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翌日。
盛大なチャイムの音と同時に、俺は盛大に両腕を上にあげた。
期末終了……!!
長かった……今まで……!
高らかなガッツポーズは、後ろから答案用紙を回収していた女子に笑われてしまった。俺は満足そうに、ほとんど白い紙を手渡す。
「あはは、全然書いてないじゃん。それ、できたーっていうガッツポーズじゃないの?」
終わったーって意味。
「そうだね。私もオワターって感じ、あは」
その子も小さく両腕を上げ、さっきの俺と同じポーズをしながら、先生へと近付いて行った。
さて……と。
期末が終了したため、部活も今日から解禁となる。ノット帰宅部の連中が弁当の入ったカバンを片手に、同じ部活同士で固まり始めた。
帰宅部の俺とだべっていた友たちも、今日からはそうもいかなくなる。
だから、俺は大人しく美音さんへの報告をして、さっさと帰る予定だった。
廊下へ出て、駐輪場に足を進めながら、周りに誰もいないのを確認して、黒い笛を取り出して吹いた。
すぐにロクさんが来た。教える時は呼べよ、とかなんとか言っていたくせに、遅刻とは何事だ。
「どうしたんだい?」
不思議そうな顔で見てくるロクさんに訊かれておっとと思った。
そうだ、昨日美音さんに教えなかったこと、ロクさんには話してないんだった。
「ソラに、教えるのは今日にしてくれ、って頼まれて、昨日は黙ってたんです。これから伝えに行こうと思うんですけど、美音さんがどこにいるかわかりますか?」
簡単に説明しつつ、人探しを求めると、ロクさんはふむ、と納得して、手招きしながら歩き始めた。
俺は大人しくついていく。すると、自転車置き場の、俺の自転車の前に、美音さんは立っていた。
「あっ! お待ちしてました!」
無邪気な笑みに、俺はどこか気味悪さを感じてしまった。
なんて、だめだろ。失礼、失礼。
「彼、今どうしてるんですか?」
「元気だよ。特に、悪い病気とかには罹っていないみたいだ」
美音さんの質問に、ロクさんが答える。美音さんを見ていると、何故かだんだん口の中が乾いてくる気がした。
「その、住所って……」
「あぁ、これ」
ロクさんが前に俺に見せてくれた紙を渡す。
美音さんはそれを無駄に恭しく受け取った。
そして。
突然、笑い始めた。
「あはは、そっか、まだここに住んでんだ……。あはははは!」
「あの……美音さん……?」
明らかに様子が豹変した美音さんに、恐る恐る話しかけると、今までとは全く違う人を蔑んだ目で見返された。
「こいつ、今、彼女いるでしょ?」
「え……、まぁ……はい」
話さない方向で行こうとしていた話を、ふいに美音さんから突かれて、思わず正直に暴露してしまった。
「だろうな! まだ別れてなかったのかよ! ……あ、それとも、新しい子かな?」
「美音さん……話がよく……」
全然掴めない。この人はなんの話をしているんだ?
「調べてくれてありがとう。お礼に少しだけ教えてあげる」
ぽんと俺の頭に手を乗せる美音さん。
「あいつ、私と付き合ってた時、二股してたんだぜ?」
台詞が終わると同時に、目の前を旋風が吹いた。そして、美音さんの姿はどこにも見当たらない。ぽかんと口が閉じない俺の隣で、ロクさんが舌打ちした。
「しまった! そういうことか!」
なんだ……? どういうことなんだ……?
「彼女、今から福田さんの所に行ったんだ!」
続くロクさんの言葉を待つ。
「…………多分、殺しに」
「は!?」
何で安否を心配していた人間を殺してしまうんだ?
「そんなの、真っ赤な嘘だろう。彼の今の住所を聞き出すための。幽霊って自覚してたから、恐らくこの学校以外にも移動距離が広がっているのかもしれない」
そんな……。
やっと……幽霊でも、ちゃんと信じられる人がいたと思ったのに……。
「僕はこれから福田さんの所に行くけど、君はどうする?」
俺……? 俺は……。
ぐらつく足元と頭の中。
どうしたいんだ、俺は。
ソラの言葉がうなだれた頭をぐるぐるとリピート。
『信じた方が馬鹿を見るだけだ』
はは、その通りだったよ……。
乾いた笑いをしてから、きりっとロクさんを見つめた。
「俺も行きます」
行っても何の役にも立たないと思うけど。
俺のせいで、福田さんを殺させるわけにはいかない。
ロクさんはそんな俺をどう思ったのか、にこりと優しく微笑んだ。
「場所は分かるんだろう? 速くおいでよ」
そう言って、ロクさんは姿を消した。
俺は超高速で自転車の鍵を開けると、立ちこぎ全開でK大学の寮を目指した。