流転―⑦―
まるで風に吹かれた砂の様に、青白い光が巻き上がる。
その風に揺らされ、サキの体から、電影が浮かび上がった。
「この……感覚は!?」
サキの上に現れ、狼狽の声を放り出す月白色の光。月白色の女を象っていた。
「やっと、目覚めたな……サキ?」
ロックの護拳の前に、見慣れた黒髪の少女――サキ――が現れる。
声ではなく、肩から息を吐き出して、ロックに曖昧な笑みを返した。
「……何故だ」
サキを見下ろす形で、月白色の電影が呟く。
「……この力は、我から生まれた
「……救いようのない馬鹿だな。リリス」
ロックはサキの目の前で、遮られた護拳を下げる。
「テメェ……
翼剣を振り上げるロックを、サキは双眸で映した。
「『器は、
リリスがロックを絶望の淵に叩きこんだ時の言葉を、サキの頭上で戸惑う電影に繰り返す。
「サキは……二人の
「……なら、この力は!?」
ロックの言葉に、リリスは月白色の顔を更に、白くさせんと叫んだ。
しかし、リリスの都合を鑑みず、更なる鼓動が、月白色の電影を水月の様に揺らす。
「二つの
シャロンは、”ウィッカー・マン”の
シャロンはナノマシンで作られた力場に、”ウィッカー・マン”を通して熱力を送り、リリスに抑えられたサキに干渉したのだ。
「だが……我は、まだ終わらん。”救世の剣”の力は、まだ……あるッ!」
空に浮かぶリリスの電影は、サキに入り込む。
苦しむサキを二本の翼槍の光に乗せ、空を飛んだ。
ロックは叫びながら、肩から一撃を振りかざす。
「
アルスター神話群の英雄、クー・フーリンの叔父貴である、フェルグス=マックロイの持つ剣の名前で、その意味は”硬き稲妻”。
翼剣”ブラック・クイーン”に、黒い稲妻が纏い始める。
ナノマシンによって集められたグラフェンが、
光と熱は、力を伝達する。
E=MC^2の力が、ロックの
力場で作られた紅と黒の波に押され、ロックは夜空に舞い上がる。
“
ナノマシン:”リア・ファイル”の物質生成は、電子を操る。
天然の粒子加速器と同じ熱力を擁し、今のロックは、全ての物質を作り出した原初の雷と同じ力を、グラファイトとシリコンで増幅させた高熱源と化したのだ。
その熱源を顕現化させ、ロックは周囲にグラファイトとシリコンを纏った、紅黒の翼が、夜のバラード湾に羽ばたく。
それが狙うのは、サキに入り込んだリリス。
彼女は、海に浮かぶ、青白く輝く”救世の剣”を目指していた。
「アイツ……救世の剣の残ったエネルギーで、サキと一体化を行うつもりよ!!」
空を飛ぶロックの横を、光の剣を持つライラが叫びながら、並ぶ。
「いくら、二体の
ライラに吐き捨てるように言うと、
「私達が止めます!」
ヴァージニアは、結晶の鏃を放つ。白と黒の翼に運ばれるサキの身体を、結晶が囲んだ。
「ロック……あなたの攻撃をサキに加えて下さい」
洋上の潮風に晒される中、ヴァージニアに耳打ちされた。
その内容にロックは、驚きの余り抗議も出せなかった。
「……アタシ達が、サキとリリスを抑える。アンタの力は強力過ぎる。でも、アタシ達
突拍子もないライラの言葉に、ロックは押し黙るが、
「アンタ……サキを助けたいんでしょ?」
ロックの表情を見て、あどけなさを残したジャケットの守護者。
彼女は悔しさを噛み締めながら、
「アタシ……アンタの
ライラの感情の堰が壊れる。
その顔は、バプトが剣を振り下ろした時に垣間見せた、最後のライラなのだろうか。
「サキを守るんだろ……簡単に死ぬなよ?」
ロックの短い言葉に、サキの守護者たちが消えた。
ヴァージニアのフォトニック結晶を媒介に放たれた、ライラがサキの前に立ちはだかる。
稲妻の蔦がフォトニック結晶から現れ、白と黒の翼槍を絡めとった。
サキの体で、足掻くリリスを、ヴァージニアとライラの二人が、フォトニック結晶と稲妻の力を強めて拘束。
ロックは黒と赤の稲妻の剣を下げ、眼を焼かんとする光に包まれるサキに向かって加速した。
剣先を右脚から斬り上げると、
「ロック……」
「何も考えず、
ロックは紅黒の翼剣を、戸惑うサキの上から叩き落とした。
ロックの放った赤と黒の雷波が、サキを打ち付ける。
ロックから何合も放たれる雷霆の破壊熱力に、ヴァージニアとライラは、歯を食いしばり耐えた。
剣から放たれた赤と黒の奔流が、サキにぶつかり、バラード湾から広がる。
力の波が、港湾で拮抗するシャロンに伝わったのを、ロックはサキの体で怯える月白色の眼で知った。
シャロンの
「力が戻ってきた!」
「むしろ……
飴色の大鎌使いと苔色の双剣使いが、口々に言った。
”ウィッカー・マン”の継ぎ接ぎのサロメに、ブルースのヘヴンズ・ドライヴの旋毛風が吹く。
大猩々の”ガンビー”、”四つん這い”の”クァトロ”に、扁桃頭の”フル・フロンタル”の胴体と共に、サロメが緑色の双迅に舞い上がる。
舞い上がったサロメと”ウィッカー・マン”は、黄金の竜巻に飲み込まれた。黄金の特殊ナノ研磨剤に削られ、サロメは紅いドレスを纏った右腕だけの胸像に仕立てられていく。
胸から上だけを残したサロメの象牙眼が、サキを反射した。
ロックはサキに、赤黒く輝く翼剣を再度、叩きつける。
ロックとサキの間で、雷鳴が轟いた。
熱力の雷鳴が、サキに纏わりつき始めると、
「
サキの咆哮と共に、リリスは雄叫びを上げながら、宿主とする少女の体から飛ばされた。
彼女の声と守護者たちから放たれた熱出力が、体から離れたリリスを青く光る”救世の剣”の欠片に再び、押し込める。
ロックは黒と赤の稲妻と化した翼剣を、”救世の剣”の欠片に背を叩きつけられたリリスに突き立てた。
赤い外套の戦士の放った右の突きからの薙ぎ払いは、”救世の剣”ごとリリスを切り裂く。
二つに分かれた”救世の剣”に、斬閃の軌跡をロックは幾重にも刻んだ。
”救世の剣”は、ロックの斬撃の熱力と内包されていた熱力と合わさり、白色に輝いて爆発。
電影となったリリスの脚線美が、その熱で吹き飛ぶ。
上半身を防ぐ為に突き出した両腕が失われると、
「リリス……私の中に!」
右腕だけのサロメが、リリスとロックの間に割り込んだ。
「
サミュエルの声が陸から発せられ、砂塵を一直線に集めると、胸像となったサロメを貫いた。
噴進砂塵の槍から苦悶の声が、サロメの石榴色の唇から漏れる。
象牙眼の胸像と、月白色の電影の二人は、”救世の剣”の爆発の中に飲み込まれた。
だが、その熱波が、ロックを襲う。
青い光の爆発に揺らされながら、
――サキ!?
ロックは、サキを探す。
リリスを吹き飛ばした時に力を使い果たしたのか、彼女は意識を失い、彼よりも遠くへ飛ばされていた。
眼を閉じたサキの手を目指し、ロックは右手を突き出す。
彼女の手を掴みかけ、ロックは意識を失った。
※※※
その後、湾からの恒星の爆発を思わせる閃光と共に、工場跡地に残されたウィッカー・マンも消失。
潮の匂いと鉄の匂いのする更地同然の、工場跡地を朝日が、そこに立つブルース=バルトも照らしていた。
朝日に照らされた瓦礫の中を、苔色の外套の目の前で、バンクーバー市警と”ワールド・シェパード社”の兵士が、工場跡地を駆け回っている。
”ウィッカー・マン”との戦いで見かけた数よりも、ブルースは兵士達の数が増えている様に見えた。
負傷した互いの陣営の戦士たちの治療の為、バンクーバー市外にも展開していた”ワールド・シェパード社”の兵士も駆け付けたのだろうか。
近い内に、カナダ他州の警察関係者や、米国からも救援が来るかもしれない。
だが、そんな人命救助や状況確認で奔走している者を他所に、人だかりが出来ていた。
ブルース=バルトは、興味を引く何かを確認し、携帯端末を取り出す。
端末に言葉を入れると、
「ブルース……」
先程、電話機能で呼ばれた銀甲冑の男――ナオト=ハシモト――の眼は、ブルースの曖昧な笑みを映す。
彼の眼は、ブルースの足元にいる二人の男女も含めた。
紅い外套はロックで、トレーナーを着た少女はサキである。
何故か、ロックがサキを覆って地面で寝ていた。
溜息を吐いたナオトの背でバンクーバー市の救急車が二台、警告灯を輝かせて港湾跡地に流れ込む。
ロックとサキはそれぞれ、隊員たちによって救急車に運ばれた。
ブルースは救急隊員によって、二人が運ばれる前のことを思い出す。
――やっと、
”グランヴィル・アイランド”で掴めなかった、サキの救いを求める手。
それがサキを覆う形で、ロックは右手が彼女の左掌を重ねていたことを。