晩餐会【前編】
その夜。
歓迎の晩餐会が緑竜セルジジオス王城で開かれた。
こっそりと会場を覗くと、本当にトワ様がいるよ……。
近衛騎士であり姉でもあるロリアナ嬢が鎧のない騎士服で同席している。
さすがに公爵家の養子となった身であっても、彼女が王家の血筋である事に変わりはない。
まあ、特殊例だ。
その手前にいるのはアレファルドとリファナ嬢。
二階の、使用人用のカーテンつき通路に隠れる俺たちからは、背中と頭しか見えない……のだが、あの二人はお互いを見つめ合っているので、横顔は見える。
仲睦まじくチラチラとお互いを覗き合い、視線が合うとにっこり微笑み合う。
あー、はいはい、順調そうでなにより。
そして、その光景を穏やかな微笑みで見つめているのはロザリー姫。
なぜだろうな、俺から見るとあの穏やかな笑みが薄ら寒いものを含んでいるように感じる。
その隣にいる妹姫も、表情は変わらないがもやもやしているように見えた。
で、一番奥におられる濃い緑色の髪と瞳の大男が『緑竜セルジジオス』の王、ゲルマン・セルジジオス陛下。
左に座っておられるのが王妃、ローザ・セルジジオス様だろう。
こちらも緑色の美しい御髪をドライヤーを使ってヘアアレンジしたんだそうだ。
俺にはよく分かんない。
ラナとロザリー姫とレグルスが、メイドたちときゃっきゃしながら王妃様の髪を弄ぶ光景。
……それを見た時の俺とカールレート兄さんとおじ様の気持ち、お分かりになりますぅ?
まあ、それはいいよ。
ゲルマン陛下は凄まじい愛妻家だったみたいで、ものすごい喜ばれたもん。
よかったね。はいこの話終了。
「なんか微妙な空気ネェ」
と腕を組み、一緒に見ていたレグルスがカーテンを閉める。
ここは二階。
会場は一階。
見ていた事がバレる事もないだろうが、あまり大声は出せない。
そして空気が微妙なのも同意見。
アレファルドは……まさかとは思うが遅刻の事を謝罪してない、とかそんなバカな話は、ない……よなぁ?
「トワ様元気そうでよかったわね。……でも……」
「ああ、今この国には『聖なる輝き』を持つ者が二人いる事になる。公的な場だから『緑竜セルジジオス』側はもちろん手出しは出来ない。ただ、アレファルドは一週間も遅刻してる。国賓として招かれたわけでも、自然災害で足止めされたわけでもないのなら謝罪の意は評しておくべきだけど……あの様子じゃ、その気はなさそうなんだよな」
「結局なんて言い訳したノ? あの王子サマ」
「先に『青竜アルセジオス』から見て南にある『黄竜メシレジンス』と最南の国『紫竜ディハルディンオス』に行っていたので、予定より遅れた、だってさ。『黄竜メシレジンス』と『紫竜ディハルディンオス』はどちらも今『聖なる輝き』を持つ者がいる国だ。リファナ嬢を理由にして足止めされたとは考えづらいんだよなぁ……」
そうねェ、と興味深そうにリファナ嬢をもう一度カーテンを開け見下ろすレグルス。
その上で、目を細め「あの人畜無害そうなお嬢様がエラーナちゃんから王子サマを横から掻っ攫ったのネェ。コワ〜〜イ」と笑いながら呟く。
言われたラナは、腰に手を当てて冷めきった眼差しをカーテンの下の方に向けている。
ラナの位置からでは手すりしか見えないだろうに。
「なんにしても、私たちは出来る事ぜーんぶやったし、あとは見守るのみね」
「アラ、エラーナちゃんは王子サマに未練ナシなのネ。マ、こーんなステキな旦那様がいたんじゃあ、過去の男なんて振り返ってられないわよネェ〜。危なっかしくテ」
「どういう意味なのソレ……」
俺、なにか危なっかしいの?
ラナの方がよっぽど危なっかしい気がするんだけど?
少なくとも俺は自衛出来るし!
「なんにしても『緑竜セルジジオス』側としては遅刻された分、長めにいてホシイって思ってるんでしょうネェ。『緑竜セルジジオス』には竜の愛し子がいないもノォ」
「まあ、それはそうだろうね〜」
問題はアレファルドや、ついてきた者たちがそこに思い至るかなのだが……。
すでに晩餐会はゲルマン王の一言で開始されている。
乾杯、とグラスを掲げて一口飲む。
ん? あれお酒?
ああ、アレファルドとリファナ嬢も一応十八歳で成人になってるもんな。
……いや、俺とラナもじゃん。
そういえば色々あってまだお酒は飲んだ事ないな〜。
「帰ったらお酒飲む?」
「は? と、突然なんの話!? フランって時々脈略ないわよね!?」
「あ、そうか。いや、アレファルドたちがお酒飲んでたから、ああそういえば俺たちも飲める歳だったなーと思って」
「あ、ああ……そういう事……。……そうねぇ……じゃあ、お店が無事に開店したら飲みましょ」
「なるほど。じゃあそうしようか」
「アラ、じゃあアタシがとっておきのイイヤツ取り寄せてあげるわヨォ〜。もちろん、ア・タ・シ・の・お・ご・り・デ」
「ほんと? ありがとうレグルス! 楽しみにしてるっ」
いや〜、レグルスの顔が『エラーナちゃんのおかげで儲かってるモノォ! これからもたっぷり儲けさせてもらうわネェ〜!』になっている気がするのは俺だけ?
あとあんまり騒ぐとバレるってば。
「前菜が出たよ」
「「!」」
二人がまたカーテンの隙間を覗く。
演奏家たちが緩やかな音楽を奏でる中、トワ様とリファナ嬢の感嘆の声が華を添える。
アレファルドが物珍らしそうに「前菜?」と呟く。
ふふん、と、アレファルドから見えない位置にいるというのにラナは胸を張ってドヤ顔。
ラナが提案したのは『コース料理』。
詳しく話を聞いた時は「即興でなんつー無茶を」と思ったが……厨房についてきたロザリー姫も城のシェフもノリノリになってしまったので、俺に引き止める術などなく……カールレート兄さんが「やれやれー! 面白そうだー!」と煽ってしまえば反対意見など口にするのも無駄というか……うんまぁ、マジで実施されてしまったワケ。
この国の人たちほんと謎にノリが良すぎません?
で、その『コース料理』とは『前菜』『スープ』『魚料理』『口直し』『肉料理』『お菓子と飲み物』と、料理を順番に出していくもの。
ラナの前世の『外国の偉い人の食べ方』らしく、他にも七品出る、とか多いと十一品出る、とか、種類があるらしい。
曰く「漫画で読んだ」そうで「まあ、私も食べた事ないんだけど、ちょっとずついっぱいってやつだったと思う!」……なんだってさ。
不安でしょ?
なので一番品数が少ない六品コースにしてみました。
「わぁ、可愛い! ハムがお花の形!」
リファナ嬢の嬉しそうな感想。
ラナが「簡単に可愛く盛りつけられるのよ」と言ってやってみせたのは生ハムを丸めてバラの形に見えるようにした……だけのサラダ。
元々『緑竜セルジジオス』は新鮮な野菜がたくさんあるので、生ハムを添える事で華やかに見えるようにした。……だけである。
そんな国だから、サラダに使うドレッシングも生ハムに合うものもあるんだって。
「ふむ……美味しいな」
「はい! とっても美味しいです!」
ご満足いただけたようで。
「陛下のお顔も満足げだな」
「! カールレート兄さん。おじ様は?」
「書類取りに行ってるよ。で、首尾はどんな感じ?」
「今のところ順調なんじゃないの〜?」
「相変わらず軽いな」
次に運ばれてくるのは『スープ』である。
こちらもラナが考案……いや、前世の調理法を伝授してくれた。
そのスープの名は『コンソメスープ』。
野菜や牛肉、香草を長時間煮込み、こして、肉のアクを取り除き、スープの色が澄むまで作業し続ける必要のある高級スープ……らしいが、そんな時間なかった。
ので、野菜を持ってきたミキサーで液状化にし、ミンチにした肉と香草と一緒に煮込んでみたのだ。
アクを取り除いて飲んでみたが「うーん? 意外と近いんじゃないかしら?」「あ、普通に美味しいですわ」「ヤダ〜、野菜って煮込むだけでこんなに味わい深くなるノォ〜!? もっと早く知りたかったァン〜!」……という事なので悪くない出来だったようだ。
ミキサー?
お買い上げ頂きましたー。
「美味しい……! なにこれ!」
「おいしい〜! やさいがあまいねー!」
「はい、美味しいですねトワ様!」
トワ様に癒される。
よかった、トワ様のお気に召したらしい。
アレファルドとリファナ嬢もニコニコ見つめ合ってるので、ゲルマン陛下もにんまりしている。
さて、次に運ばれてきたのはメイン料理、『魚』だ。
しかしここが問題。
魚料理は材料の魚が獲れなかった。
城の者が総出で釣りに行ったが、王族に出せる高級魚は……。
というわけで高級じゃない魚を美味しくする事にした。
まあ、『青竜アルセジオス』で高級魚は獲り尽くすので『緑竜セルジジオス』で獲れる魚はワンランク下がってしまうのは仕方ない。
でも品質はいいので、塩焼きにした。
さすがにそのまま出せないので、メイン料理として麺のパスタに絡め、魚の塩焼き冷製パスタに仕上げた。
塩焼きにした魚の旨味をパスタに絡めて食べる。
コース料理として量も多くない。
香草を添えて香りも添え、ちょっと大きめの皿に盛りつければ上品な出来栄え。
あれなら魚を多く食べる『青竜アルセジオス』の王太子とその婚約者に出しても問題はないだろうし、品質がいいから魚の種類なんて分からないだろう。
なにより塩で味つけしてあるしね。
「すご〜い! お魚さんがパスタに絡めてありますよ〜、アレファルド様〜」
「ああ、塩が効いていて美味しいな」
ああ、ついでにリファナ嬢は平民出身だから安い魚の方が逆に親しみがあるのかも。
アレファルドもリファナ嬢が嬉しそうならなんにも言うまい。