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大雨の中の影



「つまり、氷はダメ。影響が未知数すぎる」
「う、うん」
「そうネ」
「……(コクコク)」

 特に『青竜アルセジオス』。
 水の国とも呼ばれる、特に王族貴族が高慢ちきでプライドがアホみたいに高い国。
 俺らの出身国ではあるが、毎年冬に『千の洞窟』に陣取り『竜氷』を独占して持ち帰る。
『緑竜セルジジオス』の王族は『竜氷』を穏やかに譲ってくれている……と表面上は余裕を見せているけど、果たしてどこまで本当なのやら。
 同じ王族として年に一度しか食べられない『竜氷』をここ数年毎年『青竜アルセジオス』に奪われて、気分はよろしくなかろう。
 それでも、たかが氷の為に隣国とトラブルを起こすのは割に合わない。
 ……『青竜アルセジオス』マジプライド高すぎて小物感ヒデェ。

「だからそれに代わるものが欲しい、って事?」
「ソウ! そういう事なのヨ! それヨ、ソレ! さすがユーフランちゃんだわ、話が早~いン!」

 それそれって……。
 ……氷に代わるもの、ねぇ?
 目の前にはアイスの入っていた小皿。
 とはいえ、アイスは今の段階でうちでしか作れないし。
 なら、アイスだけを限定的に作れる竜石道具を作ってみる?
 なんだっけ、卵とミルクと砂糖?
 材料を入れて、作り方を自動で……難しくはなさそう。
『赤竜ヘルディオス』にも、鶏や牛はいるだろうし。
 ……え? いるよな?
 気温を考えると同じ種類はいなさそうだが……。

「うーん、アイスはダメね」
「え、ダメなの?」
「アイスを食べすぎると下痢になるの……」

 ……そんなしみじみと……体験談?

「確かに下痢はまずいわネ」

 あのクソ暑い地域で下痢は生死に関わるからな。
 うん、確かにそれならアイスはダメか。
 だがそうなると……。

「死人が出るほど暑いのよね? じゃあ食べ物より過ごす場所が涼しくなるようにしてみたら? 冷凍庫もあった方がいいとは思うけど……それよりもまず環境がどんな状況なのかをもっと詳しく教えて。どんな家に住んでいるとか、こっちとは食べ物が違うのか」
「エ? エ、エェ。そうネ、環境としては土作りの柱に布を巻いて屋根を作るのヨ」
「「ん?」」
「井戸はあるんだけど、ほとんど干上がってるから深い井戸がある家からお水を買うノ。水が飲めなくて死ぬ子がほとんどだったわネ……」
「……そ、そんな……」

 想像以上に酷いな。
『神竜に仕える一族』というプライドだけの部族とは聞いていたけど、そんな環境、ほとんど一族の末端の方は切り捨てって事じゃん。

「……」

 切り捨てられる。
 偉いやつはそれが普通。
 まあ、『赤竜ヘルディオス』の場合はそうしなければ生きられない環境なのだろうけど。
 食べ物もほとんどなく、食用サボテンという植物を育ててそれを食べているらしい。
 食用サボテンは歯ごたえのある肉のような植物で、水分を溜め込む性質がある。
 品種改良が行われ続けて、こっちでいうとパンノキのような主食植物。
 井戸と食用サボテン畑を持つ人は富豪が多く、それは主に部族長とその身内がほとんど。
 それ以外の人は食用ではないサボテンを食べて棘で亡くなる事もあるという。
 そしてレグルスたちのいた児童施設も、部族長の施しで食い繋ぐ。
 施しなので、それはもう微々たるもの。
 他国の支援は金銭的なものなので、その支援金を部族長に献上する事で水や食べ物を恵んでもらうのだという。
 はあ、なにそれ。
 それじゃあ、実質、その児童施設の子どもは腹一杯食べる事などないって意味じゃん。

「…………」

 でも、俺には思いつかない。
 そんな状況をどうしたら救ってやれるのか。
 ラナを見る。
 真剣な表情で考え込んで、そして顔を上げた。
 俺の方を、真っ直ぐに。

「フラン、岩屑機を作って。あと、手押しポンプ。スプリンクラーも欲しいし、まず住んでる環境も酷いから風通しのいい家の設計とか……はクーロウさんの方が詳しいかな?」
「う、うん、そうだね。家関係はクーロウさんの方が詳しい」
「じゃあまずはそれを作ろう。でも問題は鉄なのよね」
「鉄? 鉄が必要なの?」
「うん。岩屑機って岩を壊すものなの。硬い地面を掘り進められるように、っていうものだから。それで井戸を掘る。手押しポンプは、地下水をくみ上げられる道具。普通の井戸と違って細い管で水を吸い上げるものだから、干上がったりはしない……と思う。私も実際見た事ないけど……」
「見た事ないノ?」
「あ、うん。古い本で読んだだけ……。ざっくりとしか分からない。でも……」

 俺を見つめてくれるのは、俺なら作れる、という期待?
 あー、それはずるいわー。
 そういう顔されると答えなんて一つじゃん。

「いいよ、なんとかしてみるから」
「うん! フランならなんとかしそう!」
「そうネェ、ユーフランちゃんはなんとかしちゃいそうネェ」

 えー……なにそれー。
 いやなんとかするけどー……。
 だってラナに頼まれたのに出来ませんでしたなんてカッコ悪くて言えないしー。

「でも鉄加工かぁ……道具の方を作るのが難しそう」
「そうなのよねー。フランは竜石核のエフェクト刻むのはマジ天才なんだけど、道具作りは苦手なんだもんね」
「そう」

 単純な箱とかなら問題ないんだけど、こう、細工が細かいやつとか鉄を使う系は本当に苦手なんだよね〜。
 でも鉄はお隣の……『黒竜ブラクジリオス』から輸入は出来る。
 多分加工も『黒竜ブラクジリオス』の職人なら……。

 カッ!

「え?」

 ドゴォオオオォン!

「きゃあぁっ!」
「っ——!」
「きゃー!」
「キャァン!」

 雷。
 落ちたな?
 いや、それはいい。
 別にいい。
 そうではなく……ラ、ラナが、ラナが俺にしがみついて……!

「あ……ご、ごめん……驚いて!」
「い、いぃいいぃいいけどべ、べべべつに……」
「フ、フラン? 本当に大丈夫? あ、もしかしてフランも雷怖い人? だよね、怖いよね……ああ〜、ビックリした〜」
「…………」
「お、大きかったし近かったわネェ……落ちたんじゃないのォ? イヤダワー」
「ヒ、ヒ、ヒ……ッ!」
「お、お兄、大丈夫ヨ、落ち着いテ」

 グ、グライスさんが顔死にそうになってる。
 う、う、うん、確かに今のは近かった。
 窓から厩舎の方を確認するけど、そっちではなさそう。
 は?
 テーブルのところから窓までの歩き方がふらついてた?
 そ、そんな事ないしー、普通に歩けてたしぃ〜!
 どこ見てんのぉ〜?

「見て! 『黒竜ブラクジリオス』の方面から煙が出てるわヨ!」
「げ! ホントだ……」
「もしかして橋に落ちたのかしら!?」
「いや、あんな低い場所には落ちないでしょ」

 ラ、ラナさん、今近づかないで。
 なんとなか、なんとなく無理。
 こ、こう、居ても立っても居られない感じになる。
 くっ!
 近い、ムッチャ無理!

「ちょ、ちょっと様子を見てくる。ラナは後片付けお願い」
「え! でもまだゴロゴロいってるのに……」
「ぴー!」
「アタシも一緒に行くから大丈夫ヨ。その代わりお兄をお願いネ」
「……わ、分かった。すぐ戻ってくるわよね?」
「うん」

 皮のマントを被り、竜石ランプを持って外へ出た。
 夕方よりも雨脚は強まっている。
 やはり煙が出ているな……『黒竜ブラクジリオス』の方角だから川を渡らないといけないが……。

「変ネ……」
「なにが?」
「『竜の遠吠え』でもないのに、こんなに大雨が降るなんテ……って事ヨ。『竜の遠吠え』は来月から九月頃に一回来るだけじゃなイ? 『竜の遠吠え』にしては風もないし雨が強いだけだけどォ……」
「確かに……」

 守護竜が、怒ってる?
 いや、まさかね?

「————」

「!」
「聞こえた?」
「聞こえた。行こう」
「アラヤダ、即断即決? カッコイ〜イ」
「茶化してる場合か」

 橋を渡って『黒竜ブラクジリオス』の方へ急ぐ。
 ……人の声がしたのだ。
 聞き間違いならそれでいいが、こんな雨の中で遭難者とか洒落にならねー。

「たすけてー! だれかー! ……頼むー!」

 やはり、人の声。
 ラナと来た、『黒竜ブラクジリオス』との国境。
 岩壁を見下ろすと、雨の音に混じって声が大きくなる。

「う、そだろ」
「っ!」

 見たのは、崖から顔を上げた瞬間だった
 巨大な…………影。
 何百メートルあるのか、分からない。
 とにかく巨大だ。
 見渡す限り、立ち上がったトカゲのような影がうっすら歩いていた。

「たすけて……」

 声なハッとして崖の下を見ると、倒れた馬車。
 馬は逃げたのかいない。
 逆に、数人の男たちが馬に乗ってその馬車を取り囲んでいる。
 叫ぶのは御者だろうか。

「……まさか、あの連中『アレ』に気づいてないノ!? あ、アレ、まさか、でも、絶対……そ、ソウよネ!?」
「だろうね!」

 近づいている。
 漆黒の……竜!
 それも馬鹿でかいとか、そんなレベルではないヤツが!
 あのボックス馬車に竜が怒るような誰かが乗ってる?
 襲ってるのは賊だろうか。
 いやいや、今すぐ逃げないと……!

「…………。レグルス、悪いけど納屋からロープ持ってきて」
「は!? 助ける気!? 逃げないと死ぬわヨ!?」
「意外と簡単に助けられると思う。でも、帰り道はアンタしか頼れないと思うんだよねぇ」
「…………っ!」

 笑ってみせる。
 レグルスがグッと堪えたように顔をしかめ、少し考えたあと深く息を吐く。

「ロープだけでいいのネ?」
「ん、あとはなんとかする」

 ランプの小型竜石を外し、ランプの方を崖に落とす。
 その隙にレグルスは牧場に戻る。
 あのデカブツが到達する前に気づかせればいい。
 多分、それだけで賊らしき奴らは尻尾を巻いて逃げるだろう。
 がしゃん、という音に、賊も御者も顔を上げる。
 こっちからだと、声が届くか分からないな……。
 御者の声は崖に反響したから、この雨の中でもうちの近くまで届いたのだろうしねぇ。

「…………」

 あまり使いたくないけど、ブーツ裏の小型竜石を取り換える。
 一応、見えるか分からないけど竜の方向を指差して「来るぞー!」と叫ぶ。
 これで気づけば、我が家秘伝の竜石道具は使う必要はない。
 俺の声と、指差した方向に賊の何人かが振り返る。
 やはりあそこからだと気づかないだろうか?
 そう思ったが、どうやら「ブラクジリオス騎士が来る!?」と勘違いしてくれたようで、馬の踵を返して東へ向かって逃げ去っていった。
 しかし、危機はそれだけでは去らず。
 俺がいる場所から下の方。
 ガラガラ、と崖が石を落とし始めていたのだ。
 微かな揺れを感じるから、十中八九『アレ』だろう。

「……はーぁ……仕方ないなぁ」

 やるの久しぶりだけど仕方ない。
 時間との勝負だし。
 こんな大雨の中とかも初めてだけど人がペシャコンっとなるのを黙って見てるのは性に合わないというか〜……助けを求められたのに助けられないとか、カッコ悪いしねぇ。

「誰も見てないし、いっか」

 そう呟いて、崖から飛び降りる事にした。

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