29話 瞳お姉さん
土曜日の休みの日に、愛理沙と2人で駅前のターミナル広場に来ている。
駐輪場へ自転車を止めて、先日、中止してしまった映画に観に行くことになった。
2人で公園とス―パー以外に出かけたことは少なく、初めてのデートと言ってもいい。
愛理沙はパステル色のシャツとフレアなスカートを履いて、少し化粧をして気合が入っている。2人で映画に行くだけなのに、そこまで気合を入れなくてもいいだろうと思うが、愛理沙のその心は嬉しいし、可愛いと思う。
しかし、街中の雑踏に愛理沙が立っていると、道行く男性が愛理沙に視線を向けるので心配で仕方がない。
涼の隣にいるのは、街中では見かけることもないような絶世の美少女だから仕方がない。
「愛理沙…今日だけは俺から離れないでくれよ。すぐにナンパされるから」
「私、そんなにきれいで可愛くもないから、涼の心配し過ぎよ」
愛理沙は自分の存在価値を一度見直したほうが良いと思う。
でも見直されて、涼は自分が捨てられたらと思うと、そのことを注意することができない。
「今日はどんな映画を観たい気分なの?」
「今日は恰好いい映画がみたいかな」
恰好いい映画……難しいお題を言われてしまった。
涼は必死でリーフレットを開いて、愛理沙の要望に合いそうな映画を探す。
「近未来SFでアクションものの映画がしているけど……それでもいい?」
「うん……ホラー以外なら大丈夫だから」
やはりホラーは苦手だったか。先日のホラー映画の時も無理せず、苦手と言ってくれていたら、皆も違う映画をチョイスしたはずだ……愛理沙は妙な所で頑固な所がある。
SF映画の内容は、宇宙を征服する帝国の宇宙艦隊を、レジスタントの宇宙艦隊が各地でレジスタント運動を展開し、帝国を倒して、真の平和を取り戻すという物語だった。
宇宙船のごう音と、爆破シーンのごう音、その度に愛理沙は涼の腕に捕まって、小さな声で悲鳴をあげていたが、表情はとても嬉しそうだ。時々、涼の肩に顔を置いて甘えてくる。
そんな可愛い愛理沙の仕草に翻弄されて、涼は映画どころではない。
涼の集中力は映画半分、愛理沙に対して半分だ。
シアタールームから出て来た頃には、頭の中は愛理沙でいっぱいだった。
「映画、楽しかったね」
「愛理沙が可愛かった」
「アウ……どうして涼は映画を観ていないのかな? せっかく映画を観に行ったのに」
「それは愛理沙の仕草がとても可愛かったから……これは仕方がない」
映画を観終わった後に、先日、愛理沙を元気づけてくれた、お姉さんの喫茶店へ行く。
喫茶店へ入ると、お姉さんが涼と愛理沙を見つけて、微笑んで手を振ってくれる。
涼と愛理沙の2人しかお客様がいない。以前に来た時もそうだったが、経営は大丈夫なんだろうか。
「よく来てくれたわね。あの後で、少しは落ち着いた? 愛理沙ちゃん、涼君に甘えさせてもらった?」
「アウ……そんな恥ずかしいこと……いえません」
「へえ……そんな恥ずかしいことがあったんだー。涼君もやるじゃん」
「アウウウ……」
お姉さんはそんな2人を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
「今日は夕飯を食べにきたんです……」
「え――! 今日はお昼のランチで、沢山、ランチ出ちゃったから軽食しかないんだけど……」
このお店はお昼のランチ時には流行っているのか。涼は喫茶店の経営状態が良好そうで安心する。
「オムライスなら、すぐに作れるから、クリームオムライスでいいかな?」
「それを2つお願いします。後、食後のミルクティを2つ追加してください」
お姉さんは玄関に行くと、玄関のカードをまたOPENからCLOSEに変更する。本当にこのお店って自由だな。
お姉さんはカウンターの奥にあるキッチンへと入っていく。そしてオムライスを手早く作っていく。
すこしだけ待っていると、お姉さんが奥のキッチンからカウンターを抜けて、クリームオムライスを運んできてくれた。
オムライスの上にかけられているクリームソースも美味しい。ソースと一緒にオムライスを食べると、味がマイルドになって、いつものオムライスと違う味を楽しむことができる。
愛理沙も美味しそうにスプーンで小さくすくって、小さい口へとオムライスを運んでいく。
「どう? 簡単に作っているようだけど、味には自信あるだ」
「とても美味しいです」
「味が変わって美味しいです」
涼と愛理沙の反応を聞いて、満足そうに微笑んで、お姉さんはカウンターにある丸椅子に座って、嬉しそうにしている。
お姉さんは年齢はたぶん23~24歳ぐらいだろう。茶髪で髪を束ねてポニーテールにしている。
少し垂れた目尻に、奥二重、優しくて涼やかな瞳が印象的だ。小さくて低い鼻と。小さな唇、小顔で童顔なので、一瞬だけ見ると大学生でも通ってしまいそうだ。
「涼君、愛理沙ちゃん、改めて名前を教えてよ。私は
「俺は青野涼と言います。青雲高校の3年生です。彼女は雪野愛理沙、同じ3年生で、俺と同じクラスメイトです」
「よろしくお願いします」
「青野……青野涼君ね、そして雪野……雪野愛理沙ちゃん。雪野って名前、珍しいわね。きれいな名前」
「ありがとうございます」
瞳お姉さんはカウンターへ入っていくと、食後のミルクティを運んできてくれる。
「私、涼君と愛理沙ちゃんのカップルを気に入ちゃった。2人を応援しているからさ、困ったことがあったら、小さなことでも良いから、何でも相談にきてね。私にできることしかできないけどさ」
「「ありがとうございます」」
3人でしばらく楽しく談笑して過ごした後に、レジで会計をした後に、喫茶店の玄関を開けると、夕暮れの陽光が明るく店内まで広がっていく。
「今日はありがとうございました」
「2人共、また遊びに来てね。絶対だよ」
そう言って、喫茶店の玄関から瞳お姉さんが手を振ってくれる。
涼と愛理沙も振り返って、瞳お姉さんに手を振ってお別れをする。
そして駅前のターミナル広場へ戻って、駐輪場から自転車を取り出して、2人で高台へ向かう。
「今日は夕飯がいらなくなちゃったね」
「そうだな……その分、公園でのんびりとしようか?」
「―――うん」
愛理沙は嬉しそうに頬をピンク色に染めて、涼を見て俯いた。