11話 昼休憩の食堂
涼が愛理沙の彼氏になったことは、瞬く間に学校中へ噂として広まった。
クラスでも涼に嫉妬の視線を向けて来る男子生徒も少なくない。
しかし、学校にいる間は愛理沙と涼の態度に変化はない。
愛理沙から涼へ頻繁に声をかけることもなければ、涼から愛理沙へ頻繁に声をかけることもない。
昼休憩も別々で、愛理沙は弁当だし、涼は学食へ陽太と一緒に食べに行く。
昼休憩の学食はとにかく混んでいる。今日の日替わり定食は唐揚げ定食だ。
食券機で日替わり定食の券を買って、トレイを持って列に並ぶ。
陽太はスタミナ定食の大盛りを選んだようだ。
食堂の調理場から唐揚げ定食の品々がトレイの上に置かれる。食堂におばさんに会釈をして、カウンターから離れる。
空いている席がないか見回して、丁度2つの空席を見つけたので、そこへ向かって歩きはじめると、他の3年生男子と体がぶつかった。もう少しで唐揚げ定食をこぼすところだった。
「どこ見て歩いてるんだ。きちんと前を見て歩けよ。間抜け」
「ああ、ゴメンな。近づいてくるのを見てなかったよ」
「どうして、こんな間抜けが雪野の彼氏なんだ。納得できねーな」
最近、こういう感じで3年生男子達から嫌がらせを受けることがよくある。しかし涼は相手にしないようにしている。
「俺が間抜けだから、愛理沙が世話をしてくれてるんだと思ってる。俺も間抜けで良かったよ」
「お前――俺のことを舐めてんのか」
今日、ぶつかってきた男子のことを思い出した10日ほど前に愛理沙にフラれたばかりの男子生徒だ。
まだ、愛理沙に未練たっぷりなのだろう。涼に対する嫉妬が激しいのも頷ける。
「別に舐めてないし、俺はお前の名前も知らないんだぞ。少しは頭を冷やせよ」
「冷静に話してんじゃねーよ。この間抜け!」
涼が男子生徒に突っかかれている間に、空席だった席が、他の生徒に座られてしまった。席が埋まってしまったことに落胆するが、そんな表情は見せない。
妙な誤解をされたくない。
「止めなさい。2人共。ここは食堂よ。静かにしなさいよ」
きれいな良く通る声が涼の後ろから聞えてくる。
振り返ると濃い茶髪のロングストレートの美少女が立っていた。
芽衣はスーッと涼に近付くと、涼と男子生徒の間に身体を割り込ませた。
「これ以上、騒いだら、職員室へ行って、問題として取り上げてもらいます」
「チッ」
男子生徒は舌打ちをして、強引に食堂から出ていく。
「助かったよ。会長ありがとう」
「私はもう、元生徒会長よ」
少し吊り上がった目尻、ハッキリした二重、勝気な瞳が印象的だ。キリッとした眉、鼻筋、唇が、生徒会長にとてもよく似合う。
頭脳明晰、成績優秀、嘘が大嫌いな元生徒会長の芽衣は、実は陽太の幼馴染だったりする。その関係で涼も少しだけ芽衣とは面識があった。
「よう芽衣。涼と何を話してんだ?」
陽太がトレイにスタミナ定食大盛を乗せて、涼達の傍まで歩み寄ってくる。
「陽太、あなたがきちんと涼の近くにいないから、涼が3年生男子に絡まれていたじゃないの。陽太は体だけは大きくて、無駄に筋肉を鍛えてるんだから、こんな時ぐらい役立ちなさいよ」
「おう…そうだったのか。芽衣が涼のピンチを助けてくれたのか。芽衣は口は悪いが優しいもんな」
「誰が口が悪いのよ。私の口が悪くなるのは陽太と話している時だけよ。他の人とはきちんと話してるわよ」
「おう…俺だけは幼馴染ということで特別扱いというわけだな。芽衣は小さい時から俺の後を追いかけてきてたもんな。『陽太、遊んでよー』っていつも俺の後ろを追いかけていたもな」
「恥ずかしい昔のことは忘れてよ。そんなだから私は陽太のことが嫌いなのよ」
「俺は芽衣に好かれてると思ってるぞ」
「――――な……何を言ってるよ……バカじゃないの……私が陽太のこと好きなんて……」
いきなり芽衣は顔を真っ赤にして照れて俯いてしまった。陽太はそんな芽衣を見て微笑んでいる。
本当に仲の良い幼馴染だ。
「会長は俺を助けてくれたんだから、陽太もその辺でやめておけよ」
「ああそうだな。芽衣、またな」
芽衣は真っ赤なまま顔をあげて涼をじっと見つめる。
「涼……私から言うことではないかもしれないけど……・愛理沙を守ってあげて。愛理沙は可愛そうな子なの」
「会長は愛理沙のことを少しは知っているのか?」
「高校2年生の時に一緒のクラスだったし、私は生徒会長もしていたから、学生達の家庭の事情も少しは知ってるの。愛理沙の家は複雑なのよ……あまり愛理沙は家では歓迎されていないわ。だから守ってあげて」
愛理沙の家……確か親戚の家に引き取られているって、愛理沙から直接、聞いたけど、親戚との仲は良好ではないのか? 芽衣の言い方を聞いていると何か問題がありそうな気がする。
「会長、愛理沙が引き取られた親戚と愛理沙の仲は上手くいってないのか?」
「私の口からは、これ以上のことは言えないわ。愛理沙も私が勝手に色々なことを言うのは嫌だろうし。でも彼氏が涼になって良かったと思ってる。涼……愛理沙のことを守ってあげてね」
そう言って足早に芽衣は涼達から離れて、食堂から出ていった。
芽衣が言っているのだから、親戚と愛理沙の仲は良好ではないのだろう。
直接、愛理沙に聞いても、愛理沙は教えてくれないに決まっている。
それに愛理沙の心に踏み込み過ぎている。
愛理沙に拒否される可能性も大きい。
親戚と愛理沙の件なので、涼が直接的に触れることもできない。
これからは注意深く愛理沙を見守っていこう。
しかし、愛理沙がツラそうなら、いつかは親戚の家に直接、赴くしかない。
その時、愛理沙の事情の一端を見てしまうことになるかもしれない。
そのことで、心の中へ踏み込んでしまうかもしれない。
その時は素直に愛理沙に謝ろう。
許してくれるかどうかわからないけれど……
涼も人と距離を縮めるのは苦手だが、愛理沙を助けるためなら動くしかない。
涼は心の中で決心を固める。
「何?シリアスな顔をしてんだ。早く定食を食べないと、昼休憩が終わるぞ」
「ああ…そうだな」
涼は陽太の後を追って、食堂の空席に座った。