第124話 死神ちゃんと愛されっ子②
死神ちゃんは目標を定めると一気に間合いを詰めた。途中、何やらキャンキャンと吠えられたような気がしたのだが、そんなことなど気にせずに目標へと突っ込んでいった。
対象に恐怖を与え、とり憑きが成功してステータス妖精さんが飛び出すと、先ほどキャンキャンと声を上げていたモノが一目散に遠くへ駆けていった。冒険者一同はそれにぎょっとすると、彼らのうちの一人――召喚士らしき男が慌てて|それ《・・》を追いかけるべく走りだした。死神ちゃんは、そんな彼らの様子に何となく懐かしさを覚えた。
しばらくして、召喚士がヘトヘトの状態で戻ってきた。彼はげっそりとした面持ちで、チワワのような見た目の獣人の首根っこを掴んでいた。
「みんな、ごめんねえ……」
「仕方ないよ、そういう|性《さが》だものな! 気にするな!」
「無事に帰ってきたのなら、言うことなしだ! ほら、ビーフジャーキー食うか?」
「それよりも、水のほうがいいだろう。いっぱい走ってのどが渇いているだろうからな。――どうだ、ん?」
ぷるぷると震えるチワワに、男達は必死に捲し立てた。怒るどころか励まし甘やかす男性陣に、チワワはふと顔を上げた。その瞳はうるうるに潤んでいて、彼らはそれを見るなり悲しそうな表情を浮かべ、そして我も我もとチワワに抱きついた。
グリグリと頭を撫でながら一生懸命にチワワを励ます彼らを、死神ちゃんは呆然と見つめた。そして何か思いだしたと言わんばかりに、嗚呼と声を上げて驚いた。
「お前、愛されっ子のマカロンくんじゃあないか! すごく久しぶりだなあ! お前、女性召喚士と契約して女性ばかりのパーティーにいたよな? 彼女達はどうしたんだ?」
マカロンくんはあれよあれよという間に装備を剥がされ、タオルでわしわしと汗を拭かれ、ブラシでグルーミングされていた。彼はジャーキーと水を受け取りながら、しょんぼりと表情を暗くした。
「死神ちゃん、お久しぶり。僕ね、あの子たちとはお別れしたの」
「へえ、そりゃまたどうして?」
マカロンくんはストローにチュウと吸い付き水をひとくち飲むと、フウと悲しげなため息をついた。何でもあのあと、戦士としての第一歩を踏み出したマカロンくんは一層の活躍をすべく燃えに燃えていたのだそうだ。しかし、マカロンくんが張り切れば張り切るほど、彼女たちは悲痛な表情を浮かべ、涙を浮かべるようになった。果ては「冒険者業を引退して、マカロンくんと楽しくて平和な毎日を過ごそう」と言い出す始末で、彼女たちの提案に同意しかねたマカロンくんは仕方なく契約解除をお願いしたのだそうだ。
「あの子たちは僕のこと、本当に可愛がってくれたよ。でも僕は癒やし担当じゃなくて、戦士だもの。戦えなかったら意味がないもの」
「……その割に、今も絶賛甘やかされているじゃないか」
死神ちゃんが呆れ眼でそう言うと、マカロンくんはニッコリと微笑み、ぷるぷると首を横に振った。たしかに彼らは戦闘のないときにはベタベタに可愛がってくる。しかし、ひとたび戦闘となると、とても厳しい怒号が飛び交うのだそうだ。彼らのパーティーは現在前衛職が欠けているため、マカロンくんを戦力としてきちんとカウントしてくれるのだとか。
「それだけじゃあないぜ」
不意に、召喚士が会話に割って入ってきた。彼は不敵にニヤリと笑うと、得意気に親指を立てた。
「俺はこう見えて、本来の職業は闘犬の訓練士なんだ。ちっこい体ながらも戦士になりたいと夢見て必死に頑張るマカロンの|漢《おとこ》気を応援するのは、同じ男として、そして訓練士として当然だろう?」
彼は、国の抱える軍や街の自警団に育てた闘犬を買ってもらうことを生業にしているのだとか。〈戦う犬〉を育てるのが仕事の彼と契約を結んだのは偶然なのだそうだが、これほどマカロンくんにとって願ってもないことはなかった。
マカロンくんはふと、淋しげに首元に手を伸ばした。そこにはかつて身に着けていた赤いバンダナではなく、縄のようなものが巻かれていた。
「僕、権左衛門さんのような強い戦士になるって決めたんだもん。一生懸命頑張って、少しずつ近づいていけてると思うんだ。――死神ちゃん、僕の勇士、是非見てよ!」
死神ちゃんは頷くと、その縄はどうしたのかと尋ねた。すると、マカロンくんは目を今までになくうるうるとさせながらポツリと言った。
「これね、権左衛門さんの形見なの……」
何でも、マカロンくんのお隣さんである歴戦の土佐犬・権左衛門さんは先日、不慮の事故で亡くなったらしい。彼が首に巻いているのは、その権左衛門さんが普段から身に着けていた化粧廻しについていた〈さがり〉という飾りなのだそうだ。
ポロリと涙を一粒こぼしたマカロンくんの頭を撫でてやると、死神ちゃんは控えめに笑って言った。
「きっと、権左衛門さんはお前の成長を見ていてくれているよ。だから、諦めずに夢を叶えるんだ」
マカロンくんは涙を拭うと、元気よく頷いた。仲間の男達はマカロンくんの頭を代わる代わる撫でると、死神を祓うべく一階目指して出発した。
たしかに、マカロンくんの戦士としての成長は目覚ましいものがあった。召喚士の指示を仰ぎながら見事な立ち回りを披露し、パーティーメンバーと支え合いながら戦闘の第一線で活躍していた。
「いいぞ! そのまま集中していけ!」
「はい、ご主人!」
元気よく返事をしながら、マカロンくんは剣を振り続けた。戦闘が終わると、彼は仲間達から感謝の言葉をかけられ、そして可愛がられていた。――今度こそ、本当の意味で愛されているなあと、彼らを眺めながら死神ちゃんは思い、一人頷いた。
何度めかの戦闘で、彼らは強力なモンスターの群れに囲まれた。ここぞとばかりに奮起したマカロンくんは威勢よく叫んだ。
「ご主人は……みんなは、この僕が守るんだ! 守るん――」
突然、マカロンくんは言い淀んだ。そして、剣で相手の攻撃を受け止めた状態のまま、マカロンくんの視線はどこか別の場所に飛んだ。召喚士が「集中しろ」と繰り返したものの、とうとうマカロンくんは誘惑に打ち勝てず戦闘を放棄してしまった。
剣を投げ捨て、何処かへと飛んで行く可愛らしい|妖精竜《フェアリードラゴン》を嬉しそうに追いかけていくマカロンくんの背中を見つめながら、召喚士ががくりと膝をついた。
「だから、集中しろよおおおおおお!」
召喚士の叫びがこだまする中、仲間の一人が灰と化した。死神ちゃんは苦笑いを浮かべて「まだまだだな」と呟き肩を竦めると、壁の中へと消えていったのだった。
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死神ちゃんが待機室に戻ってくると、マスティフのような|厳《いか》つい筋肉質な犬の獣人がモニターの前でおいおいと泣いていた。死神ちゃんは彼に近づいていくと、心なしか眉根を寄せて遠慮がちに声をかけた。
「もしかして、土佐犬の権左衛門さん……?」
「はい、そうやか。あしが権左衛門やか。マカロン、あがーに逞しくなって……」
死神ちゃんは絶句した。たしかにマカロンくんに「きっと権左衛門が見守っていてくれている」と言いはしたが、まさかこんなにも近くで見守っていたとは。
死神ちゃんがぎょっとした顔で固まっていると、グレゴリーがため息混じりに言った。
「俺ら獣人にゃあ、たまにあるんだよな。身内や知り合いが召喚されてくるっていうの。獣の感で正体がバレちまう恐れがあるから、身内が召喚されてる時はダンジョンに出られねえんだよ。面倒くせえったら。しかもまさか、研修中にそれが起きるとか。研修が進まなくて、ますます面倒くせえよ」
「ちなみに、私の身内もよく召喚されてくるぞ」
さらりと会話に混ざりこんできたチベスナをじっとりと見つめて適当な相槌を返すと、死神ちゃんは首を傾げた。
「そう言えば、権左衛門さんは不慮の事故で亡くなったんだって? 歴戦の戦士でも、そんなことがあるんだな」
「はい、飛び出してきた子供を助けようとして、トラックに跳ねられて死にちゅう」
「何だよ、その死に方。ライトノベルの主人公か何かかよ」
涙を拭いながらボソボソと土佐弁混じりにそう言う権左衛門に、死神ちゃんは顔をしかめた。ため息ひとつつき、まあ頑張れと適当に声をかけると、死神ちゃんは再びダンジョンへと出動していったのだった。
――――相手を腐らせる愛あれば、育てる愛あり。そして、見守る愛あり。〈愛され方〉によって、人というのは変わるものなのDEATH。