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26話 勘違い

 どうして天音さんをフッてしまったんだろう。天音さんは気配りの利く年上の美女だ。

 刀祢には勿体ない話だと思う。

 天音さんは大学1年生の栗色のロングストレートがよく似合う美人だ。可愛くてきれいで童顔で。スタイルも良くて、自慢できる彼女になっていただろう。

 稽古をつけ始めてから、天音さんが一番、刀祢に懐いて努力してくれていた。努力家な面も刀祢は評価していた。なのに、あの場面で告白を断ってしまった。

 刀祢はベッドの上に横になって、天井を見つめながら考える。

 今まで刀祢は女子から告白されたことなどなかった。天音さんから告白されたことも今となってはドッキリではないかと疑ってしまう。それほど刀祢はモテたことがない。

 あの心のモヤモヤ感は何だったんだろう。あのモヤモヤ感がなかったら天音さんの告白にOKを出していた。妙に心の中に引っかかるものがあった。だから断ってしまった。

 惜しいことをしたと刀祢は後悔するが、心のどこかで、これで良かったんだという安心感もある。刀祢は今まで剣の修行ばかりに集中してきた。だから未だに初恋などしたことがない。

 だから恋の感覚がわからない。女性を好きになったこともない。近くにいる女性といえば母親だが、母親はあまり話さない人で、寡黙な父親とお似合の女性だ。

 刀祢のことを信頼しているのか、無関心なのか、全くの放任主義で、今まであまり拘わった記憶が刀祢にはない。

 直哉は小学校の時から女子にモテる。中学の時に直哉とは親友になったが、その時には直哉は女子に対して、興味を示さなくなっていた。

 中学時代の直哉は「女子って構わないとウルサイから困る」と口癖のように言っては、女子達の中に入って、爽やかな笑顔を振りまいていた。

 そう言えば直哉の初恋の話なんて聞いたことがないぞ。直哉も好きな女性がいるのかな。いつも多くの女性に囲まれて笑顔でいるので、直哉が誰が好きなのか、刀祢もわからない。

 杏里は中学の頃から知っているが、高校に入ってからギャル化して、天然ぶりを発揮している。中学の時から元気で明るい奴だった。

 中学の時は杏里が直哉のことを好きだとは知らなかったが、高校に入ってから杏里が直哉に猛アタックをかけている。

 しかし、直哉は上手く杏里をあしらって、相手にしていない。たぶん杏里は直哉のタイプではないように思う。


(今度、直哉にこっそりと、好きな女子がいるか聞いてみよう)


 友達と言えば、心寧と莉奈が今は一番近くにいる友達だ。しかし、心寧と莉奈では、心の距離が違う。

 莉奈は中学の時からの知り合いだが、いつもおっとりとしていて知的で、いつも刀祢を諭したり、叱ったりするお姉さん的存在だ。

 莉奈は、そのおっとりとした雰囲気と、知的な面を持ち合わせた美少女だ。刀祢も美少女だとは思う。胸もEカップあるし、男子生徒の中でも人気が高い。

 しかし、莉奈は刀祢にとっては怒ると怖いお姉さん的な存在で、恋愛対象として見ることはできない。絶対に無理といえる。

 心寧は小学校4年生から道場に通うようになり、その頃からの刀祢との知り合いだ。

 いつも道場で一緒に稽古をし、小学校も中学校も同じ学校で、いつも口喧嘩ばかりしている幼馴染だ。

 刀祢の小学校からのアルバムには心寧の小学校の頃の写真が多く載っている。いつも刀祢の傍にいて当たり前の存在だ。心寧のことを女性として意識したことがない。

 心寧は他校からも告白にくるほどの美少女だと莉奈はいうが、刀祢にとって心寧は、どこにでもいる女子高生と変らない存在で、美少女とは思えなかった。

 あんな怒りっぽくて、泣き虫で、感情的な心寧が、どうしてモテるの意味不明だ。

 刀祢はベッドに仰向けになったまま、まぶたを伏せる。すると、小学校からの心寧のことばかりが思い出として浮かんでくる。

 泣いている心寧。怒っている心寧。拗ねている心寧。喜んでいる心寧。笑っている心寧。


(ヤバい! 俺って女子といえば心寧しか知らないじゃん)


 今更ながらに、天音と付き合ったほうが良かったかもと思う。そうしなければ、心寧に侵食されてしまう。どうしてフッてしまったんだろうと今になって後悔する。

 すると頭の中で泣いて、服を掴む幼い心寧の顔が浮かぶ。

 刀祢は心寧を泣かせたくない自分に気づいて、驚く。今まで、そんなことを考えたこともなかった。確かに刀祢は心寧のことを妹のように思っている部分もあった。

 可愛い妹、口喧嘩をして口を尖らせている妹、ちょっと拗ねている妹、笑顔が可愛い妹。

 刀祢は小さい頃から道場で心寧と一緒の時、心寧に剣術を教えていた。その関係もあって、自然と心寧のことを妹のような存在にすり替えてしまっていたらしい。


(心寧のことは妹のようで放っておけないんだよな)


 刀祢が冗談で心寧を泣かせるのは構わない。しかり他の男子が心寧を泣かしたりすることは絶対に許せない。そんなことをした男子は絶対にギタギタにしてやる。

 どうして、心寧のことを、こんなに庇って、守ろうとしているのか、刀祢自身が理解することはなかった。

 ただ、刀祢は心寧の笑顔をずっと見ていたかった。それがモヤモヤの原因であることを理解
する。


(このままだと、心寧が早く彼氏を作らないと、俺は彼女を作れないじゃないか)


 刀祢は自分の心を、全く勘違いしていることに気づかず、そのまま目をつむって眠りにおちた。

 刀祢は心寧が初恋の相手であることに全く気づくことはなかった。

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