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決別の時【前編】



「っ!」

 階段を降りていく。
 この城のメイドや使用人に、貴族らしいドレスと礼服を借りたラナと俺に、アレファルドが目を見開いた。
 リファナ嬢も口を手で覆って驚いた様子。
 階段の手前で止まってお辞儀をする。

「あ! ゆー!」

 椅子から立ち上がり、駆け足で近づいてくるトワ様。
 可愛くってつい膝を折り、迎えた。
 まさか首に抱きつかれると思わなかったけど、トワ様が今日も天使。
 さすが『聖なる輝き』を持つ者。
 挙句「あたまなでなでしてー」とねだられたら、撫でるよね?

「ユ、ユーフラン、顔デレデレになってるぞ」
「おっと」

 カールレート兄さんに注意され、トワ様を数回撫でてから笑いかける。
 食事は美味しかったですか、と聞くと大きく「うん!」と頷かれた。
 それはなにより。

「おお、トワイライト王子はユーフランと知り合いだったのか?」
「ええ、まあ。……以前ちょっと」

 あーしまった。
 陛下にバレたが、まああんまり詳しくは、ね?
 ……突っ込まれる前に話を逸らそう。

「トワ様、この国のお料理は気に入りましたか?」
「うん! おいしかったよ!」
「では、この国のお姫様との婚約話、前向きに検討されてはどうですか?」
「!」

 よく言った!
 みたいな空気が緑竜セルジジオス王家の皆さんから放たれる。
 ロリアナ姫の表情を盗み見る限り、『黒竜ブラクジリオス』も別段この婚約に反対な理由はないんだろう。
 全ては『聖なる輝き』を持つ者……トワ様の意思が尊重される。
 それは全国共通だもんね。

「こんやく? よくわかんない!」
「ずっと側で一緒にいる約束の事ですよ」

 貴方の場合は国の利権とか色々混ざり合ってくるんですけどね。
 でも、それは王族貴族で生まれたからには仕方のない事だ。
 アレファルドだって、本当ならば公爵家の後ろ盾を得て盤石の体制下を確立するべくラナと婚約していた。
 第四王女とはいえ、隣国の姫と婚約するのはトワ様にとっても『黒竜ブラクジリオス』にとっても悪い話ではない。
『黒竜ブラクジリオス』は緑があまり育たない土地だから、木材や木材加工品が安く手に入るようになるのは国にとってプラス。

「……っ!」

 思いっきりアレファルドに睨まれた。
 ああ、そういえばそうだったな。
 口角を上げて、睨みつけてくるアレファルドへ笑みを返す。
 お前らが「胡散臭い」と評した笑み。
 今はそのままの意味で受け取ってもらって構わない。

「いっしょにいる? ずっと?」
「そうです。今よりずっと未来で」
「……よくわかんない!」
「ユーフランちゃんとエラーナちゃんみたいに、仲良く側にいましょうネ、っていう約束の事ヨ、トワサマ。トワサマがロザリア姫サマを好きって言ったら、ロザリア姫サマもトワサマをずーっと好きって言ってくれるのヨ〜! 素敵デショ?」
「すき?」

 ボン!
 と、心なしかロザリア姫から破裂音がしたような……あ、ああ、一瞬で茹で上がっている。
 純だなぁ……。

「そ、そうですわ! あたくし、とわいらいとさまが、こんやくしゃになってくださるなら……とわいらいとさまのこと、ずっとずっと……ずっとずっと! おしたいいたしますわ!」

 ……天を仰ぐ。
 俺とラナとカールレート兄さんが思わず手で目を覆って天井を向いたわけだ。
 はあ?
 天使?

「ぎゃんかわかよ」
「ぎゃんかわ……ああ、それはまさに適切な表現だエラーナ嬢。それ以外の適切な表現が見当たらない」
「アーン、右と左に同じクゥ〜〜」
「追随」

 ロザリア姫の真摯な愛の告白に、トワ様が振り返る。
 そして、しばし真っ赤になったロザリア姫を眺めたあと……。

「わかった! トワも、ロザリアひめのこと、すきになればいいんでしょ? いっしょにあそぼー!」

 ンンンン〜〜〜〜〜〜!
 違う、そうじゃない。
 でも可愛いからそれが正解でいいよ……!

「で、ではトワイライト王子! 我が娘、ロザリアとの婚約を受け入れてくださるのか!」
「いーよー」
「! すぐに手続きだ!」

 目の色変えたゲルマン陛下と使用人たち。
 ロザリア姫は嬉しさの感情が天井を突き抜けたのか、ポロポロ泣き出してしまう。
 トワ様は、驚いてロザリア姫のところへ走って行き、頭を撫で撫でしてあげた。
 なんなのあの可愛い生き物たち。
 俺たちと同じ人間なの?
 マジで?

「わぁ〜、素敵〜! おめでとうございます、トワイライト様、ロザリア姫!」

 そして呑気にお祝い申し上げるリファナ嬢。
 距離が近くなったおかげで、放置されているアレファルドの表情がますます含んだ怒気を増したのが丸分かりだな。

「では、私も本国へ書状を送り報告致します」
「ええ、ええ、お願い致しますわ! まあ、まあ! なんておめでたいのかしら! ……明日はもっと豪華なお祝いの料理を並べなくてはいけませんわね、あなた」
「うむ! 明日はうちの家臣たちも呼び寄せて、大々的にパーティーをやるぞ! おい、ダンスホールの準備と近場で来れる貴族は全員招待しておけ!」
「は、はいぃ!」

 ……からのとんでもない無茶振り。
 ゲルマン陛下、普通パーティーって一ヶ月くらい前から準備しないと……。
「明日パーティーするぞ!」とか、無茶無謀な。
 お城の使用人たちが休めるのはまだまだ先のようだ。
 合掌。

「……それで、あの冷たい料理……氷は、一体どうやって?」

 本題はここからだ、とばかりに黙っていたアレファルドが口火を切る。
 表情はニコニコと笑顔になり、疑問はあえてゲルマン陛下の方へと投げかけたようだ。
 アレファルドの様子にゲルマン陛下はにや、と笑い、きっぱり言い放つ。

「もちろん竜石道具だ! エラーナ嬢の提案を受け、ユーフラン君が作ってくれた! 我が城にも導入されたばかりでな……。冷凍庫という! 物を極寒で保存出来る竜石道具だ! なんとも驚いた事に、それで水を凍らせると『氷』になる。ああ、もちろん……『千の洞窟』の高貴なる氷には到底及ばないのだが〜?」
「っ!」

 にやにやと……いやらしい笑みを浮かべてそんな事を仰る。
 ここ数年『千の洞窟』で採れる氷を、『青竜アルセジオス』が先にごっそりほぼ全部採っていくので色々、まあ、|溜《・》|ま《・》|っ《・》|て《・》おられるのは分かるけど……。
 そしてそれが分からないアレファルドではない。
 恩恵を満喫しているのは『青竜アルセジオス王家』なのだから。
 波風立てたくなくて我慢に我慢を重ねていたであろう緑竜セルジジオス王が、これからはタダで、しかもなんの労力もなしに氷食べ放題になったのだ。
 笑いが止まらない気持ちは、分からんでもないけども!
 さすがにそのあからさまなによによは大人気ないよ!

「氷は守護竜のご加護による恩恵を『形』として頂けるものだが……それを竜石道具という新たな『形』にした事で万人がその恩恵を受け取れる『自由』が生み出された! 実に素晴らしい! ……聞けばエラーナ嬢とユーフラン君は|ど《・》|こ《・》|か《・》|の《・》|国《・》|か《・》|ら《・》追い出されてしまったそうだな……いやいや、なんと! これほど優秀な人財を手放すとは……どこの国だか知らないが、要らないのであれば是が非でも我が国で頂こう! 我が国への国民権の申請をしていたな!?」

 ゲルマン陛下の嬉しそうな顔。
 そして、問いに俺とラナとは一度だけ顔を見合わせる。
 これに頷けば後戻りは出来ない。
 それが分かった上でラナの瞳はすでに決めていた。

 君が——……、君が後戻りするつもりが、ないのなら……俺も……。

 笑う。
 二人で、頷いた。

「はい」
「はい」
「許可しよう! いや、こちらから勧誘したいくらいだ。ぜひ我が国の為にその才能を遺憾なく発揮して欲しい! 娘ロザリーから聞いた話だと牧場を始めたそうだな? 良き哉良き哉! 生活の中でこそ素晴らしい竜石道具は生まれてくる! そのまま精進して貢献してくれれば良い!」
「!」
「あ、ありがとうございます! 陛下!」

 俺たちを城に招く事は、しない。
 そう言ってくれた。
 ついでにアレファルドの前でそれを宣言した事で、牽制もしてくれたんだから驚いたな。
 ここまで、重要視してくれるとは。
 ま、まあ、氷が手に入るようになったのではそのくらいの待遇も当然なのかもしれないけど。
 いや、普通に考えると城に招かれるレベルじゃない?
 王室お抱えの竜石職人くらいにはされるかと思ったわ。
 絶対面倒くさいからなんとかお断りするけど。

「……ふっ」
「……」

 で、陛下はアレファルドをチラ見してドヤ顔。
 こ……こいつら顔が分かりやすすぎる。
 子どもかっ!

「ドゥルトーニル!」
「はっ、こちらに」

 おじ様が呼ばれて登場。
 持っているのは俺とラナの国民権を認める書類。
 そこには判子も用意され、目の前で陛下が判を押した。
 これで……この瞬間、正式に俺とラナは『緑竜セルジジオス』の国民となったわけだ。
 ラナと顔を見合わせて笑い合う。
 そして、もう一度お辞儀をしてレグルス、カールレート兄さんと一緒に裏へと下がった。
 さようならだ、アレファルド。
 振り向く事もなく、心の中で最後の別れを告げる。
 俺がお前にしてやれる事は……きっとこれで最後。
 どうか、良い王になってくれ。
 それ以外はお前に望まないよ。

「あー! すっっっきりしたわー!」

 廊下に出ると、ラナが両手を掲げて叫ぶ。
 叫ぶって言っても、そこまでの大声ではなかったけれど。
 まあ、俺もすっきりしたけどねー。

「これで正式に『緑竜セルジジオス』の国民だな! 改めて歓迎するぞ! 二人とも!」
「そうねェ、アタシもこの国の国民だから、チョ〜、歓迎するわヨ〜。帰ったら歓迎会ネ。カールレートサマ、お屋敷で宴とか開けないン?」
「それはいいな! 連絡しておこう!」
「いや、めんどいからいい……」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「…………」

 まあ、ラナがそうお望みなら……めんどくさいけど……。

「さぁて、ト! じゃあアタシはちょっとお金の話をしてくるワ。ユーフランちゃんにはお城用の大きめの冷蔵庫と冷凍庫を作ってもらう事になると思うから、覚悟しててネ」
「うっ……。……分かったよ。城用じゃあ大型竜石が必要になるかもよ?」
「オッケー、伝えておくワ」
「じゃあ俺は馬車の手配をしてこよう! 二人はそこのテラスで待っててくれ」
「え、そんくらい使用人……」

 に、頼めば……と口を開きかけて……閉じた。
 カールレート兄さんの諦めたような笑顔。
 ……そうだったな……明日、トワ様とロザリア姫の婚約祝いのパーティーが開かれるんだったね……。
 使用人は阿鼻叫喚。
 招待状の準備や音楽家、楽器の手配、ダンスホールの清掃、料理の材料の発注……etc。
 カールレート兄さんやおじ様が連れてきた使用人も、多分駆り出されたんだろう。
 でも、それなら俺が、と言いかけてこちらもやめた。
 国民になったとはいえ、元は他国の貴族だ。
 そんなのに城をうろうろさせるわけにはいかないだろう。

「分かった。待っていよう、ラナ」
「そ、そうね」

 ラナの視線の先には走り抜けるメイドと使用人たち。
 彼らの目にはキラリと光る涙が……。
 な、なんか頑張れ……!

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