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4-2「つくば乗組員、総員3399名、事故なし、現在員3399名、健康状態異常なし!」

 宇宙歴3502年1月12日、8時丁度。

「……では、始めようか」
 と、乗組員達が並ぶ列の前にタイラーが颯爽と出た瞬間からその朝礼は始まった。

「艦長にぃー! 敬礼!!」

 この間の艦長が帰還した際とは違い、今度は最初からパラサが号令をかける。パラサはタイラーの2m前、全体とタイラーの間に立つ格好だった。クロウはそれをタイラーの斜め後ろ、タイラーの背を見るようにして気を付けの姿勢で見ていた。シドに昨日仕込まれた結果がしっかりと今発揮されていた。この日の朝礼はクロウを全員に紹介する目的で全部隊全乗組員を集合させた全体朝礼と呼ばれる形で行われた。昨日、タイラーが帰還した際に出迎えたクルーと同じ数がこの場に整列していた。各部署の長が次々とパラサに対して報告してく。

「戦術科、総員1250名、事故なし、現在員1250名、健康状態異常なし!」

 戦術科の報告をしたのは先ほどまでクロウと一緒に食事をしていたルウだった。ルウは普段艦長付士官をしているが、このように部隊全員が集まり、司会進行の役割などが無ければ戦術科の長である戦術長として振る舞うのだった。

 その蒼いショートヘアを今軍帽で隠し、精悍な姿勢で敬礼する彼女の立ち振る舞いは、とても同年代の少女にクロウには見えなかった。士官としての貫禄である。しかし、クロウも士官としてそれを習得しなければならなかった。

 誰にも気付かれないようにクロウは自分自身に喝を入れる。彼女の今の姿はまさに自分にとってのお手本である。彼女の常備服はクロウと同じく赤いラインの入ったものだった。昨日はその違いに気が付かなかったが、見れば並ぶ乗組員たちはその所属に合わせたラインの色が異なった制服を着ていた。

 所属ごとに並ぶ常備服の列は、クロウから見れば虹のように色分けに縦に並んでいる。

 戦術科はその役割として『戦闘員』としての任務を主としていた。この艦においてそれは各主砲、各銃座、各魚雷発射管、各ミサイル発射管の操作が主な任務である。彼女、彼らはその他に、有事の際その身を使用しての白兵戦も想定している。そのため、その人員はこの艦において圧倒的に多かった。

「航空隊、総員7名、事故なし、現在員7名、健康状態異常なし!」

 ひと際少ない人員の列の先頭、ルウとそう変わらない小柄な少女が戦術科の常備服を纏って報告していた。クロウはインストールされた知識から『航空隊』が戦術科の所属である事を思い出すが、この場においては別の隊として振る舞っているようだった。航空隊の役割も基本的には戦術科に準ずる。ただし、彼女らには艦載機を運用するという特別な役割が与えられていた。

「航海科、総員129名、事故なし、現在員129名、健康状態異常なし!」

 と、航海科の緑色のラインが入った常備服を纏った少女が同じく航海科の常備服を纏ったパラサに対して報告を行っていた。パラサは本来航海科の所属であり、全体の前に立つ以外の場合には航海科のクルーとして振る舞うが、今のように全体を指揮する場合には『生徒会長兼副長』としてこうして報告を受ける立場となるのだった。

 航海科はその名の通り、この艦の運航を主に担当する科である。従って、実際にこの艦の舵を取る操舵士を交代要員も含め複数名持ち、この艦の航行予定地点の気象を予測する気象長などの役割も存在する。この艦の行先に係る重要な部署のため、その長であるパラサがこの艦の艦長であるタイラーに次ぐ権限を持つ『生徒会長兼副長』であることも当然の帰結と言える。

「船務科、総員503名、事故なし、現在員503名、健康状態異常なし!」

 船務科の報告を行った少女は、その黄色いラインが入った常備服の裾を翻し、颯爽と列に戻る。船務科と呼ぶとイメージが付きにくいが、彼女らの役割は、この艦におけるレーダー等各索敵兵器の運用、及び通信士である。この艦における神経にも等しい役割であるため、この巨大な『つくば』において戦術科に次いで人数が多い。

「主計科、総員332名、事故なし、現在員332名、健康状態異常なし!」

 主計科はそのラインカラーが水色である。よく勘違いされがちであるが、主に艦内の維持、補給を担当する彼らの役割は多い。彼らが扱うのはこの巨大な艦の燃料から、食料を始めとする補給物資である。その数は無論、膨大なものであり、さらに彼らはこの艦内において各クルーが所有する服や日用品に至るまでの全ての物の管理を行う。縁の下の力持ちなのである。

「機関科、総員321名、事故なし、現在員321名、健康状態異常なし!」

 機関科の報告を終えて、いかにも職人気質で寡黙そうな青年はしかし、しっかりと声を出して今不動の姿勢に戻っていた。縁の下の力持ちと言えば、彼らの存在を忘れてはならない。彼らの役割はこの巨大な艦の機関部のメンテナンスと維持、そして運用である。ここまで巨大な艦ともなれば、全てが正常に稼働している事などほぼ無い。彼らはそれらを逐一修理し、常にベストな状態に保つために日夜奮闘する。彼らのイメージカラーは工事現場を思わせるオレンジ色であった。

「技術科、総員261名、事故なし、現在員261名、健康状態異常なし!」

 技術科の報告はシドだ。彼はその青いラインの常備服を見事に着こなしていた。奥にびしっと立つルピナスが立っていた。シドが特務軍曹であるため、大尉のルピナスと階級が逆転してしまっているが、ルピナスが報告のために一生懸命に声を張り上げる光景を想像して、クロウは仕方ないのか、と感じていた。

 技術科の役割は機関科が担当する以外の機械の整備、維持、運用である。彼らの職場は主に今全体が並んでいるこの格納庫である。今は存在しないが、ここには本来この艦の艦載機が並べられており、それを整備、維持、運用するのが彼らの役目である。また、機関科と綿密に連携しており、艦内の設備の修理なども担当するため彼らの役割もまた多い。それ以外に彼らは独自に装備開発を行えるほどの高い技術力と設計能力、開発能力を有している。

「医療科、総員296名、事故なし、現在員296名、健康状態異常なし!」

 医療科の報告だけ他の科とは違い、成人した男性が行っていた。それも初老の白髪に青い瞳である。年齢は70代前後にクロウには見えた。その制服に縫い込まれた階級章はタイラーの階級章よりも一つマークが少ない中佐のものであった。その意味にについてクロウは一瞬考えたが、彼が白衣を纏っている事からこの中佐はどうやら医者なのだろうと考えるに止めた。

 そのイメージカラーは淡い桃色であった。彼らは医療従事者である。いくら第四世代人類がケガをしても自動で治り、基本的な疾病にかからないとは言っても完全ではない。新型のウィルスなどが流行すればもちろん感染もありえるし、その治療も必要である。また、自動修復が間に合わない程の大けがを負ってしまったり、自身でその生体維持が出来ない程に負傷してしまったりした場合、彼らに頼らずに生き延びることは不可能だ、そう言った意味でも重要な部署であった。

「保安科、総員300名、事故なし、現在員300名、健康状態異常なし!」

 保安科は言うなれば、この艦内の『警察組織』である。主に艦内の規律維持、侵入者の排除などを任務とする。

 平時であれば彼らの役割はそう多くは無いと思われがちだが、年頃の男女が多く乗るこの『つくば』艦内において彼らの仕事は多い。日常的に喧嘩もあれば男女の諍いも絶えなかった。また、一部乗組員が悪ふざけをするあまり彼らの世話になる事も多々あった。しかも彼らは有事の際、戦術科にその人員を応援として派遣する役割も担っていた。彼らの常備服のラインの色は紫であった。

 全部署の報告を聞き終わったパラサは回れ右をしてタイラーに敬礼し、昨日と同じく全体の報告をした。

「つくば乗組員、総員3399名、事故なし、現在員3399名、健康状態異常なし!」

「ご苦労、総員休め」
 返礼を返し、報告を聞き終わったタイラーはパラサへと全員に休めの姿勢を取るように指示する。

「そおーいん! 休め!!」

 パラサはタイラーに向かったまま、休めの姿勢を取る。この場に集まる前に、パラサはクロウを呼び止め、この総員休めの号令の時に、クロウも休めの姿勢を取るように耳打ちしていた。クロウは言われた通り全体に合わせて休めの姿勢、気を付けの両手をまっすぐ伸ばした姿勢から、左足を半歩左に開き、両手を腰の後ろで組んだ姿勢と動かした。

 全体に合わせたクロウの休めの動作に指揮者であるパラサはパチリとウインクし、それでいいのよ、と合図を送ってきた。シドも口の端を上げ、クロウの姿勢が正しいことを示していた。

「諸君。本日は私を含めたつくば乗組員3400名に取って記念すべき日だ」
 タイラーは厳かに話し始めた。決して叫んでいるわけではないのに全体に声が響く様子は不思議ですらあった。

「この大格納庫でこのように諸君らと全員集合するのは恐らくはこれが最後であり、翌1月13日0700時、つくばは抜錨出港し宇宙へと出発する。任務を達成し、無事この地上に降り立った者だけがここでこうして再会することとなる」

 ざわり、と誰も声を発していないにも関わらず全員がざわめく。全員のかすかな動きがさざ波のように折り重なってそう聞こえるのだった。

「この航海は約束されたものだ。一年前の私の着任時から諸君らと準備に準備を重ね、このつくば自体も大きくその形を変えたほどだ。だが、ここまでして、なお私は諸君らを必ずここへ連れて帰ることを約束できない。不甲斐ない私をどうか許してほしい」

 タイラーは、ここで一呼吸を置いた。次に出す祈りの言葉がどうか現実のものになるようにと祈りながら。

「願わくは、誰一人欠けることなく、ここで諸君らと再会することを願う」
 タイラーはしばし、沈黙し、この格納庫の空間、いやクロウが想像するにはこの『つくば』という艦自体に黙とうをささげた。

「旅立ちを前に、諸君らに3401人目のクルーを紹介する。クロウ・ヒガシ少尉、前へ」

「はいっ!」

 名前を呼ばれた瞬間にクロウは気を付けの姿勢を取り、タイラーの前へという言葉と同時にタイラーの隣へと駆けた。これもパラサに耳打ちされた事だった。

 タイラーの真横で止まったクロウはタイラーと対面する姿勢を取り、お互いに敬礼した。タイラーの動きに合わせて、全体に対面する姿勢を取ると、タイラーはクロウの肩に手を置きながら全体へと呼びかけた。

「クロウ・ヒガシ少尉。諸君らの弟たる、私の新たな息子だ!」

 タイラーはクロウの肩に置いた、手に力を込めると、クロウへと語り掛けた。

「クロウ・ヒガシ少尉、君を今から私の指揮下に置く。君には航空隊へ編入してもらう事となる。以後は航空隊隊長のユキ・シデン中尉の指揮下に入れ!」

「はっ!」

 タイラーを正面に見据えるとクロウは再びタイラーへと敬礼した。

 この後、パラサの号令の下、朝礼は解散となった。乗組員はそれぞれの持ち場へと散っていった。

「クロウ少尉、ご苦労様。さまになっていてびっくりしたわ」

 さり気なく近寄ってきたパラサはクロウの肩に手を添え労った。解散となると同時に彼女はその軍帽を脱ぎ、肩の肩章の間に軍帽を畳んで挟んでいた。多くの者がそのように軍帽を扱っているようだ。クロウもそれに倣う事にした。

「当然ってもんよ。俺が仕込んだんだぜ?」

 言いながら、自身の軍帽を指先でクルクルと回しながらシドも近寄ってくる。その気配を背後に感じて、パラサは若干顔を引きつらせた。クロウはこの二人は仲が悪いわけじゃないんだろうけど、と思いながら二人に礼を言う。

「シド先輩、パラサ大尉ありがとうございます」

「で、この新人は僕が貰っていいって事だよね?」

 と、クロウとパラサ、シドに割り込むようにショートカットの少女が割り込んだ。彼女はその明るい茶色に見える瞳でクロウの顔を覗き込むと、その明るいオレンジ色の髪をなびかせる。

「ひゃ! ユキ中尉! びっくりするから普通に出てきてよ!」
 背後のシドの声に気を取られていたパラサは、彼女の出現に気が付かず思わず叫んだ。

「おお、ユキ。俺の同室だ。虐めるんじゃねえぞ?」
 シドは相変わらず誰に対してもにかっと歯を見せて迎える。

「パラサ大尉は相変わらずねっ」
 足元も軽やかに彼女はその場でくるっとステップすると、クロウを正面に見た。

「僕はユキ・シデン。階級は中尉、年齢18歳。航空隊の隊長だよ! よろしくねクロウ・ヒガシ少尉!」

 クロウはそのユキ・シデンと名乗った彼女を見る。

 彼女は明るいオレンジ色の髪と同じく明るい茶色の瞳を持っていた。彼女自身の明るい性格を表すような色彩にクロウには見えた。彼女を一言で表すのであれば、『美人でありながら可愛い』である。女性らしい体型を持ちながらどこかボーイッシュなイメージでもある。クロウはその今までに会った事のないタイプの彼女に若干戸惑いながらも自己紹介を返した。

「クロウ・ヒガシ少尉。17歳です。先日まで学生をしていました。よろしくお願いします!」

 挨拶をするクロウに、シドは軽く肩を叩き、「ま、ユキなら大丈夫だろう。俺はこれから技術科の仕事が入ってるんでな」と言って去っていった。

「じゃあ、クロウ少尉をよろしくね」
 シドの背中を見送って、パラサもその場を後にする。

「じゃあ、僕らもいこっか」

 と、ユキはクロウの手を取って歩き出した。クロウはユキという少女の勢いのまま有無を言わされず引っ張って行かれた。

 ユキとクロウはそのまま、格納庫の端のむき出しの階段へと向かっていた。その階段は格納庫の壁に設置されており、上へ上へと向かっていた。階段を上ると、途中で広い踊り場のような場所に出た。その場所は格納庫の壁沿いにベランダを連想させるような長い通路へ通じていた。ここからだと格納庫の様子が端まで見えた。また、そのベランダ上の長い通路は格納庫の壁伝いに格納庫の3辺の壁一面に続いていた。

「クロウ君、もうちょい上だよ」

 と、言いながらユキはそのまま踊り場からさらに上へと向かう階段を指さしていた。

「あ、すみません。昔見た光景に似ていたものでつい」

 クロウはその踊り場の格納庫を見ながら、ロボットアニメの格納庫みたいだ、と感じていたのだ。

 階段は、格納庫の天井にまで達していた。いや、正確には格納庫の天井と階段の隙間には扉がある。それは他の艦内のどの扉よりも頑丈に見えた。クロウが見た格納庫へ通じる扉はいずれもこのような頑丈そうなものとなっていた。扉には他の扉と同じようにコンソールパネルが設置されていた。

「あ、せっかくだからテストしておこうか。クロウ君ここのコンソールパネルに手をかざしてみて。両手どっちでも大丈夫だよ」

 言われるがまま、クロウは手をかざす。瞬間コンソールパネルは青色の反応光と電子音を発して自動でドアが開き始めた。ドアが開く際にプシューと空気が抜ける音がした、クロウがこれまで格納庫に入る際はいずれも格納庫のドアは開けっ放しになっており、開く様子を見たのはこれが初めてだった。

「おー、やっぱり! さすがルウちゃん仕事が早い! ここは戦術科でもルウちゃん中尉か航空隊のメンバーしか入れないんだよ。あ、艦長は別ね。あの人どこでも入れるから」

 若干早口気味に興奮してユキは言う。

「えっと、シデン中尉? 航空隊というのは戦術科の一部、ですよね?」

「あ。僕の事はユキで。航空隊内はファーストネーム呼び厳守ね! そそ、戦術科! でもね、厳密に言うとそうかと言われるとそうであるような無いような、うーん役割が結構違うからねー!」

 言いながら、ユキは開いた扉からするりと中に入って行ってしまう。クロウも置いて行かれないようにユキへと続いたが、その先は展望室のように格納庫へ向かってガラス張りになっている空間でその奥の扉への一本道だった。クロウが奥の扉へたどり着くとユキが既にコンソールパネルでロックを解除していた。

「ここの扉は構造上どうしても開くのが遅くってさー」

 クロウはユキのマイペースなノリがシドに若干似ているな、と感じていた。扉がゆっくりと、人が通れる大きさに開いた所で、ユキはくるりとその場でターンし、両手を広げて大げさにクロウを歓迎する動作をした。彼女の短く切りそろえられたオレンジ色の髪とスカートの裾がその回転に合わせて宙を舞った。

「ようこそ! 航空機無き航空隊へ!! 航空隊一同歓迎するよ!!」

 そのまま、両手を広げたまま後ろへと倒れこもうとするユキをクロウは慌てて腰に手を回して抱き留める。まるでバレェかアイスフィギュアスケートの決めポーズのようだとクロウは思った。

「えへへー、なんか抱き留めてくれそうな気がしたんだよねー 作戦成功!」

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