01.プロローグ
ある世界に、他に類を見ない珍しい教育機関があった。
『魔法学部』『科学学部』『異能学部』の3学部から成るこの機関の名は『私立七宝学園』。
主に冒険者を育成する目的で設立された学園であるが、その最大の特徴は異世界より生徒を受け入れていることだ。
そのため多種多様な種族が在籍し、異文化交流も盛んである。
そして今、そんな学園の一室では要職に就く幹部4人が会議を行っていた。
◇◆◇
「――と、いう訳でですね、新規依頼者開拓の件は以上になります。他になければ本日の会議はこれで終了としましょう」
会議を取り纏め進行役もこなすこの男は『学長代理』ピティオン・ラ・クレイユ。
宮廷服のような絢爛な衣装に身を包み、手入れの行き届いたブロンドの髪は肩まで伸びている。
男にしてはやや長めであったが、中性の顔立ちをしたピティオンに違和感はなく、むしろ馴染んでいるというべきであった。
そんなピティオンが議題の書類を机に置いたとき、異議を唱える者がいた。
「ちょっと待たんかい、ワレェ! ふざけとったらアカンぞ!」
力任せに机を叩き、ドスの効いた声で怒りを露わにするは『異能学部学部長』水谷星一。
グレーのスーツに黒髪のアイパーをキメて、周囲を圧するその風体はとても堅気とは思えない。
「何が終了じゃ! こんなくだらん
水谷は腕を組み、眉間に深い皺を刻んでサングラス越しに睨み付けていた。
その様子を見た『科学学部学部長』ヨハネス・オイゲンは、銀縁の眼鏡をクイッと持ち上げ、気怠げにフォローを入れる。
「――落ち着いてください……。 幾ら声を荒げても、多数決の結果までは変わりませんよ……」
ヨハネスはぴっちりとしたパイロットスーツを着用し、その上にくたびれた白衣を纏わせている。
外見に無頓着なのか、紫色のモジャッとした髪には寝癖がついていた。
そして、ヨハネスのフォローに続き、私見を述べる者がいた。
それがこの場で唯一の女性『魔法学部学部長』のドロシーだった。
「――ヨハネスの言う通りだ。一度決まったものは覆すべきではない」
ドロシーは深紫色の魔法使いらしい衣装を着こみ、さらにその上から短いローブを羽織っている。
机に立て掛けた白く仰々しい杖と、大きなとんがり帽は彼女が魔女であることを示していた。
彼女の瞳は海のような深い青色で、クルクルとした長い巻き髪も同じ色だった。
「せやかて、おのれも反対しとったやろ! それに、今いる先生らは全員『夏目学長』が雇入れた者や。それを解雇するってことはつまり、夏目学長の意思に背くことにもなる。それがわからんお前やないやろが!」
水谷の言い分にもドロシーは思うところがあったのか、目を瞑り口を噤んだ。
それを察したピティオンは、ドロシーに代わって反論した。
「水谷先生。……なにも好き好んでやっている訳ではないんですよ。今のうちから手を打たなければ皆、共倒れになってしまいます。どの道行うなら早い方が良い。そう考えたからこそ、他の先生も賛同したのでしょう」
ピティオンの意見に辟易とした様子の水谷は、鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを……。そもそもの原因はお前にあるんとちゃうんか……?」
「……?」
何の事かわからないという様子のピティオンに、水谷は舌打ちをして憤りを表す。
「わざとやってるならたいしたもんや……。この――舐め腐りおってっ!!!」
水谷は怒りに任せて机を蹴り上げた。
その衝撃は凄まじく、固定されいたはずの机は天上に突き刺さっていた。
部屋には砂埃が散って、ヨハネスやドロシーのコップも倒れた。
寛容な精神を持つ流石の彼らも水谷の行いには不快感を隠せない。
「あーあ、資料が台無しだ……。これが研究資料じゃなくてよかったですよ。でなければ今頃死んでいたでしょうね……水谷先生?」
「水谷……この場にいる者は暴力に屈しない。それくらいわかっていることだろ。それとも君は、そんなこともわからないお馬鹿さんだったか?」
「……あ゛ぁ゛?」
水谷の苛々が伝播して、会議室内のピリピリがが最高潮に達しようとしたその時、不意に会議室のドアが開いた。
入ってきたのは一人の職員。
息を切らし、ただならぬ様相である。
「大変です……学長! これを見てください!」
職員は一枚の紙を持ち、一直線にピティオンの元へ向かった。
しかし、イラついていた水谷は職員を止めるよう胸倉に掴みかかった。
「代理をつけんかいこのデコスケ野郎!!」
あまりの迫力に職員は小さな悲鳴を上げて萎縮した。
見兼ねたドロシーは杖を手に取り水谷に忠告する。
「水谷、いい加減にしろ。今のお前をみたら夏目学長はなんて言うか……よく考えろ!」
水谷は一泊の間を置いた後、バツが悪そうにして職員から手を離した。
解放された職員は怯えつつも、なんとかピティオンの元まで行って書類を渡した。
ピティオンは職員の労を労いお礼を述べながら受け取る。
「――ん、これは入学願書ですね。締切はもう過ぎたはずですが……」
書類に目を通してしばらく後、ピティオンは何かに気づき、突如として驚愕の面持ちへと変化した。
「……っ! これはっ!」
普段から微笑みを絶やさないピティオンが珍しく驚いていることから、否応なくその場の注目を集めた。
ヨハネスは尋ねる。
「一体どうしたというんです……?」
ピティオンの驚愕は徐々に元の微笑みへと変わっていく。
いや、笑顔というべきか。
「見つかったかもしれません……! 夏目学長の――手がかりが!」
ピティオンは手元の願書を高々と掲げ上げ、皆に見えるよう突き出した。
皆の視線を集めるその願書には、謎の失踪を遂げた夏目学長の孫――『夏目怜央』の名があったのだ。