光の示す道の先―②―
カラスマの途切れ途切れの言葉に、サキは反応を一つも見せない。
ただ、冬梅雨明けの陽光を受け取った黒真珠が、言葉を見つけかねて喘ぐカラスマを、無慈悲に映している。
解放を祝う行事の席からのざわめきが、壇上の下から上がり始めた。
カラスマは五人の登壇という予測しなかった出来事に、上がる心拍数を落ち着かせながら、
「今回のパレードに、もちろん加わって頂く、五人の英雄の方です……」
「
留まるところを知らない、カラスマの心拍数が音を立てて、止まった。
銀甲冑の男――ナオト=ハシモトが、ロック達に並ぶ。
カラスマは、
「……驚きました。
ロック達の体は、傷一つ見えなかった。ナノマシン:”リア・ファイル”の回復によるものだが、その際に
その為、動けなくなるはずだが、
「サミュエル以外どうでも良いけど、
桃色トレーナーの少女――シャロン――が、カラスマの言葉を遮った。
「
苔色外套の優男――ブルースは一歩出て、口の端を釣り上げた笑みを作る。
「どうやら、あなたにパレードを任せることは出来そうにないわね……
ミカエラ=クライヴが冷たい言葉を、カラスマの背後から投げ掛ける。
彼女の女の溜息と共に、参加者の携帯通話端末の音が会場を覆った。
参加者がそれぞれに目を向けると、陽光に照らされた顔が青く染まる。
聴衆から向けられた青い視線にカラスマは絡めとられ、足をその場に縫い付けられた様に棒立ちとなった。
桃色トレーナーのシャロンと右手に
サキは左手、シャロンは右手を結んで、腕の橋を作った。
二人から暗闇が広がり、雨の模様が会場を包むと、
『一層のこと、五輪キャンプと同じ、対”ウィッカー・マン”専用キャンプでも作らせましょうか……
ベランダ越しの二人の女性が映る風景が、会場のど真ん中で大音量と共に流れた。
内容は、カラスマとサロメの、グランヴィル・ストリートでの自宅の会話。
サロメと共に訪れた”ウィッカー・マン”から撮影されたものと気づき、会場内を覆う自分に眩暈を覚え、左に足を動かす。
「あなたについて興味深い資料が提供されています」
赤毛に革ジャケットと群青のデニムを纏った女性が、思わぬ暴露で千鳥足のカラスマの道に立ち塞がった。
革ジャケットの女性の右手の紙封筒には、
「復興計画に格好を付けて、高級コンドミニアムを
彼女の一言と共に、雨の密会の風景から、現バンクーバー市政を担うアンドレ=リーとの黄金色の繋がりが、海を臨む壇上と観覧席に広がった。
裏帳簿、電話内容の書き写しに加え、文字列がコール・ハーバーで踊り出す。
更には、人物の写真も空中で大きく映し出された。
「しかも、バンクーバー市長のアンドレ=リーも次の選挙及び、投資移民に課された税の制限撤廃に肯定的です」
文字列は名前となり、写真と結びつく。
カラスマが振り返ると、後ろに座っていたアンドレ=リーが、椅子を倒して後退った。
現市長の政治活動を支える、政治資金の提供者のリストの映像が、コール・ハーバーの一角を占める。
大手建築会社、不動産会社、貸金業者に、バンクーバーの移民裏社会に通じる前線企業や労働組合の名前も書かれていた。
“オラクル語学学校”のカラスマも、当然含まれている。
しかも、それらの資金が”ベターデイズ”を通して、資金洗浄を受けていたことが示されていた。
「誰が……こんな……」
戸惑うカラスマに、
『
電子変換された声が、周囲に轟く。
男か女か定かでなければ、声の主が一人か複数かも判別できない声が会場を包みこんだ。
カラスマは茫然としながら、聴衆が大型受像機に目を奪われている様を垣間見る。
二つの受像機には、
『
電子音声が、鬨の声と言わんばかりに、小演台から広がった。
「サマナーからの伝言。”
飴色のジャケットの青年が言葉と共に、カラスマの目前で立つ。
「カラスマ校長……”
後ろからのミカエラの眼光が、銃口の様に見えた。
――話と違い過ぎるわ!?
市街を分ける”壁”の向こうの”ウィッカー・マン”に二人が触れていた情報を、サロメはハティに流した。
また、
”鬼火”ヘンリー=ケネス=リチャーズも、アメリカの関係者と共にサロメが、送り付けた。
対応に苦慮するナオトを追いこむ為に、全勢力が団結している筈だった。
だが、そう思考してカラスマは、絶句する。
カイル=ウィリアムスは、”UNTOLD”の根絶を訴える急先鋒。
しかも、今まで機密にしていた”蹄鉄”という人型歩行戦車を、市街で使うことに
発言力を高める者は、組織の勢いを増させるが、誤った方向に傾けば、代償に
ミカエラの方針は、”UNTOLD”の根絶だが、
近い将来、
「なるほど……
目の端を釣り上げ、カラスマを蔑むミカエラ。
ミカエラの奥にある眼光は、
――まさか……ミカエラが動かなかったのは……!?
カイル達”ワールド・シェパード社”の強硬派が、ロック達と激突すれば、殺されはしないが
その上、
”ワールド・シェパード社”の社長の、深く計り知れない策謀の眼差しに困惑しているカラスマの横で、銀騎士ナオトが詰め寄った。
「しかも”ウィッカー・マン”を仮想敵に仕立て、市民と移民の不和を解消させる為に、ロック=ハイロウズと、我が社の研修を受けているサキ=カワカミさんも、殺そうとしましたね!」
『それに、
カラスマの録音された音声は、雨の夜のサロメとの密会の場面のものだ。
それが流された時、カラスマは思わず、ロックとサキに目を向ける。
サキの表情に感情が失せていたが、隣のロックは、
「確かに私たちは、”ウィッカー・マン”を倒すことを念頭に置いているわ」
灰色のパンツスーツのミカエラが立ち上がり、ロック達とカラスマの間に入り、
「私たちが
――どの口が、そう言うの!?
心が叫びたがったが、周囲の重圧にカラスマは立ったまま、口を開けることしか出来なかった。
ナオトはカラスマの居た集声機に立ち、
「我々”ワールド・シェパード社”は、”ブライトン・ロック社”との技術協力を行う契約を締結。同時に、オラクル語学学校との協力関係を
ナオトの言葉と目線を受け取ったのは、白金の髪に、首に羽毛の付いたジャケットの少女――”ブライトン・ロック社”社長のエリザベス=ガブリエル=マックスウェルだった。
銀騎士と入れ替わる様に、白金の少女は、
「我が社は、まず、規格——品質水準――を、”ワールド・シェパード社”へ段階的に提供する。そして、開発が出来る環境へ移行させることを同意した。この成果を、TPTP締結国に順次普及させていく」
そういえば、カラスマは兵器産業で、ある一社の唱えた基準が、産業構造を変えたことを思い出した。それが、911が起きる前の21世紀の転換期に行われたことも。
「私たちは、このことを”
ミカエラの言葉に、カラスマは驚いた。
あの、”グランヴィル・アイランドの集い”の時点で、協力関係は既に決まっていたのだ。
しかし、タカ派のカイル=ウィリアムスは、当然反発する。
それを念頭に置いて、ロック達をワールド・シェパード社の強硬派と衝突させた。
リリスやサロメが、カラスマの背に隠れ
サロメは、知っていたのだ。
失敗すれば切り捨てる。ちょうど、自分が
言葉を失ったカラスマに向け、集声機の前で苔色外套を着たブルースがミカエラを差し置いて、
「ついでに言えば、TPTP基本法違反は、”ブライトン・ロック社”に所属する身としては、大変不本意な謂れである。”ワールド・シェパード社”と敵対する理由は、バンクーバー市については、
「奇遇ね……私たちも、
灰色のパンツスーツのミカエラからの言葉は、カラスマの死刑宣告にして断頭台の刃だった。
余りにも唐突に決まった自らの末路の滑稽さに、カラスマの全身が震える。
焦げ茶色の髪を刈り上げた市警の男――名前と階級は、レイナーズ警部と書かれている――が、制服警官たちを連れて、彼女を取り囲んだ。
「失礼……失踪として届けられた、貴女の
レイナーズの淀みない口調に、カラスマは体から熱気が全て、抜けた様に思った。
制服警官たちの多対の眼に映る、白い装甲を纏ったカラスマ。
マリー=アントワネットが、仏革命時に死刑判決を受けた衝撃で、白髪になった逸話がある。
科学的に疑問の余地を多く残すが、髪の毛の色素は、外側の
気泡が少なければ、色素は光を受けて濃く出る。だが、心的疲労が強ければ、気泡の量が増す。
その結果、
周囲の眼に映る自分の黒髪が、身に纏う装甲と同じく
彼女はそれを目にすると、口が裂けた様に広がり、瞼の筋肉が千切れんばかりに眼をこじ開けた。
情報過多と社会的地位の急激な変動による、錯乱。それによって作られた狂気の笑みが、彼女を取り囲む人間たちの眼に焼き付けられる。
装甲だけで、武器を持たないカラスマの様子に、レイナーズは周囲に下がるよう一喝。
カラスマは両手を振り回しながら、バラード湾とコール・ハーバーに挟まれる手摺に向かって走った。
「私はこんなところで終わるはずじゃなかった!」
追い詰められた野良犬の様に、迫ってきた警官たちに向かい、吼えた。
「ワーホリやら留学しても結局、日本人たちの世話に追われ、移民や子供からも見下されるなんて、耐えられない!!」
ロックが紅い外套を翻しながら躍り出、ブルースとサミュエルは、エリザベスとミカエラを、カラスマから引き離した。
「人類の為には”力”が必要だったのよ!! 日本ためにもね!! 私を女と見て、見下して裏切ってきた奴らを見返すには、サロメが必要だったのよ!!」
海を背に、犬歯を剥き出しながら、恫喝するカラスマの口から、唾と微かな血が、周囲に飛び散る。
自分でも分からないが、勢い任せに喋って、口腔内を切ったのだろう。
彼女の理性は
「”ブライトン・ロック社”とナオト……“UNTOLD”の力を借りようとしたのは、”ワールド・シェパード社”も同じ。なのに、私と……
「ありますよ」
白い装甲を纏い武器の有無が分からずに、カラスマと距離を置くロック達の先に出る人間がいた。
それは、サキ=カワカミ。
カラスマと同じ白い装甲を纏ったサキの顔が、カラスマの目の前に立ち、
「
サキの顔は、陽光で見えない。
その影に隠れる前に、サキの右手に
彼女の視界に広がるのは、雲一つない大空。
――そういえば……。
カラスマは思い出した。
演説をしていた時に、眩しさを覚えた光。
初めてバンクーバーの地を踏んだ時に、浴びた日光を思い出したからだ。
懐かしさを呼び起こした彼女を、重力の軛が、再び捕える。
――そういえば、カワカミさん……初めてのバンクーバーの空……どう映っていたのかしら?
考えたのは、自分がバラード湾で大きな水飛沫を立てた後だった。
波を打つ音、潮の匂いに水の冷たさが、彼女の体を包み込む。
湾上に停泊されていた、海上警備隊の船が、飛沫を上げながらこちらに向かってきた。
隊員たちに抱えられ、沖から陸地に運ばれていく。
心に残った”サキへの問い”の答えを得ること無いまま、カラスマの意識は暗転した。