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プロローグ

 少し高台にある住宅地。 青野涼(アオノリョウ)のアパートから近い場所に小さな公園がある。

 この公園は涼のお気に入りだ。高台になっているので空が良く見える。
夕暮れ時になった太陽が西に沈みかけて、当たりを真っ赤に照らしている。

 空はどこまでも澄んで、遠くまで見渡すことができる。どこかに巣に帰るのだろうか……カラスが数羽、空の彼方へ向かっていく。夕焼けに染まった空に、浮かんだ雲がゆっくりと動いている。

 こんな景色を見ながら、何も考えずに呆けている時間が好きだ。涼はいつものようにパーカーを目深に被って空を眺める。
すると……キコキコとブランコが鳴る音が聞こえる。

 ブランコのほうへ顔を向けると、常連となっている美少女が座っている。名前は知らない。いつもこの時間になると、いつの間にかブランコに座っている。

 互いに顔を知っているが、話をしたこともない。話すきっかけも……話す言葉もみつからない。

 彼女の服装は今日は白のニットのワンピースにブーツだ。艶々としたロングストレートの黒髪が、夕陽に照らされてキラキラと輝いている。大人びた横顔が印象的だ。

 寂れて小さな公園も彼女が座っているというだけで、きれいな公園に見えるから不思議だ。彼女はそれだけの美少女と表現してもいいだろう。清楚さが漂っている。

 いつものことながら、彼女は何も関心をしめさない。夕陽で照らされている空を見ては空虚な瞳を動かすだけ。
どうして彼女が空虚な雰囲気をまとっているのかはわからない。

 人にはそれぞれ過去があり、人生があり、悩みもある。
人に触れられたくない部分もあるだろう。
それは自分も同じ……誰にでも人に触れられたくない部分がある。

 彼女もそうなのだろうか……。

 自宅に帰っても、「お帰り」を言ってくれる人もいない。
涼には待っていてくれる家族はいない。
家族が他界してから、もう数年も経っている……

 夜の帳が降りてきて、段々と辺りは夕焼けから夕闇に変っていく。
夜空には、光の強い星々が輝き始めた。

 4月の風は、まだ夜になると肌寒い。
しかし、その風が肌に心地良い。

 高台にある公園からは、下に広がっている街並みが見える。
夜を向かえた街並みも、ちらほらと外灯がつきはじめて輝き始めた。

 公園は外灯が少なく、少し薄暗いが、公園全体を外灯が照らし出してくれる。
空の星々と、街の輝きの両方を見ることができる、この公園を気に入っている。

 ……ブランコが小さな音をたてる。

 彼女も、この公園から見える風景に見入っているようだ。

 もちろん2人の間には何もない。
しかし、何回か会っている間に、妙な親近感を感じるようになった。
一緒にいても苦痛ではない……一緒に沈黙でいることが心地良い。

 こんな関係も悪くないと思う。

 夜20時になった。いつも彼女が帰る時間だ。彼女は時間を見るでもなく、ブランコから立ち上がって公園から去っていく。
それまでの間、彼女は涼のことを1度も見ることはない。

 それでも涼は満足だ。

 もう少し、風景を楽しんだ後にアパートの部屋へ帰ろう。
帰っても何もない……あの殺風景な部屋へ。
それでも、あの部屋を涼は自分らしくて気に入っている。

 こんな些細な出会いが、これからの自分達の未来に大きな変化をもたらすとは……この時、彼女も自分も思いもしなかった。

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