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15-2「何やらされてるんだお前ら……」

 そんな事があったとは露知らず、宇宙歴3502年1月15日1817時。クロウは『つくば型』の陸戦混成部隊に『確保』され、何故か今、トニアとアザレアと共に食堂で正座させられていた。

 クロウの首からは『私は両手に花でデートを洒落込んだ上に、うかつにも単独行動を取って敵に囲まれていました』というプラカードがぶら下げられ、トニアとアザレアの首からは『私達はクロウ少尉の戦略的価値の高さを知りながら、単独行動させ窮地に追い込みました』と書かれたプラカードがぶら下げられていた。

 目の前には一通り小言を言い終わったパラサがいる。彼女はいつもの額に手を当てるポーズを取っていた。

「で、3人とも反省してくれたのかしら? 今回みたいにすぐに助けに行ける事なんて本来はあり得ないわ」

 小一時間ほどこの状態で説教された3人は力なく頷く他なかった。

「何やらされてるんだお前ら……」

 と、その一同に近づくものがあった。ミーチャである。彼女はパラサの横に立つと三人を見下ろした。

「ああ、大体書いてあるな、トニアも居るなんて珍しい。お前がクロウの近くに居れば大抵の敵は裸足で逃げ出すだろうに」

「い、色々事情があったのよ。お願いだから物騒な事を言うのは止めてくれいないかしら?」

 ミーチャのその一言にトニアは慌てて言葉を紡ぐが、あっさりとミーチャに遮られてしまった。

「カマトトぶるんじゃねぇよ、4年前に私とユキをボコボコにしておいて普段は優等生面しやがって、いい気味だ。しばらくそうしてろ、面白いから」

 言われてトニアは、クロウを視界の端に顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

 クロウは何とかトニアをフォローしようと思ったが、気の利いた言葉が思いつかない。ともかく月の地下都市のカフェテラスでの会話の裏が取れてしまった。

『『副長』、通信長ニコラです。課業外の時間帯に申し訳ありません。今、通信宜しいでしょうか?』

 その時である。パラサのリスコンから通信長ニコラ・マッケイン少尉の声が響いた。

 因みに、クロウはしばらくその仕組みを理解しようとしなかったためインストールされていても意識していなかったのだが、この通信相手から強制的に着信するモードは基本的に通信相手が食堂などの『共有スペース』に居ない限りは繋がらない。

 緊急時は居室等に居ても強制的に着信させる事が可能だが、そう言った『運用ルール』となっていた。また、この通信が入るという事は、何らかの事態でその乗組員を呼び出す必要がある時なのだ。

「何、ニコラ? どうしたの?」

 パラサは自身のリスコンに向かって話しかける。

『はい。艦長がお戻りになり、『副長』をお呼びです。『艦長室』まで出頭願います』

 それを聞いたパラサは、クロウ達を見下ろして静かに舌打ちした。彼女はまだ言いたいことがあったようだ。

 逆にクロウとトニアは思わぬ助けに胸を撫でおろす。アザレアは微動だにしなかった。

「わかったわ。直ぐに向かいます」

『お願いいたします』

 その会話で通信は切れた。

 パラサは再び三人に視線を落とす。

 クロウとトニアに緊張が走る。アザレアは相変わらず微動だにしていない。

 パラサは忌々しそうに口を開いた。

「三人とも、命拾いしたわね。釈放よ、後は好きにしなさい。ただし、『クロウ少尉』はくれぐれも騒ぎを起こさない事。いいわね? 次に何かあったら『副長兼生徒会長』権限で営倉にぶち込むわ」

 言われてクロウは目を見開く。クロウにはそのようにまるで『問題児』のような扱いを受ける覚えは無かった。

「ちょ、パラサ大尉。僕はそんな……」

「黙れ」

 クロウが何かを言うよりも先に、パラサはそれを遮る。

「『貴方』は自分の置かれている立場について、一度ゆっくりと考えて見るべきだわ。ここ数日の事件には必ず貴方がその『中心』に居る。その意味についてしっかり考えなさい『死ぬ』わよ?」

 それだけ言い終えると、パラサは踵を返して食堂から出て行ってしまった。

「まあ、無理もないな。クロウ。お前はお前自身についてどう思っているんだ?」

 パラサが退出した所で、首からそのプラカードを外しながら立ち上がるクロウにミーチャは問いかける。

「え? 僕はただの『少尉』でデックス4号機のパイロットですよね? それ以上でもそれ以下でも無いじゃないですか」

 そう言い切るクロウにミーチャは続ける。

「お前は、この艦に『特別扱い』で乗艦して、不沈を誇っていた『ユキ』を訓練とは言え撃ち落とし、私を始めとした航空隊全員を撃墜して、いち早くデックスに慣れ。オーデル元帥をデックスで運んで、この『つくば』をこの月まで導いた立役者だぞ? ついでに『ロストカルチャー』だっていうおまけも付く。それの何処が『ただの少尉』になるんだ?」

 クロウが何気なく行ったミーチャの言う全ての行動が、その実クロウにしか成しえない事だったのだ。その事にクロウは今この瞬間まで自覚していなかった。

「そんな、僕はそんなつもりじゃ……」

「そうね、クロウ君はいつだって『それが必要』だと思ったからそれをしてくれたんだと思う」

 戸惑うクロウに、プラカードを外したトニアがそっとその背中に手を添えた。

「クロウは、もう『英雄』」

 続けてアザレアがそう言うのだ。その単語は大気圏を出る前にオーデルがクロウに向かって放っていた言葉であった。

 クロウは静かに身震いをする。その言葉の重みに今までに感じた事の無いプレッシャーを感じていた。ミーチャ、トニア、アザレアの顔を見回す。そのいずれの表情も真剣にその事実を肯定している表情だった。

――――怖い。

 ここに来てクロウは初めてその感情を抱いた。実戦でヨエルを相手にした時にさえ、ここまでの恐怖は感じなかった。

 自分がその立場に置かれているという事は、自分が何か『判断』をミスすればそれはすなわちこの『つくば』のいや、『つくば型』の乗組員の命を危険に晒す事に他ならないのだ。

 だが、と、クロウは自身を奮い立たせる。奥歯を噛みしめて『前』を見据えた。この戦友達を守ると誓った自分にはそれを『成す』しかないのだと。

「覚悟は固まったようだな。まったく大した男だよ。もっとも私はそのハーレムに加わる気は無いが、『部下』としては信頼してやる」

 ミーチャは、そのクロウの表情を見ながらニヤリと笑みを浮かべた。

「まだまだ頼りないですが、よろしくお願いいたします」

 クロウは、その食堂で遠巻きにクロウ達を見る他の乗組員全員に聞こえるように、しっかりと宣言した。

 一方その頃、パラサは既に艦長室へ到着していた。

「バラサ・リッツ大尉入ります!」

 コンソールに手を翳し、パラサは言う。間を置かず「入れ」とタイラーの声が響きその扉が開いた。

 艦長室に入ったパラサは、その室内を見渡す。

 今艦長室には自分も含めて6人の人間がいた。

 『つくば』艦長であるタイラーと、その副長であるパラサ本人。

 『けいはんな』艦長であり、パラサの祖父であり、艦隊総司令オーデル・リッツと、その副長であるリーディア・リン大尉。パラサと因縁浅からぬ少女である。

 『こうべ』艦長であり、パラサの母であるルート・リッツと、その副長であるジョーセフ・ピルチャー大尉。『つくば』と『けいはんな』が運動会騒ぎを起こした時に「勝手にやれ」と伝文を送った青年である。

 こうして『つくば型』の責任者が揃っているという事は、この場はそのミーティングなのである。

「では、始めよう。今日は共有しなければならない情報も多い」

 タイラーはそう言って各員の顔を見回した。

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