第六章 最果ての地へ
翌朝から、僕たちはひたすら北西へと飛んだ。仮想世界なら『
とは言っても、ドラゴンで移動すればすぐに着くはず……なんてことは、なかった。
キフォアーはとんでもなく遠い場所だ。日が沈むまでジザは飛び続けたけど、半分どころかそのまた半分すら飛ぶことができなかった。その後も朝から夜まで飛び続け、近くの街で泊まったり野宿したりしてまた朝から飛ぶ、ということを繰り返した。
そしてようやく、僕たちは目的地に到着した。
――――はずだ。
マップの上では、ここはキフォアーという村で間違いない。
しかし、実際には何もない。
いや、あることはある。
かつて家であったであろう、崩れた建物。かつて畑であったであろう、枯草が生い茂った四角く区切られた土地。かつて水路であったであろう、乾いた溝。
ここに村があったことを偲ばせるものならある。でも、今も生きているものは、何もない。
村の奥には山がそびえている。天を衝く高さの奇岩が立ち並び、まるで世界を遮る壁のようだ。
「あの山のどこにスバンシュの家があるんだ? シェレラ、あの時僕の居場所がわかったように、スバンシュの場所はわからないかな?」
エマルーリの名前を出さずに、エマルーリと連絡を取れないかという意思を示す。
シェレラの指が動く。
が、その動きが終わらないうちに、
「あー、リッキ、よーこそ」
山のほうから、派手な色のオウムがバサバサと羽音を立てて近づいてきた。
「ボクの名前を知らない人、いるー? ボクはキパポ。よろしくねー」
「今さら自己紹介なんていらない。お前がいるということは、スバンシュの家がここにあるというのは間違いないようだな」
「そーだよ。よくわかったねー。なんでだろー?」
エマルーリが僕たちに味方しているとは、気づいていないようだ。ということは、どうやって僕があの洞窟から抜け出せたのかも、きっとわかっていないはずだ。
「スバンシュ様が招待したいってさ。おいでー」
山のほうへ少しだけ飛び、振り返る。
「さー、おいでー。あははー」
「罠に決まっているではないか!」
剣を抜いたフィオが、キパポに襲いかかろうとする。
「待ってフィオ。ついて行こう。いや、行くしかない」
「なぜ!」
「他に方法があるか? スバンシュの元へたどり着く方法が。どっちみち、僕は進むしかないんだ」
「くっ……」
フィオは剣を収めた。
不満なのはわかる。僕だって本当はあんなオウムの誘いになんか乗りたくない。
「わざわざ向こうから出向いてきてくれたんだ。むしろ都合がいい。そう考えよう」
自分に言い聞かせるように言って、キパポの後について行く。しかし、
「ユスフィエは来るな。ジザと一緒に待っているんだ」
「でも私、ヴェンクーから離れたくない」
この中で一人だけ戦えないユスフィエを、ヴェンクーが置いていこうとしている。
「この先は危ない。何が待っているかわからないんだ」
「私だって、少しくらい戦えるわ」
「ダメだ! ユスフィエがどうにかできる相手じゃない」
「でも!」
「ダメだ!」
「…………わかったわ。待ってる」
ユスフィエの気持ちもわからなくはないけど、ヴェンクーの判断は正解だ。本当は僕から言うべきだった。つい気持ちが逸って、先へ進むことばかり考えてしまっていた。
「ユスフィエ、ごめん、僕のせいで。ヴェンクーはちゃんと帰ってくるから、少し待ってて」
「何よ、そんな言い方して。リッキは帰ってこないみたいじゃない」
「え? あー、ほら、僕、もしかしたら、スバンシュを倒して、そのまま元の世界に帰っちゃうかもしれないしさ」
「そっか! もう会えなくなるのは残念だけど、それなら仕方ないわ」
最悪、僕が倒れても、みんなは帰さなければならないと思っている。僕のために誰かが犠牲になることだけは、あってはならない。でもそんなこと言えるわけがないし、本当にそのまま元の世界に帰ってしまうことだって、もちろんあると思っている。
「じゃあ、行ってくるから」
「心配しなくていいからな。オレが負けるなんて、絶対にないから」
ユスフィエを残し、僕たちは五人でキパポを追った。
崖や巨岩が多く、複雑に入り組んだ道を進む。
今、自分が山のどの辺りにいるのか、見当もつかない。もし仮に今から一人で帰れと言われたら、絶対に道に迷って帰れないだろう。夕日が見えている方向が西だとわかったところで、全然役に立ちそうにない。
仮想世界では、この人数のパーティならおしゃべりしながら気楽に冒険することもよくある。でも今は、誰も口を開かない。いつでも戦闘態勢に入れるよう、神経を研ぎ澄ませている。現実の戦闘とは、そもそもこういうものなのかもしれない。
それなのに。
「なんだよー。もっと楽しく歩こうよー」
キパポだけが騒がしい。無駄に翼をばたつかせ、時折り派手な色の羽毛が抜け落ちる。
「つらい? ねー、つらい? そーゆー時はおしゃべりするとつらさを忘れるよー。あははー」
キパポの挑発になど乗らない。僕だけではなく、みんな無言だ。
「もう家に着いちゃうんだけどー。つまんないなー」
キパポが言うことが本当なら、もうすぐスバンシュと会えるかもしれない。さすがにここまで来て「実は留守でした」なんてオチはごめんだ。
曲がりくねった道の先が、急に開けてきた。
その先に、家がある。
これがスバンシュの家か? 意外と地味で小さい、粗末な家だ。
その小さな家のドアが開く。
「いらっしゃい」
家の中から、少女が現れた。
しかし、見た目は少女だけど、本当は少女じゃない。あの時と同じ、部分的に露出した、派手な衣装。家の地味さとの調和が、全く取れていない。
「スバンシュ。お前を倒しに来た」
「逃げられた時はまた捕まえなきゃと思っていたけど、リッキのほうから来てくれるなんて、うれしいわ」
上空を舞っていたキパポが、スバンシュの肩に止まる。
「で、来てくれたついでに、教えてほしいんだけど。一体どうやって、あの洞窟から脱出したの? それと、シェレラ。あなたも、どうやってリュンタルに来たの?」
やっぱりスバンシュは、エマルーリがこちらに付いていることに気づいていない。
「答える必要はない」
いつでも襲いかかれるように、剣を構える。
「教えてくれないの? じゃあ仕方がないわね」
「何?」
パチン、とスバンシュが指を鳴らした。
僕たちを囲むように、巨大な黒い円が現れた。
でも、あの時と比べたら地面の広さが限られている。そんなにたくさんの魔獣は出て来られないだろう。これなら簡単に――。
「簡単に勝てるなんて思わないでね。リッキのために、特製の魔獣を用意したんだから」
黒い円から、黒い魔獣が姿を現す。
魔獣たちはみな、二本足で立った。人型の狼、人型のトカゲ、人型の虎。人型の魔獣ばかりだ。それぞれが黒い鎧を身に着け、黒い剣を手に持っている。
銀色の光が、不規則な曲線を描いた。ナイフを手にしたヴェンクーが、トカゲの魔獣に襲いかかったのだ。トカゲの魔獣の剣をうまくかいくぐり、鎧の隙間に斬りつける。
「ちっ! ダメか!」
うまくいったかと思った攻撃は、トカゲの魔獣の硬い皮膚にわずかな傷をつけただけで終わってしまっていた。
「僕たちも行くぞ!」
ちょうど僕の前にいた虎の魔獣に斬りかかる。しかし剣をうまく合わせられ、なかなかダメージを与えられない。他のみんなも、武装した魔獣相手に苦戦している。その間に、やはり人型の犬の魔獣や猫の魔獣、さらには蜂やカマキリの魔獣まで現れ、僕たちに襲いかかった。
「シェレラ! 僕から離れないで!」
戦場は入り乱れている。シェレラはいつものような後方支援はできない。シェレラを襲う魔獣は、僕が全部防いでやるんだ。
「リッキ、こいつら強すぎる」
狼の魔獣を相手にしながら、フィオがこぼす。
「この一ヶ月、かなり鍛えたつもりでいたのだが」
フィオは狼の魔獣と五分にやり合っている。でも五分では倒せないから、フィオは不満なのだ。
「フィオ、思い切って踏み込んでくれ。こっちにはシェレラがいる」
「シェレラが?」
フィオはシェレラの実力を知らない。僕の言うことがいまいちわかっていないようだ。
だったら!
シェレラに虎の魔獣が襲いかかった。僕はシェレラの前に立ち、虎の魔獣が振り上げた剣に構わず前に進んだ。
僕の剣が虎の魔獣の脇腹を突いたのと同時に、虎の魔獣の剣が僕の肩口を斬った。
出血と、強烈な痛み。
しかし、痛みは一瞬で消えた。
シェレラの回復魔法が、僕の傷を治したからだ。
「フィオ! 少しの間でいい。シェレラを守ってくれ」
僕はさらに虎の魔獣へ攻撃した。防御は捨て、ひたすら虎の魔獣へ斬りかかる。僕も虎の魔獣もダメージを負った。でも僕にはシェレラがついている。シェレラの回復魔法のおかげで僕のHPは回復され、虎の魔獣のHPだけが減っていく。
そしてついに。
ヒビ割れた鎧の隙間を縫って、僕の剣が虎の魔獣の腹を貫いた。
HPがゼロになった虎の魔獣が、背中から地面に倒れた。
「ありがとう、シェレラ」
「まだまだ足りない。もっと傷を負って?」
シェレラは相変わらずだ。自分が活躍したくて、僕がダメージを負うことを願っている。
「……フィオ! 右!」
僕とシェレラの様子を呆然と見ていたフィオを、狼の魔獣が襲う。フィオはとっさに右を向いて剣を合わせ、攻撃を跳ね返した。
「すまぬ。あまりに二人の息が合っていたので、つい見惚れてしまった」
「シェレラの凄さがわかっただろ? だからフィオも思いっきり攻撃してくれ」
「わかった! シェレラ、私の援護も頼む!」
フィオは狼の魔獣に斬りかかった。僕はシェレラの前に立ち、襲いかかる蜂の魔獣の攻撃を受け止める。
シェレラは僕やフィオだけでなく、ヴェンクーやリノラナの回復もすべてこなした。おかげで僕たちは躊躇することなく踏み込み、魔獣に攻撃することができた。
もう少しで、魔獣をすべて倒せそうだ。しかし、
「やはりお前か」
腕組みをして戦闘を見物していたスバンシュが、シェレラを見据えてつぶやく。
そして腕組みを解き、指を鳴らした。
新たに魔獣が現れた。今度は普通の動物型の魔獣ばかりだ。ただ、さっきまでと違って数が多い。ネズミやリス、キツネによく似た魔獣が、戦場を埋め尽くす。そしてその魔獣たちが、シェレラめがけて一斉に襲ってきた。今度は数で勝負しようってことか。
「シェレラさえいなければこっちの勝ち」
僕一人じゃ防ぎきれない。どうしてもシェレラが攻撃を受けてしまう。
シェレラが少しずつ、傷ついていく。
「こっちはいい! 自分の身を守れ!」
蜂の魔獣を相手にしているヴェンクーが叫ぶ。
「わたしも少しくらい大丈夫です! あとは自分の力で戦います!」
「私も大丈夫だ。ここまできたら、もう私の力だけで十分だ」
リノラナとフィオも、シェレラを気遣ってくれている。
シェレラは軽くうなずき、自分に回復魔法をかけた。
僕にできることは、シェレラを襲う魔獣をひたすら倒すこと。それだけだ。
また剣を構え、目の前にいる魔獣を斬った。
その時、僕の横を、後ろから風が通り過ぎた。前方から迫ってきた黒い網のような何かを押し返す。
そこにいたのは、クモの魔獣だ。動物のような大きさのクモの魔獣が、他の魔獣に紛れて僕を捕まえようとしていたんだ。あの時と同じように。
でも、それに気づいたシェレラが阻止した。シェレラがいなかったら、僕はまたあの出口のない洞窟に引きずり込まれていただろう。
「シェレラ! ついて来て!」
僕は前に進んだ。ネズミやリスの魔獣を斬りクモの魔獣に近づく。
クモの魔獣はもう一度クモの巣を投げようとした。それをシェレラが風で押し返す。
攻撃が阻止されたクモの魔獣を、僕の剣が貫いた。
八本の足を不規則に痙攣させ、クモの魔獣は動きを止めた。
「ありがとうシェレラ。これで戦闘に集中できる」
あとはただ魔獣を倒すだけだ。
必死に剣を振り続ける。少しずつ、魔獣の数が減っていく。そして、
「はあ、はあ、…………」
なんとか魔獣を倒し終わった。大きく肩で息をする。他のみんなも、ちょうど人型の魔獣を倒すことができた。
「……スバンシュはどこだ?」
いつの間にか、スバンシュの姿が消えていた。
いくら周りを見ても、魔獣の死骸が辺りを埋め尽くしているだけだ。
そして、その向こうに見える、地味で小さい粗末な家。
「家の中に入ったのか?」
それしか考えられない。
「ならば行くしかないだろう。行こう、リッキ」
剣を収めることなく、フィオはスバンシュの家に目をやった。
もちろん、僕も同じ考えだ。
いかにも怪しく、罠がありそうだ。でも、行くしかない。
家に近づき、ドアノブに手をかける。
特に何もない。すんなりとドアは開いた。その先に玄関や廊下はなく、直接部屋とつながっていた。部屋は小さく、五人全員が入るといっぱいになってしまうほどの狭さだ。
そして、入り口とは反対側の壁にもドアがある。この先に、スバンシュはいるのだろうか。
ゆっくりと、ドアを開けた。
「な、なんだ!?」
思わず声が出てしまった。
ドアの向こうが、とんでもなく広い。
絶対におかしい。家の大きさと比べても、その何倍、いや何十倍も広い空間が広がっている。
「罠だ! ここから出よう!」
しかし、振り返ると、そこに出口はなかった。後ろにも空間が広がっている。見上げると天井もなく、やはり何もない空間だ。
「やっぱり実際に来てもらうのが一番ね」
背後から声。振り向くと、さっきまで何もなかったはずの場所に、スバンシュが立っていた。
「さあ教えて。一体どうやって、あの洞窟から抜け出したのか。やってみせてくれない? でなきゃ、一生ここにいることになるわ」
先へ行くしか選択肢がなかったとはいえ、こうも簡単に罠にはまってしまうなんて。
「くっ……シェレラ、どうする?」
またエマルーリの力を借りれば、脱出ができるかもしれない。でも、スバンシュの目の前でエマルーリの力を借りてもいいものか。
シェレラは……動かない。
シェレラでも迷っているのか?
「教えてくれないの? だったら――」
突然、地震のような衝撃。
無限の空間に広がる床が、ガタガタと震える。何が起きたんだ?
「な……どういうこと?」
スバンシュもうろたえている。スバンシュにとっても想定外の事態のようだ。
さらに衝撃。
何もない上空がヒビ割れた。
砕け散った破片が、光り輝きながら消滅していく。
その向こうには青空。そして大きなジザの姿。
「お前! 家を壊したな!」
スバンシュがジザをにらみつける。ジザの進路に赤い玉がいくつも出現した。
赤い玉が一斉に爆発し、炎と煙を撒き散らす。
甲高い鳴き声が空間に響く。
爆煙を突破して、ジザが姿を現した。赤みがかった皮膚をさらに紅潮させ、上空を砕き続ける。
「やめろ! 座標が崩れる! 止まれ!」
スバンシュが狂ったように叫んでも、ジザは止まらない。
やがて上空だけではなく、四方にもヒビが入り始めた。
何もない無限の空間が砕け散り、代わりに木や石、草、土の普通の風景が現れた。
ジザのおかげで、僕たちはスバンシュの領域から抜け出せたようだ。
ただ、ここはキフォアーではなさそうに見える。周囲にはあの岩の迷路はない。ふもとの村でもない。
ジザが降りてきた。
「みんな、大丈夫?」
手綱を握りしめたまま、ユスフィエが声を掛ける。
「ユスフィエこそ大丈夫だったのか?」
心配したヴェンクーが駆け寄った。
「ジザが勝手に飛んじゃって、どうしていいのかわからなくて。私はただ掴まっていただけ。大丈夫、なんともないよ」
「そうか、よかった。ジザもよく来てくれた。おかげで助かった」
ジザの顔をなでて褒めている。ジザもヴェンクーに頬を寄せてうれしがっている。
そんな様子を、スバンシュがにらみつけている。
「このバカドラゴンめ!」
「なんだと!」
ヴェンクーがスバンシュをにらみ返す。
「お前のせいで空間が壊れてしまったではないか。まあいい。もう一回空間を作ればいい。最初から内側にいれば、ドラゴンに壊されることはない」
スバンシュの腕が、高く掲げられた。
今から? そんなことができるのか?
「そうはさせるか!」
スバンシュを斬るために飛び出す。
でも、一瞬迷ったぶんだけ、最初の一歩が遅れてしまった。
掲げられたスバンシュの腕が、振り下ろされる。
その直後。
「ぐわああああああああぁぁっ!」
苦しそうな絶叫をあげ、腕の動きを途中で止めた。左手で右手の手首を押さえている。押さえている左手の指の間から、黒い気が漏れ出した。
「シェレラ! またお前か!」
今のはシェレラが?
振り向くと、そこにはスバンシュに銃口を向けたシェレラの姿が。
スバンシュが左手を突き出した。ジザに浴びせたのと同じ赤い玉が、シェレラの前にいくつも出現した。
それに構わず、シェレラは銃を撃った。
「ぐあああああぁぁっ!」
スバンシュの左手首に、黒い輪が嵌められた。右手首にも同じ黒い輪が嵌まっている。
赤い玉は、爆発することなく消滅した。
「お前! わたしに何をした! 何だその道具は!」
腕をだらりと下げ、シェレラをにらみつける。スバンシュは銃を知らない。だからシェレラの攻撃を防げなかったんだ。
シェレラは答えることなく、スバンシュをにらみ返している。
すると突然、シェレラとスバンシュの間の地面に、円形の光が出現した。
まさか……『門』?
その円形の光の上に、ホログラムの人間が現れた。
「私から説明してあげる」
白い肌に黒い髪。首には首輪。手首と足首には枷を嵌められている。
「何年ぶりかしら。スバンシュ、あなたに会うのは」
「……エマルーリ!? なぜお前がここに?」
「なぜって、何をされたのかを知りたいのでしょう? だから私が教えてあげようとしているんじゃない」
「……なんだと?」
エマルーリの指先が、首輪をサッとなでた。
「今の私はコーヤのモノ。コーヤが喜ぶことなら何だってするわ。リッキをあなたの領域から出してあげたのも、シェレラを送り込んだのも、私が力を貸してあげたの。もっとも、コーヤの知らないところで動いちゃったから、あとでコーヤに怒られちゃったけど」
「ははっ。知っているぞ。お前がコーヤに囚われていることは。堕ちたものだな、エマルーリ。妙な感情を持っているからそんなことになるんだ。わたしのように純粋に知識だけを求めていれば、そんなことにはならなかっただろうに」
「何とでも言えばいいわ。だってコーヤは優しいご主人様だもの。最初は怒られたけど、今はもう許してくれたし。それにあなたを殺すことも、コーヤは認めてくれているわ」
「実体のないお前に何ができる」
「その手首に嵌めた闇の枷、私が作ったのよ? これでもう、あなたは魔法が使えないわ。同じ師匠のもとで学んだあなたなら、リッキに嵌めたブレスレットと原理は同じだということはわかるかしら? もっとも、あなたが知らない改良を加えたから、私にしか外すことはできないんだけど。
もしリッキに嵌めたブレスレットを外してくれるなら、解除してあげてもいいけど?」
「するはずがないに決まっているだろうが!」
「だったらどうするつもり? このまま嬲り殺されたいの?」
「うるさい! こんな物!」
体の前で広げた手のひらが、見ていられないほど眩しく光った。しかし、闇の枷が黒い網の目を広げ、魔法が放たれるのを防いでいる。
「うわああああああああああああぁあぁぁぁぁっ!」
絶叫とともに、手のひらの光が黒い網を突破する。黒い網は激しく抵抗し、黒い火花を散らした。黒い火花が形となり、黒い網が再構築を続ける。それを手のひらの光が突破していく。
おそらく、スバンシュの手のひらからはとんでもなく膨大な魔力が放出されている。でも、黒い網がそのほとんどを防いでいる。漏れ出た魔力は、ほんのわずかだ。
スバンシュの体の周囲を、薄い光の膜が覆う。
何かをしようとしているのはわかる。でも、このタイミングで襲っていいのか? うかつに近づいて、取り返しのつかないダメージを喰らったりしてしまわないか?
突撃を躊躇しているうちに光の膜は徐々に厚くなり、まるで繭のようにスバンシュを覆い隠していく。
「私が思っていたより強くなっているわね。完全に封じられると思っていたんだけど」
エマルーリが悔しさで顔を歪める。
「ぬうああああああああああああぁぁぁぁっ、ああああああぁぁっ、っっ…………」
無限にも思えたスバンシュの魔力だけど、それを放出するスバンシュ自身の体力が持たなくなってきたみたいだ。絶叫が途切れ、魔力も弱くなってきているように見える。闇の枷が放つ黒い火花の威力が上回り、黒い網の目がより細かく、そして何層にも重なっていくのが、厚くなった繭の向こうでうっすらと見える。
「行って!」
スバンシュを指差して、シェレラが叫んだ。
シェレラが言うなら間違いない。その言葉に反応し、自動的に突撃する。
「…………っぁぁああああああああああああっ!」
スバンシュが喉の奥から絶叫した。繭の表面に血管のような筋が一瞬で走り、魔力が流れる。
スバンシュの手元から光が消えた。放出しきった最後の魔力が、繭を覆い尽くす。
何かが起きる! 間に合え!
僕は剣を振り上げた。
剣の鍔に嵌め込まれた
剣が繭に食い込んだ。
「ぬおおおおおおおおおおぉっ!」
さらに力を込め、繭を斬る。
しかし繭の魔力が抵抗し、ゆっくりとしか剣を動かせない。それだけではない。繭の血管が脈動し、すでに斬った部分を再生させていく。
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!」
気力を振り絞って、繭を斬り裂くために力を込める。宝珠は激しく点滅し、剣が帯びた青白い光は剣身が見えなくなるほどにまで輝く。繭の抵抗を打ち破り、さらに繭を斬り進める。
剣に込められた、魔力を打ち破る効果を感じる。でも、それだけじゃ勝てない。剣の効果に頼るな。そして剣そのものにも頼るな。一番大事なのは、自分の心だ。
絶対に勝つ。ここでスバンシュを倒す。そして、元の世界に帰るんだ。
「ぬおおおああああぁぁっ!」
剣を振り抜く。
しかし、繭を覆う血管が蠢き、瞬時に傷口を縫い合わせた。
だったら、もう一度だ。
再び剣を振り上げ、繭を斬る。その傷もまた、血管が塞ぐ。
こうなったら根比べだ。魔力には限界があるはず。でも僕の気力は、スバンシュに勝って元の世界に帰るんだという気持ちは、絶対に途切れない。
斬って斬って斬りまくる。繭の血管が蠢いて再生を繰り返す。
次第に、血管が細く、そして動きも鈍くなってきた。傷の修復が終わらないうちに、僕は新しい傷を刻む。傷の数が、どんどん増えていく。
「これで、どうだ!」
渾身の力を込めて、剣を振った。繭に食い込んだ剣身が、対角線上に突き抜ける。
斬り裂かれた繭の上半分が、斜めに滑り落ちた。
続けて剣を振ろうとした僕は、その動きを止めざるを得なかった。
スバンシュが、いない。
繭の中身は、空っぽだった。
「逃げられたか」
エマルーリがつぶやく。
「甘く見たつもりはなかったんだけど、思っていた以上に魔力を増やしていたようね」
「くそっ、どこへ逃げたんだ。エマルーリ、わかるか」
「わからないわ。全く魔力が感知できない。本当に魔力を出し尽くしたようね。でもそんなに遠くには行っていないはず。ここから逃げるだけで精一杯だっただろうから」
「だったら今すぐ探そう!」
「どこを探すの?」
立ち上がって走り出そうとした僕を、シェレラが制した。
「どこって、近くだよ」
「近くってどこ?」
「それは……とにかく探すんだよ」
「それじゃ見つからない。もう暗くなるし」
「…………それはそうだけどさ、でも」
「ところで、ここはどこなんだ?」
フィオは周囲を見渡している。
「仮にスバンシュを探すにしても、そもそもここがどこなのかが私にはわからぬ。リッキは知っているのか?」
「えっ、と……」
そう言われてみると、僕もわからない。マップを開くために、指を動かす。
「ポーモーグスの近くではありませんか? 景色に見覚えがあります!」
僕が操作をするより先に、リノラナが答えた。実際にマップを開いてみると、確かにその通りだ。
「ポーモーグス? だったらひとまずピレックルに帰ろう。これまでのことを父さまに報告したほうがいい」
ポーモーグスはピレックルの南東にある小さな街だ。大通りから北に延びる街道ではなく、東のあまり整備されていない道でつながっている。小さな街とはいえ、隣の街だ。
僕たちはジザに乗って何日もかかるような遠い場所から、ピレックルのすぐ近くまで飛ばされていたのだ。おそらく、僕がピレックルからネノイユン島まで飛ばされたのと、同じ原理のはずだ。
「兄さまもここがポーモーグスだとわかっていたかと思ったのですが」
「う……オレはいつもジザに乗っているからな。空からの景色だったら、わかっていたさ。そんなことより、早く帰ろう」
ちょっとした言い訳の後、ジザに乗るようにヴェンクーが促した。
◇ ◇ ◇
ピレックルに帰った僕たちは、これまでのことをフォスミロスに伝えた。
とは言っても、ここは夕食の席。真剣に報告するというよりは、楽しく食事しながら和やかに話す感じになった。
「ふむ……その様子だと、近くに潜んでいる可能性が高いな。今度こそきっと、行方をつかめるだろう」
フォスミロスはシチューを掬って口に運び、さらにパンをかじった。
「僕もそう思います。すみませんが、また情報収集をお願いします」
「任せてくれ。俺としても、一ヶ月経っても何もできなかったなどという屈辱を晴らさなければ気が収まらぬ。今度こそ絶対に探し出してみせよう。それにしても……」
ザサンノ酒のグラスを持ち、一口飲む。
「まさか、エマルーリがこちらに付くとは」
「警戒を解くつもりはありませんが、正直、協力してくれたのは助かりました。シェレラがこっちに来られたのも、エマルーリの力ですし」
「うん。エマルーリはいい人」
「シェレラ、エマルーリが力を貸してくれたのは確かだけど、いい人とは言えないって」
「でも全部エマルーリのおかげ」
「それはそうだけどさ」
「リッキ、エマルーリというのは、以前コーヤ様を連れ去ろうとしたというあの人のことだろう? 過去の過ちを消し去ることはできぬが、あの様子からは改心したように見えたし、もうそんなに責めることはないのではないか?」
「フィオまでそんなこと言うの?」
「コーヤさんが嵌めた首輪と枷がある限り、エマルーリに自由はないから。リッキよりフィオのほうがいいこと言ってる」
「でも……」
他の人が何と言おうと、僕はまだエマルーリを許すことはできない。
「それに、シェレラの武器はエマルーリが作ったのだろう? あんなすごい武器、私は初めて見たぞ」
クークーの肉を丸焼きにしたものを切りながら、フィオは話を続ける。
あまり銃のことには触れないでほしかったけど、スバンシュの魔法を封じることができたのはシェレラの銃のおかげだし、仕方がない。
「あたしが作ったけど?」
「シェレラが? しかし、エマルーリは自分が作ったと言っていたが」
「闇の枷を作ったのはエマルーリ。でも銃を作ったのはあたし」
「銃? と言うのか? その武器は。で、銃を作ったのはシェレラで、闇の枷を作ったのはエマルーリだと……うーむ」
フィオが混乱している。クークーの肉を口に放り込み、考え込む。そのままわからないでいてくれたほうがいい。リュンタルの人たちには、銃は知られたくない。
「まあ、それはともかくだ」
考えるのを諦めたフィオが、またクークーの肉を切る。
「シェレラの回復魔法があるのは大きい。私はこれほどの回復魔法の使い手を初めて見た。これならケガを恐れずに攻撃できる。きっと今度こそ、スバンシュを倒せるはずだ」
僕もそう思う。これまではケガをしないように気をつけながら戦っていて、シェレラがいてくれたらと思うことが何度もあった。でも、もうその心配はいらない――。
「でもあたし、明日帰るけど?」
えっ、と心の中で絶叫した。
シェレラはごく普通に言っただけだった。でも、僕の心臓は、どくり、と大きく鼓動した。
もう、一週間、経ったんだっけ!?
「…………帰る?」
ナイフを持ったフィオの手が止まった。
「うん。明日の朝帰る。時間だから」
「時間とは」
「ああ、ごめん。言ってなかった。シェレラがこっちにいられる期限は、決まっていたんだ」
フィオにそう言いながら自分の心にも言い聞かせ、自分を納得させようとした。
一週間経ったことに、全然気がついていなかった。
もっともっと先のことだと思っていた。
月日が経つのを忘れるってのは、こんな感じのことなのか……。
「だから、あたしはスバンシュとは戦えない」
「そんな……そうか。それならば、仕方がない」
シェレラのほうを向いていたフィオは自分の前にある皿に目を移し、切り分けたクークーの肉を食べ始めた。
「大丈夫だ。オレたちだけでも勝てる。今のスバンシュは弱くなっている」
「兄さまの言う通りです! 絶対に勝てます!」
「あの闇の枷の効果は絶大よ。シェレラがいなくなっても、私たちだけでもシェレラのおかげで勝てるわ」
「うむ。みんなが言う通りだ。シェレラがいなくなるのは残念だが、あとは私たちに任せてくれ」
それぞれが思いをシェレラに伝える。
「うん。あたしもそう思う」
シェレラもそれに応える。
「みんな、ありがとう。僕のために」
そう言ったように思った。
「今さら何を言っているのだ。ずっとリッキを救うために旅をして、そして戦ってきたのではないか」
「そうだね、ありがとう」
うわの空でフィオの声を聞いて、空っぽの返事をした。
◇ ◇ ◇
シェレラがいなくなる――。
部屋に帰った僕は、そのままベッドに突っ伏した。
わかっていたことなのに。
元の世界に帰ったら、どうせまたいつでも会えるのに。
それなのに、離れるのがつらい。
シェレラと一緒だった時の記憶が、頭の中を駆け巡る。この一週間のシェレラだけじゃない。もっと前の、もっともっと前のシェレラも勝手に思い出されてくる。
いい思い出しかない。
なんて幸せな日々を、僕はおくっていたんだ。
僕はただ、シェレラと一緒にいて、シェレラの優しさに包まれて、幸せに過ごしたいだけなんだ。
ずっと、ずっとシェレラと一緒に幸せな日々を――――。
……ずっと?
ずっと、って、どういうことだ?
心の整理がつかず、部屋を出る。ちょっと外の空気に当たりたくなったからだ。
ちょうどユスフィエが廊下を歩いていた。そのままヴェンクーの部屋に入っていく。
ユスフィエは自分の部屋にいるよりヴェンクーと一緒にいることのほうが多いようだ。二人は夫婦なんだし、一緒にいて何もおかしくない。むしろ普通だ。
「…………………………………………」
僕は、外に行くのをやめた。
行く場所は、他にある。
今日だけ使われることになった部屋の前に行き、コンコン、とドアをノックした。
「シェレラ、いい?」
「うん、入って」
そっとドアを開け、中に入る。
シェレラはベッドに座っていた。両手に小さな棒を持って、何やら動かしている。
「何してるの?」
「編み物」
「えっと……今、夏だよ? それに、棒だけで毛糸がないけど」
「イメージトレーニング」
「そうなんだ……」
正直、僕には全く理解できない。でも、シェレラにとっては大事なことなのだろう。
「話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「うん」
僕はシェレラの隣に座った。編み棒をしまったシェレラが、顔だけ僕のほうに向ける。
「どうしても、帰るんだよね?」
「うん」
「……もうちょっと、残れないかな」
「無理。できない」
「そっか…………」
次の言葉が、なかなか出てこない。
言いたいことは、決まっているのに。
「シェレラ、あのさ」
吸い込まれそうな水色の目を、じっと見つめた。
最後までそこから目を逸らさないと決め、話す。
「前にもちょっと言ったけど、ずっとシェレラに会えなかった間、シェレラがいたらいいなって思ったことがあってさ。戦闘で回復してくれる人がいなかったり、指示を出してくれる人がいなかったりした時なんだけど……。でも、それは違ったんだ。久しぶりにシェレラに会った時、その……ホッとしたって言うかさ、心が安らいで、とても幸せな気持ちになったんだ。戦闘の時だけじゃなくて、普段のなんでもない時にシェレラと一緒にいるのが僕にとっての幸せなんだって、そう思ったんだ」
シェレラも僕の目を見つめてくれているのを感じながら、さらに話す。
「だから、シェレラが帰ってしまうのがつらくて仕方ないんだ。またシェレラがいなくなるって、そう思うと心がどうにかなってしまいそうになるんだ。僕はもうシェレラと離れたくないんだ。これからもずっと、ずっと、一生ずっと、シェレラとは離れたくないんだ。
でもシェレラが一緒にいるなんて当たり前のことだったから、これまでそんなの思ったことなくてさ。それなのに、どうして今こんなこと思ったんだろうって、考えたんだ。ずっと一緒にいたいって、どういうことだろうって。それで、僕はわかったんだ。これまでわからなかったことが、やっとわかったんだ。僕は、シェレラのことが」
「それ、あたしじゃない」
「えっ」
それがどういう意味か、僕はわからなかった。
「…………シェレラ? 何を言っているの? 僕は――」
「ほら、智保ってちょっと違うでしょ?」
こっちの世界にいる時、シェレラは元の世界の自分のことを名前で呼ぶ。
というのは、わかるんだけど。
「えっ? えっと、違うっていうか」
シェレラは掴みにくいことを言うときがある。今もやっぱり、僕はシェレラが言っていることの意味がよくわかっていない。どういうことなんだろう。必死で考える。
「智保はなかなか周りの人にわかってもらえなくて、なじめないことが多いのよ。それで寂しい思いをすることもあるんだけど、でも立樹だけはちゃんとわかってくれるし、わからない時でも頑張ってわかろうとしてくれるの。そんな人、立樹しかいないのよ」
初めて聞いた――。
智保はやっぱり、寂しかったんだ。
こんなつらい気持ちを、打ち明けてくれるなんて。
「だから、智保は立樹がいなくなるのがとても怖いの。もし自分が言ったことのせいで立樹がいなくなったら、立樹が離れていったらって思うと、本当に言いたいことでも言えなくなっちゃう。だから、智保は自分からは言わない。立樹のほうから言ってくれるのを、待っているの」
「言う。絶対に言う」
瞬間的に答えた。考えることなんて何もない。
智保には僕しかいないんだ。
僕だって、それは同じだ。
体をさらにシェレラに寄せる。
僕が想いを伝えるべき人は今目の前にいる。でも、本当はそうじゃない。
「だから待ってて。絶対に帰るから」
「うん。待ってる」
シェレラの手を握る。両手を、両手で包むように。
この手のぬくもりを、また感じられなくなる。でもそれは一時的なことだ。
僕は必ず元の世界へ帰る。待っている人がいるんだから。
◇ ◇ ◇
翌朝。
屋敷の周りの一角に、花壇が並ぶ場所がある。
初めて本物のリュンタルに来た時、花壇に『門』が開いて、帰ることができた。
あの時は花壇の一部が『門』になったけど、今はその横の地面に、エマルーリが開いた『門』が描かれていた。
「これ、渡しておくね」
シェレラは銃を取り出した。
「ちゃんとあとで返して」
「わかった」
僕は銃を受け取った。シェレラは帰ってしまうけど、これならシェレラと一緒にいるように思えて、心強い。
「それと、これも使って」
シェレラの指が動く。アイコンが点灯し、アイテムが送られてきたことを示す。
確認すると、送られてきたのは大量のポーションと……大量のランチボックス。
「これであたしがいなくても大丈夫」
「えっと……食べきれないんだけど」
「そう?」
「だって、その前に帰るし」
一瞬だけ固まったシェレラは、すぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「じゃああたし、先に帰るね」
みんなが見守る中、シェレラが『門』に入ろうとする。
名残惜しくなって、僕はつい手を伸ばしてしまった。
瞬時に右手首のブレスレットが反応して、色を白から黒へと変えた。
「ぐわああああっ!」
黒い火花が、僕を痛めつける。
「大丈夫か!」
僕の隣にいたフィオが、慌てて僕の手を取る。他のみんなも、初めてこの現象を見て驚いている。
「大丈夫。わかっていたのに、うっかりしていた」
でも本当は、『門』の中に入らなければ大丈夫だと思っていた。まさか近づいただけで反応するなんて思っていなかった。スバンシュを倒さない限り帰れないんだ、という思いが、一層強くなる。
シェレラが『門』に入った。
「リッキなら勝てるから」
円形の白い光が、地面から立ち上る。
「うん。心配しないで。必ず勝つよ」
優しくほほえんだシェレラの顔が、立ち上った白い光が隠していく。
そして、白い光が下りた。そこにはもう、シェレラの姿はなかった。『門』だけが、そこに残っている。
僕がこの『門』に入ることができるのは、いつになるのだろうか。
きっと、もうすぐのはずだ。