハ、ハイ……」
「つまり君の……『加護なし』の力は竜石道具が使えない程度って事。拍子抜けだなぁ……ちょっとどんな事が起きるのかワクワクしてたんだけど」
「…………ェ……」

 俺が半笑いで目を逸らし、そんな事を言うからファーラは右往左往している。
 この国に来て『加護なし』と言い渡された時はきっとショックで眠れなかっただろう。
 それでなくとも『緑竜セルジジオス』の人は『赤竜三島ヘルディオス』から来た髪や目の赤い子どもたちを差別的な目で見ていた。
 それに加えて守護竜の加護を与えられない『加護なし』の自分がいたら、みんなにも迷惑がかかる。
 生きた心地はしなかっただろうな。
 けど、俺がこういえばその意識はきっと変わる。

「『()()()()()()()()()()()()()()()

 大した問題ではないのだと。
 君はほんの少しだけ他人と違うだけの……普通の女の子だと意識を植え付け直す。

「…………」

 思った通り目を見開いて固まったファーラ。
 ぐしゅ、と顔が歪む。
 袖で涙を拭ったあと、こくんと頷いてくれた。

「さ、ご飯に遅れるからそろそろ戻ろう。ああ、そうだ。この馬はルーシィっていうんだ。その辺の馬より賢いから、なにか悲しい事があったらルーシィに相談するといい。君より少しだけお姉さんだから、なんでも相談に乗ってくれる」
「ブルルルルルル」
「! ……あ、ありがとう……」

 ……お礼が言えるならもう大丈夫かな。
 ルーシィを撫でて、ファーラにも撫で方を教えて、それから家に帰る。
 自宅の玄関扉を開け用とした時、馬車がアーチに入って来た。
 二人乗りの小さな馬車だ。
 降りて来たのは女性一人、少女一人。

「ヨォ、ユーフラン坊」
「酒クサ……」

 げんなりする……。
 酒……うん、酒ね……飲んでみたいとは思うよ……飲める年齢になったんだもん。
 一度は飲んでみたいと思うさ。
 だが、そう思うタイミングでこの女性を見ると「やっぱりいいかな」と思う。
 緑の長い髪をポニーテールにした俺よりやや年上の女性。
 とても医者とは思えないアウトドアな軽装。
 そして、片手に酒瓶。

「メリンナ先生なんか用」

『エクシの町』の薬師にして医者、メリンナ。
 豪快で医者というよりは海賊か盗賊の女頭領のような性格。
 まあ、クーロウさんを見るとあの町の人っぽいと言えばぽい。
 しかし、一応この人も元々は王都の人だったような……?

「まあ、ご挨拶ですだわ! メリンナ先生がわざわざ! 辺境に足を運んだというのに! もっと丁重に出迎えられないのかしら!」

 そしてその横にいるキンキン声、眼鏡の小むす……少女はアイリン。
 王都からメリンナ先生の評判を聞きつけてやってきた、十四歳と非常に歳若い彼女の弟子だ。
 そばかすと縮れたダークグレーの髪がコンプレックス。
 それを治す薬を探し求め、メリンナ先生のもとにたどり着いたんだそうだ。
 興味もないのにベラベラ話してくれたのだが、とにかく面倒くさい感じに絡んでくるので俺はあまり得意なタイプではない。
 向こうも俺の悪口ばかり言うので、嫌いなら構わなければいいのにと会う度に思う。

「それで? 奥様とはいかがですかの?」

 令嬢教育でも受けているんだろうか。
 たまに変な言葉遣いにはなるが、アイリンは比較的丁寧な話し方をする。
 とはいえ、なぜそんな事を君に話さなければいけない。
 わざわざ牧場……いや、君に言わせると辺境……まで来て聞く事がそれか?

「……いや、まずそっちの用件を聞きたいんだけど」
「ああ、そりゃあもちろんアイリンがアンタに会いたがって……」
「し、師匠おおおぉっ!」
「……っていうのは冗談だけど……『加護なし』の子がいただろう? えーとなんだっけ?」
「し、しっかりしてください師匠! 昨日レグルスさんに、その子の体調に変化があった時の対処法を教えてやってほしいと頼まれたんですわよ!」
「ああそうだそうだ! 『赤竜三島ヘルディオス』産のサボテン酒と交換で!」
「し、師匠それは言わなくていいんですわ!」
「…………」

 高いんだか安いんだからよく分からない酒だなぁ……。
 しかし、なるほど。
 レグルスの依頼か。

「それで朝からお酒飲んで寝坊して遅刻して来たと」
「…………なぜ分かったのかしらん?」
「ぶりっ子でごまかせると?」
「ちょっとはノってこいよぅ」

 絡み方が『黄竜メシレジンス』のクラーク王子みたいで苦手なんだよなぁ……。
 なんにしても用件は分かった。
 あとは……。

「あらァ? メリンナ先生じゃなぁいン。今日は来ないと思ってたわヨ〜」
「サボテン酒!」
「ネェ第一声がそれってマズくなぁいン? メリンナ先生の方こそ酒抜きの薬毎日飲んだ方がいいんじゃないのかしラ」
「バッカねぇ! そんなの毎回飲んでたらやってらんないでしょー! 医者なんて!」

 ……そういうもんなのかね?
 ま、呼んだのがレグルスなら対応はレグルスに任せよう。
 もちろんファーラの体調の事は聞かないといけないけれど。

「とりあえず家の中にどう……」

 どうぞ、と来客を家の中に迎えるつもりだった。
 森の方から「ぎゃああああー!」という悲鳴が聞こえて来なければ。

「ヤダ! なんの声!?」
「蛇でも出たのかな」
「イヤ〜ン!? 蛇は苦手よォ〜〜!」
「ちょっと見てくる。ファーラ、お客さんを家の中にご案内して」
「は、は、はははい!」

 とりあえず任せてみる。
 玄関まで来て案内が出来ないなんて事はないだろうし、これで自分がしばらくここを家とする意識が芽生えるだろう。
 おもてなしをする側なのだ、と。
 不安げでも、しっかり三人を「こ、ここ、です!」と玄関を開けて招く姿にレグルスが笑みをこぼして頭を撫でている。
 あっちは任せていいだろう。
 さて、この悲鳴は東南方向……『青竜アルセジオス』側の森の方だ。
 あんまり来たくないんだよなぁ、こっちの方。
なんでって、そりゃ『青竜アルセジオス』側なので。

「ん?」

 シュシュの唸り声と激しい吠え声。
 そしてやんちゃ坊主が二人、木の影に隠れてしゃがんでいる。
 頭を覆い、ガタガタと震える姿は異様だ。

「!」

 これは、人の足跡。
 しかもまだ新しい。
 俺のものより大きい靴跡や、同じくらいの靴跡。
 いや、これは……兵の靴底だな。
 盗賊や獣は多いけど、このタイプは初めてだ。
 一つ、ブーツのような踵の高い靴の靴底を見つけた。
 指揮しているのは……兵ではないな。

「ふふ」

 分かりやすい。

「シュシュ」
「ワン!」

 名前を呼ぶとたったか駆けてくる。
 うーん、いい子。撫で撫でしてやろう。
 俺の姿にやんちゃ坊主二人はハッと顔を上げて、半泣きになりながら立ち上がって近づいてきた。
 まだ抱きつく勇気はないようだけど森の奥を指差しながら「変な奴がいっぱいいた!」と叫ぶ。
 やっぱりね。

「鎧着てた奴らだろう?」
「知ってんの!?」
「近くに貴族みたいに偉そうにしてる奴いなかった?」
「いた! 背高くて黒髪の奴!」

 カーズか。
 意外だなぁ、スターレットとは相性もよくないし仲悪いと思ってたんだけど。
 ……いや、ニックスが焚きつけたか?
 脳筋のカーズはアレファルドには一目置いてるけどスターレットとはあまりいい関係ではない。
 ニックスはそこに漬け込んで、恋敵であり政敵になりうる二人を同時に失脚させようと画策してる、ってところか。
 ん、これもアレファルドに報告だな。
 友情出演だし、アレファルドの采配次第ではアレファルドが恋敵を三人まとめて失脚させられるいい機会だ。
 一応アレファルドの助言は役に立ったし、そのお礼って事で今回はタダにしてあげよう。
 恋に盲目になった三馬鹿を活かすも殺すもアレファルド次第。
 やらかしたスターレットは己の失態隠しになぜか協力的なカーズを派遣。
 その裏ではニックスが糸を引いている。
 あるいは……スターレットがそうなるように誘導していたりして。
 ふふふ、まあ、なんにしても俺には関係ないし、あとはお前の仕事なので頑張ってくれアレファルド。
 頭の痛い問題だろうが、それをうまく刈り取ってこその『王』だ。
 君の成長を願っているよー。

「じゃあ、帰ろうか」
「「ええ!?」」
「えぇって、昼ご飯の時間だぞ。いらないのか?」
「「え……」」

 聞くと、二人は空腹を思い出したのか腹をグゥ、と鳴らす。
 そしてばつが悪そうに顔を見合わせてから「あ、あいつらほっといていいのか」と聞いてきた。
 もちろん、近所にいるには物騒な連中なのでお帰り頂くさ。

「まあ…………そのうち否が応でも帰る事になるよ」

 とだけ答える。
 不思議そうにする二人の背中を押して自宅へと歩き出す。
 スターレットは頭がいいはずなのになんでこんなにアホやらかすんだろうなぁ。
 きっと高すぎる自尊心が己の失態とか、そういうのを許さないんだろうけど。
 それで周りに迷惑をかける時点でダメなんだよなぁ。

「……で? なんか面白いものは見つけた?」
「え? あ! うん! あのなあのな! あっちに温泉湧いてるんだよ!」
「そうそう! あとで入りに来てもいい!?」
「…………。ん?」

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