ミルクの味
「たまには飲まんかね?」
内勤の直属の次長が背中から声をかけてくるのを振り払って銀行の通用扉から出る。彼は取締役支店長の使い走りだ。調査をされているのではないかと支店長が疑っている節がある。ようやく36人いる行員のうち?マークは5人まで絞り込んだ。調査で分かったことは頭取が長く支店長をした時期があったと言うことだ。それにこの7億の消失がこの時期から始まっている。
やはり足はぽろんの店に向いている。今夜はまだ9時にもなっていない。ドアを開けるとこの辺りに住んでいる大学生がカウンターに6人並んでいて、あの国語の先生が一人文庫本を読んでいる。ぽろんの女はビールの小瓶とポールウインナーを先生の横に置く。
「卒業生だってね?3期までは自由な学校だったらしいね。今は落ちこぼればかりだ。でも私にはちょうどいいかな」
2本目が開けられて並ぶ。ママの胸に目をやって生暖かい甘酸っぱいミルクを思い出す。
「銀行員だってね?」
「ええ、どうも私には合ってないようです」
「なかなか自分に合う仕事は難しいね」
今日はカーネーションは棚の上にあって降りてきそうにない。その視線を先生に見られたようだ。
「ミルクの味は当分断ち切れないな。でも誰にでもと言うわけでもないようだ。ちょっと初恋した頃のように足がついつい向く」
話が聞えたのかぽろんの女が楽しそうに笑っている。
「ああしていると30歳には見えないな」
「先生はこれでまだ若いのよ。40歳にも行ってない独身。でもバツイチ。顔に似ず不良よ」