第142話 死神ちゃんと人外
〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を求めてダンジョンを|彷徨《さまよ》っていた死神ちゃんは、思わずぎょっとしてその場に浮いた状態で停止した。ターゲットと思しき団体の中に、|小人族《コビート》よりも体の小さな冒険者が混じっていたのだが、どう見ても
しかしながら、
「それにしても、いつ見ても不思議なちょんまげね。まるで、葉っぱみたい」
「いやそれ、正真正銘葉っぱだから!」
思わず、死神ちゃんは大声でツッコミを入れた。
「あら、こんなところに小さな女の子がいるだなんて。あなたもドラ五郎さんと同じ小人族なの? 浮いているのは、超能力者だからかしら?」
女性はおもむろに死神ちゃんへと近づいていった。ドラ五郎と呼ばれた人外が必死に「そいつはいけねぇ」と繰り返していたのだが、それに構うこともなく彼女は死神ちゃんを抱きかかえた。
* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *
「あら、何で信頼度が下がるのよ」
「だってそりゃあ、ドラ五郎さんが止めるのも無視して、見知らぬ幼女を抱っこしに行くから……。幼女に見せかけて実はモンスターでしたとかあったら、どうするんだよ」
僧侶の彼女が死神ちゃんを抱きかかえたまま顔をしかめさせると、仲間の一人がため息をついた。ドラ五郎は申し訳無さそうに頭を掻くと、しょんぼりと肩を落とした。
「その嬢ちゃんは死神なんでさあ。姉さんがとり憑かれちまったのは、咄嗟に〈死神〉という単語が出てこずに〈いけねぇ〉しか言えなかった俺の落ち度だ。すまねぇ……」
「まあ、ドラ五郎さんが謝る必要はないわ! 私の方こそ、折角の忠告を無視してごめんなさい!」
僧侶は目に涙を浮かべると、死神ちゃんを開放して膝をついた。そしてドラ五郎と呼ばれている〈武者鎧を身につけたマンドラゴラ〉の手をとると、後悔するようにはらはらと泣き始めた。マンドラゴラはそんな彼女の肩を抱き、一緒になって涙を流していた。死神ちゃんは呆れ眼を細めると、抑揚のない声でポツリと呟いた。
「これは一体、何の茶番なんだよ」
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死神を祓うべく、一行は一階を目指して歩き出した。死神ちゃんはマンドラゴラと一緒に、彼らの一番後ろを歩いていた。二人はダラダラと歩きながら、念のため他の冒険者達に聞こえないようにと声を潜めた。
「使えない三下が修行の旅に出されたって聞いてはいたけど、本当だったんだな」
「嬢ちゃん、それは一体どこから聞いたんですかい!?」
「ついこの前、アスフォデルの住処に行ったんだよ。その時に。ていうか、〈満 ドラ五郎〉って偽名、捻りなさすぎだろう。もうちょっといいの、思いつかなかったのかよ」
死神ちゃんがハンと息をつくと、三下はふるふると震えだした。話の途中からはもう聞いていなかったようで、三下は怒り顔を俯かせるとボソリと呟いた。
「くっ……あのラン科植物め……」
「黙れよ、ナス科植物」
死神ちゃんが横目で三下を睨みつけると、彼は悔しそうに口をぎゅっと|噤《つぐ》んだ。一転してハッとした顔をすると、彼は腕輪を操作し、腕輪に向かって何やらボソボソと話し始めた。
死神ちゃんが顔をしかめると、どこかとの話を終えたマンドラゴラはニヤリと笑った。そして死神ちゃんに腕輪を見せてきた。――一見すると冒険者と同じ緑の腕輪なのだが、よくよく見てみると細工が施されていた。緑色のものはカバーであり、その下に光沢のある黒がちらりと覗いていたのである。
「何で、俺らと同じ〈職員用〉の腕輪なんだよ! しかも、どうしてそれで冒険者とパーティー組めてるんだよ、おかしいだろ!」
「俺のための特別仕様でさあ。冒険者さんとパーティーは組めますが、それ以外は職員さんと同じ扱いなんですぜ。ちなみにさっきは〈修復課〉の方々に連絡を取っておりやした。修繕の必要な場所を見つけやしたもんですから」
死神ちゃんが唖然としていると、一行はモンスターと遭遇した。何とか撃退し、傷ついた仲間達に僧侶が回復魔法をかけようとした。三下はそれを制止すると、フッと格好良く笑って言った。
「姉さんの回復魔法はここぞと言う時に取っておいたほうがいい。だからここは、俺に任せちゃあくれねえか」
そう言って三下は彼らから少し離れると、彼らの目に付かぬようにこそこそと何やら作業をし始めた。彼は懐からナイフを取り出しすと、指の先の皮をほんの少しだけ剥いた。
「俺のとっておきの薬だ。飲んでくれ」
「そんな、貴重なもの頂けないよ」
「このくらいすぐさま元にもど……結構意外とすぐに手に入るんだ。気にせず、いってくれ」
仲間達は三下が何やら言い直したことを不思議に思ったのか、目をパチクリとさせた。しかし、気にしなくていいという言葉に微笑むと、礼を述べながら薬を受け取って飲んだ。すると、たちまち彼らの傷は治り、活力もみなぎった。驚いた彼らは顔を見合わせると笑い合った。
「いやあ、こんなに効く薬、初めて飲むよ!」
「俺は攻撃系の調合がメインだから、回復薬を作るのは苦手なんだよな。まさか、ドラ五郎さんが錬金術士のスキルも持っていて、こんなに素晴らしい薬が作れるだなんて」
「ははは、お前、ドラ五郎さんの爪の垢でも飲ませてもらったらどうだ?」
冗談を言い合い笑い合う彼らをじっとりとした目で眺めながら、死神ちゃんは「今まさに飲んだだろう」と心の中でツッコミを入れた。
一行は再び一階目指して歩き出した。そしてまた、モンスターと遭遇した。仲間達が必死に戦うのを見ていた三下は、自分も戦いに参加すべく腰に下げていたブツにゆっくりと手をかけた。そしてそれを構えながら、彼は死神ちゃんに向かってニヤリと笑った。
「嬢ちゃん。俺の勇姿、見ていてくれ」
「いやいやいや! 何でお前、侍の格好してて武器がおたまなんだよ! おかしいだろう!」
死神ちゃんが素っ頓狂な声を上げるのもお構いなしに、三下はモンスターへと突っ込んでいった。もちろん、調理するよりされるほうな彼が調理器具で攻撃したところで大したダメージは出せていなかった。それでも必死にポコポコとおたまを振るう三下の姿に、彼の仲間達は何故か〈これで勝ったも同然〉というかのような雰囲気を出した。
「ドラ五郎さんに負けないよう頑張るぞ、お前ら!」
「おうともよ!」
「ドラ五郎さん、素敵! 今晩、抱いて!」
「ははっ、よせやい。――さあ、みなさん。気張っていきましょうや!」
鬨の声を上げる彼らの姿を、死神ちゃんは表情もなく見守っていた。そして再びポツリと「これ、何の茶番?」と口にした。
気合を入れなおした冒険者達であったが、モンスターに圧されたままの状態を打破することが出来ずにいた。疲弊の色が濃くなってきた頃、三下はゴクリと生唾を飲み込むと仲間達に向かって叫んだ。
「奥の手を使う! みなさん、耳を塞いでくだせえ!」
そう言って、彼は力の限りの〈呪いの叫び〉を発した。叫び声に誘われて空間に滲み出てきた黒い|靄《もや》にモンスターが飲み込まれていくのを眺めながら、仲間達は感心と羨望の眼差しで三下を眺めた。
「ドラ五郎さん、吟遊詩人のスキルも使えるんだ……。芸達者で、すごいなあ……」
感嘆の息を漏らしながら、仲間達はそのまま累々と倒れ伏した。しっかり耳を塞いではいたものの、マンドラゴラの呪いの叫びはそんなものでは防ぎきれなかったのだ。
「お前、これ、本当に修行の意味、あんの……?」
モンスターだけならまだしも仲間まで倒してしまい、更には通りがかりの冒険者まで巻き込んだ惨憺たる現場をぐるりと眺め回して、死神ちゃんは呆れ果てた。自慢の葉っぱをしおしおにしてしょんぼりと死体回収を行うマンドラゴラに「お疲れ」と声をかけると、死神ちゃんはとぼとぼと去っていったのだった。
――――後日聞いたところによると、この失態を受けて、修行内容が〈ダンジョン内のどこかのお店でアルバイト〉に変更になったらしいDEATH。