16話 ハイキング前半
週末の休日になった。空は秋晴れで鱗雲がきれいだ。
家からロードレーサーに乗って、高嶺山のふもとにあるパーキングへ向かう。
刀祢がパーキングに着いた時には、既に全員が揃っていた。女性陣は全員が私服のワンピースを着ている。その中で1人だけ見たことのない女子がいる。
後ろを向いているので顔はわからないが艶々の黒髪のロングストレートの女子だ。
その女子が振り向くと、いつもポニーテールにしている髪を降ろした心寧だった。いつもと違って女性らしい清楚さが漂っている。
(女って、服装と髪型でこんなにも印象が変わるのか!)
心寧が美少女だと言われているのは知っていたが、刀祢は気にしたこともなかった。
今の髪を降ろした心寧を見て、皆が美少女という意味を理解した。心寧は恥ずかしそうに照れながら、刀祢を見て微笑んでいる。
(心寧って、こんなに清楚で上品な雰囲気だったか? 俺は騙されているのか?)
女性に対する不信感を益々高める刀祢だった。
「今日は休日だから、髪の毛を降ろしてきたの。どう似合ってる?」
「ああ、似合ってるぞ。別人かと思った。普段からそうしていれば、お淑やかに見えるのにな。でも、今日は登山だぞ。街に行くわけじゃないぞ」
都会の街に行くならオシャレをするのもわかるが、山中の登山へ行くのにオシャレをする女心がわからない刀祢。
「心寧が精一杯おシャレしたんだから、もっと素直に褒めてあげて!」
「ああ―――」
莉奈がおっとりとした笑顔で刀祢に語りかけてくる。刀祢は急いで首を縦に大きく振って頷く。
「ああ! 心寧、似合ってるぞ!」
「本当?」
「ああ―――」
心寧が顔を赤らめて嬉しそうに微笑んでいる。
刀祢は莉奈からリュックを受け取って背負う。そして周囲を見回した。既に直哉はリュックを背負い、片手に杏里が寄り添っていて、困った顔をしている。
「山頂へ向かって出発!」
「「「「オ――――!」」」」
杏里が大きな声で合図を出す、それと共に皆はハイキングコースに入って山頂を目指す。高嶺山のハイキングコースは車も走れるほどの幅があり、山頂まで舗装されているので、歩くだけだと怪我をする心配はない。
刀祢は先頭に立って、黙々と歩いていく。全く後ろを見ようともしない。グングンと皆から離れていく。
「刀祢! ちょっと待ちなさいよ! 皆で一緒に登るから楽しいんでしょ!」
「俺は今は1人で歩きたい気分なんだ! 放っておいてくれ!」
心寧は大声で刀祢を呼ぶが、刀祢は無視して振り向きもしない。
(今日はやりづらい。心寧と何を話していいかもわからない。俺に声をかけるな。俺は1人で山頂を目指すんだ)
刀祢の心など知らない心寧は、刀祢の元へ走っていって、隣に並ぶ。
「無視するって酷いじゃない。皆で一緒にハイキングしようって言ってるの。もう少し、歩くのを遅くして。皆が追いつけない。刀祢、何を焦ってるの?」
「山頂で皆と合流すればいい。心寧は莉奈達と一緒に来い。俺に構わないでくれ。心寧は特に俺に拘わらなくていい」
「何をわけわからないことも言っているのよ。今日の刀祢、ちょっとおかしいよ」
「わかってくれなくて良い! わかられたくない!」
心寧は文句を言いながら、刀祢と一緒に並んで歩いていく。2人はどんどんと山頂へ向かって歩いていく。
口喧嘩をしながら先を歩いて行く刀祢と心寧を見て、莉奈は呆れ顔になり、直哉は笑っている。杏里は直哉の隣で気持ちよさそうにしている。
「本当に仲がいいわね。口喧嘩しながら2人で歩いて行っちゃうなんて、2人共、自分達が仲良しだって気づいていない所が可愛いわね」
「ああ、本当だな」
そう言って、莉奈は先を行く2人を見ながら微笑んだ。
「自分達がすごく仲が良いことに気づいてない。だから俺が苦労するんだけど。あの2人を見ていると飽きないわ」
「本当にそうね。2人を見ていると微笑ましいわ」
直哉も遠ざかっていく刀祢と心寧を見て笑顔になる。
「刀祢と心寧は超仲良し―! 私と直哉も仲良しだよね?」
「そ、そうかな」
直哉は腕に抱き着いている杏里を見て、顔を引きつらせる。
刀祢は隣を見る度に焦る。艶々な黒髪が風になびいてきれいだ。刀祢は女性が苦手だ。女性を意識すると体に妙に緊張が走る。だから今までは心寧は口喧嘩ができる女友達と思って意識していなかった。
だが、これだけイメージチェンジをされると、さすがの刀祢も焦る。今日を乗り切れば、来週から普段の心寧に戻る。そう心に言い聞かせる。
「ちょっと左足が痛くなってきた。刀祢、歩くスピードを下げて」
「どうしたんだ? 左足を痛めたのか?」
「―――ちょっとね」
心寧は剣術家だ。少々の痛さは我慢する。その心寧が痛いと言うことはどこか怪我をした可能性が高い。
刀祢は歩くのを止めて、心寧を道の端まで連れて行き、路上に座らせる。そして、心寧の左足を持ち上げて、靴と靴下を脱がせる。
心寧は自分の姿を見て恥ずかしがっているが、刀祢は真剣だ。
心寧が履いていた靴は新品のスニーカーだった。新品なので、まだ革が硬い。靴の当たっている踵の場所が少し、皮膚が剥がれている。これは痛いはずだ。
リュックから消毒液とバンドエイドを数枚だして、心寧の傷へ消毒液をかけ、バンドエイドを何枚も張って、傷が靴にあたらないように措置する。
「これでいいぞ。登山に新品の靴はダメだ。気を付けろよ」
「心配させて、ごめんなさい」
「ああ」
心寧は自分で靴下と靴を履いて、立ち上がって調子を見る。靴の部分と踵の間にバンドエイドがあり、クッションになっている。そのことで傷口は痛くない。
「刀祢! ありがとう!」
「おう」
心寧は顔を真っ赤にして、嬉しそうに微笑んだ。
刀祢は恥ずかしくなり、顔を横に向ける。