38話 陽太、芽衣を認める
陽太の話では昼休憩になったので、芽衣と合流して食堂へ食べにいったのだという。スタミナ定食を頼んだ陽太は芽衣の対面に座って定食を食べていたという。
すると芽衣の隣に座った、2年生女子と思われる下級生とのスタイルが見事だったらしい。目測でも胸の大きさがFカップあったらしい。
「あれだけ豊満なロケットような胸を見たら、男性なら誰でも見惚れてしまうだろう」
陽太は身振り手振りを入れて、涼と湊に力説してくる。
涼と湊は、陽太の背後に立って、無言で陽太を見つめている芽衣が怖くて頷くこともできない。
「それで、ついつい胸に見惚れながら定食を食べていたんだ。すると芽衣が『私と一緒にいる時は他の女子は見ないで』って言ってくるだ。こんな理不尽なことがあるか?」
同棲している彼女の立場である芽衣からすれば、注意するのは当然なことだろう。
「芽衣と同棲と言っても、共同生活だろう。共同生活しただけで、なぜ、そこまで俺が縛られないといけなんだ」
陽太よ……共同生活と同棲は根本が違う。芽衣が求めていたのは同棲だ。共同生活ではない。
「陽太……勘違いをしているから正してやる。共同生活と同棲は全く違うものだ」
湊がため息をつきつつ、陽太に簡単に説明する。
共同生活とは他人と共同で生活をすること。同棲とは好き合っている男女が、一緒に住むこと。陽太にわかりやすく要点だけを説明する。
「え? 俺は芽衣と付き合ってることになってるのか? 俺は全然、そんなつもりはなかったぞ。芽衣は俺にとって兄妹みたいなもんだ。だから兄妹みたいなモノだから一緒に暮らしてもいいかなって思ったんだ」
陽太はそうかもしれないが、芽衣がそう思っていないことは明らかだ。芽衣は小さい頃から陽太のことが好きで好意を抱いていたのだから。芽衣に期待を持たせるような行動をした陽太が悪い。
「俺は芽衣を女性として見ていないぞ。芽衣は妹のようにしか見えない。芽衣なんて幼児体型のようにツルペタだし。俺の好みはスタイルが良くてバイン・バインしているほうが好みだ」
後ろに立っている芽衣から冥界の炎のようなオーラが溢れだしている。陽太……これ以上、芽衣を刺激するなことを言わないでくれ。涼と湊にまで被害が飛んできそうだ。
芽衣は後ろからガシっと陽太の肩に置いた手に力をこめる。そのことでハッと振り返った陽太が、芽衣と目が合って、顔を青ざめている。
「陽太……私と同棲してもいいって言ったわよね。同棲というのはお互いに好き同士が一緒に住むことだってことを知ってて、私のことを受け入れたのよね? 陽太のご両親も私を歓迎してくれたわ」
「芽衣……これには深い勘違いがあったというか……そこまで考えていなかったというか……お前のことは可愛いと思ってる。しかし……妹としか見ていなかったんだ」
「妹としか見てない女子に、陽太はキスしたり、体を触ったりするの? 私は陽太に遊ばれたわけ……酷い……」
大きな声で芽衣が叫ぶ。クラスの皆が芽衣の言っている言葉を聞いている。完全に陽太は悪者だ。
特に女子からの視線が冷たく、痛くなってきている。
このままでは陽太のクラスでの立ち位置もマズくなる。
「ここは謝っておけ。そして芽衣のことを好きだと宣言しろ。それが陽太が生き残れる最後のチャンスだ」
湊が冷静な顔をして、陽太に最後通告を突きつける。
「そんなつもりじゃなかったんだ……そんなつもりじゃなかったんだ」
陽太は小さな声でと繰り返し呟いている。大きな陽太の体が段々と小さくなっているように見える。
しかし、陽太を助けるには、芽衣に許してもらうしかない。
「陽太……妹みたいと思っていても、芽衣のことは可愛かったんだろう? 他の女子よりも芽衣と一緒のいるほうが気楽でいいだろう? 他の女子といるよりも芽衣といるほうが楽しいだろう?」
「おおー、それは涼の言う通りだな。芽衣と一緒のほうが気楽で楽しい。その点は認める」
芽衣の目から冥界の炎が消え、満面の笑みがよみがえってくる。
涼はここぞとばかりに陽太に畳みかける。これも陽太のためだ。
「一緒に居て、気楽で楽しい。一緒に居て安心する。そのことを人は好きというだ。だから陽太は芽衣のことを好きなんだよ。それを長年、妹みたいに思って付き合ってきたから、勘違いをしてるんだ」
「おおー……そうだったのか。俺の勘違いだったのかー。俺は芽衣のことが好きだったんだな。涼、勘違いを正してくれてありがとう。そうか……俺は芽衣のことが好きだったんだ。全く気付かなかった」
芽衣は喜んで涼を見て、サムズアップをして、口元を『グッジョブ』と動かす。
陽太が落ち着いたことで、涼と湊は額に浮かんだ汗を拭いて、緊張感をほぐす。
愛理沙と聖香は、涼の顔を見て、クスクスと忍び笑いをしている。
「陽太……同棲の意味がわかったなら……私に大好き、愛してるって言って」
涼は芽衣の言葉を聞いて戦慄を覚える。ここは学校だ。そんなことを言えば陽太は完全に芽衣との交際を公の場で宣言したことになる……恐るべき戦術。
それにこんな恥ずかしいことを、学校のクラスの中で言うことなんてできない。
「私のことを好きだったら簡単よね? 陽太……頭で考える必要はないの。簡単に言っちゃって!」
「おう……簡単でいいのか? それなら俺は芽衣のことが好きだ。芽衣のことを妹みたいと勘違いしていたが、芽衣のことが好きだということに気付いていなかっただけらしい」
涼は何だか陽太に悪いことをした気分になり、良心が痛い。
クラス中の女子達が拍手をして、芽衣にお祝いの言葉を言っている。
男子達は噂を広めるために廊下に散らばっていった。
これで陽太に近寄る女子生徒はいなくなるだろう。
湊と涼は顔を合わせて、互いに複雑な顔で、陽太を眺めた。
愛理沙と聖香は芽衣に近付いて、芽衣に手を握る。
聖香が目を輝かせている。
「男子をゲットする時は、手段を選んじゃダメなのね。すごく勉強になった。ありがとう」
「皆がいてくれたから陽太と幸せになれるの。愛理沙も聖香もありがとう」
陽太はそんな女子3人を見て、満足そうに大きく頷いている。
陽太本人が良いなら、それでいいだろう。
芽衣はルンルン気分でステップを踏みながら自分の教室へと戻っていった。