日常の営業風景
ここに一つの街がある。町の名前はトレージャータウン。
この街の中心部には、定期的に形が変わる[小部屋のダンジョン]がある。アリの巣のように通路と小部屋で構成されたダンジョンだ。階層の移動は階段で、それ以外の形はすぐに変形し別の地形へと生まれ変わる。
地形が生まれ変われば、そこにいる魔物も落ちているアイテムも一新される。
すなわちこのダンジョンは無限に資源がとれる不思議なものだった。
そんな資源の宝庫の周りには、様々な人が集まってくる。ダンジョンに挑み一儲けしたいトレジャーハンター。その生活を支える商人達、人が集まればそこは必然と街になる。
街ができれば支配者も現れる。程なく一番近い国に併合された。国の一部となれば外部のモンスターやならず者に衛兵が対処する。安全の確保されたこの街は、税金を払っても余裕で暮らせるほど景気のいい街になった。
そんなダンジョンの第10階層に一人の中年男がいる。中肉中背でこれと言った特徴のない顔の男だ。
その男は大きなカバンを背負っているだけでなく、肩掛けカバンを左右にクロスするように2つ掛けている。しかしカバンはへこんでいて、今はなにも入ってはいない。その代わり左手に持った革張りのトランクケースは、中身が入っているのか重そうだ。
その男はあたりを見回しながら第10階層にある一つの小部屋に入ってきた。男は部屋を見回しなにかを確認すると部屋の中央に荷物をおいた。
「今日はここにするか」
そう、ひとりごちると男はトランクケースから大きな厚手のカーペットを取り出しダンジョンの地面に敷いた。その絨毯は淡く光り魔法の気配を漂わせる。
カーペットを敷き終わると、次は折りたたみ式の看板を取り出して手際よく組み立てる。さらに折りたたみ式の椅子と机も取り出し素早く組み立てて中央に配置する。手慣れた作業を終えた男は、椅子に腰掛けた。
男が置いた看板にはこう描かれている。
[買取屋、魔物の素材、武器、防具何でも買い取ります。]
そう、この冴えない中年男こそが、毎晩酒の席で話題にあがる[買取屋のおっさん]その人であった。
今日も彼の仕事が始まった。しかし客が来るまでは暇だ。早朝に買ってきた新聞を広げじっくりと読み始めた。
しばらく街のニュースを呼んでいると人の気配を感じ取った。
「いらっしゃい。とりあえずカーペットの中に入りな」
小部屋にひとりのハンターが、訪れた。ここは第10階層なので、訪れるハンターは必ず何かしらの収穫物を持っている。そして、第10階層はちょうどカバンに余裕がなくなってきて取捨選択を始める頃合いだ。
「ヘヘ、ちょうどよかった。おっさん今日も買い取ってくれ!」
大きな斧を担いだ頭の毛が寂しい男がゆっくりカーペットに足を踏み入れる。
土足で踏み込んだにもかかわらずカーペットは一切汚れない。それは、このカーペットの一つの能力だ。しかし
その能力は補助的なものにしか過ぎない。その真価は、回復能力にあった。
このカーペットの上にいる間は、みるみるうちに傷が癒え疲れが消えていく。
「フー生き返ったぜ。今日は、やたらと魔獣が多くてな。重い生皮で背負カバンがパンパンだぜ」
男は背負っていたカバンを雑に机の上に置いた。組み立て机は、重いと訴えるように軋む音を出した。
「おいおい。ボロい机なんだから注意してくれよ」
そういいながらも買取屋が、背負カバンの口を開くと、ムワッと血の匂いが広がる。そんな匂いを一切気にせず、中の生皮を引っ張り出し机に並べる。
「ホーンボアの生皮が3枚か……。肉削ぎもうまいし、このまま塩漬けにできるな」
生皮を加工して皮にするまでにはいくつか工程がある。加工するまでの間に腐らないように塩漬けするのが一般的だ。しかし、剥ぎ方が汚く肉がこびりついている場合は、塩漬けにする前にひと手間かかる。
しかしこの男の皮剥は見事なもので、そのまま塩漬けして皮を革に加工するタンナーと呼ばれる商人たちに売れる。
「へへ、俺は元タンナーだからな得意分野のひとつだぜ」
買取屋は、興味なさそうに、そうか、と一言だけ返して生皮の査定金額を計算する。
「3枚で270ダズってところだな」
買取屋の男は、このダンジョンと街で使える通貨ダンジョンズコイン、通称ダズで270枚と査定結果を伝えた。
「1枚90かよ。ギルドで売れば110はいけるぜ!?」
ハンターの男は頭皮と同じく
「いつも言ってるように、査定金額は変えないよ。このまま重い生皮を上まで背負っていくか、カバンを空にして別の物を詰めて帰るか好きな方を選べばいい」
買取屋はこのやり取りもなれたもので、お決まりの文句で相手を引き下がらせる。
それを聞いたハンターの男は、お前には、かなわんなと言って、270ダズ受け取る。そして、おとなしく探検の続きに戻っていった。
男が部屋から出ていったのを見送ると、買取屋は、トランクから取り出した岩塩を砕いて皮に塗り込み始める。
揉み込むたびに汁が出て絨毯を汚すが、あっという間にその汚れはなくなっていく。
塩漬けが終わると、小さく軽くなった生皮を丸める。それを空の背負カバンに放り込むと、ぐぐっと背筋を伸ばしまた椅子へと腰掛け新聞を開いた。
「また街の商人税の引き上げか」
買取屋は一つの記事に注目してひとりごちる。商人税は、彼がダンジョン内で商売を始めた原因でもあるためだ。
以前は、ダンジョンの入口で商売をしていた。しかし、商人税の影響で中間業者の彼は、冒険者と業者の両方から価格について迫られ、ついに採算が取れなくなったのだ。
ハンターは、より良いものが手に入った場合価値の低い物をダンジョン内に捨てていくことがあるのだ。
捨てられたものは、地形の変更と共に消えてなくなってしまう。買取屋はもったいないと思った。もしダンジョンの中で軽くて小さいお金に変えて探検を続けられれば……。そこで彼が考えついたのが現地での買取だった。
始めは怪しまれて、客がほとんどいなかったが、今ではその存在も認知され毎日、空のカバンを重くして帰ることができるようになった。
そして嬉しい誤算が起こる。それは、税金を収めようと役所に行ったときだった。
税の申請をしようと受付に話すと、なんとダンジョン内は管轄外なので、無税だと言われた。買取屋の男は嬉しさのあまりその場で両手を掲げ、よっしゃ! と大声を上げてしまった。
こうして、買取屋は生活の糧を手にし余裕を持った変わりない日常を過ごすようになった。
「ふふふ、俺には税は直接関係ないからな」
無税と言われたときの感動が蘇り、おっさんは、ひとりで不気味にニヤついていた。