姦計―③―
午後10:17 スタンレー・パーク
スタンレー・パークの北側に、ロックはいた。
先程、戦ったアンティパスを木製の長椅子に横たえる。
戦った後、彼の脈を確認したロック。雨降る夜に、森林に放置するのも気が引けたので、雨を凌げる場所を探した。
そうして歩く中、蹴球か野球が出来る程の広場――競技場を、公園の北側で見つける。
選手の待機するベンチがあったので、アンティパスをそこに運んだのだ。
右手をアンティパスの喉に、再度当て、呼吸が途切れていないことを見極める。
アンティパスの横たわっている場所の隣のベンチに、ロックは腰を深く下した。
あの様な戦いをした後でも、ロックの中では、アンティパスが死んでいない事実への安堵が心の中を大きく占めている。
――何だ……あの記憶は?
ロックは、
戦った時に見えた、スカーフの青年の目に映る鉢金の青年。
まるで、自分が、
しかし、ロックの中で、
――アンティパス……体と中身が違っていた……?
スカーフを着た青年の姿が、
だが、ロックは目の前の違和感について、ある事実に気付いた。
「……
疑問を抱きながらも、ロックは翼剣”ブラック・クイーン”を右手に構える。
球技が出来る程広く、木々に囲まれた広場に、無粋な”
それを見ていた時に、端末が振動する。
左手で端末を取ると、画面に、音声ではなく文字の着信が何度か来ていることが告げられていた。
しかも、ブルースからである。
彼からの新しい着信に目を通すと、
<”ワールド・シェパード社”の人型戦車が狙っている。気を付けろ>
そのあとに続くのは、人型戦車――“蹄鉄”――の種類についての詳細だが、
<手遅れ>
ロックは寸暇を置かず、返信。
翼剣”ブラック・クイーン”を右手に走り出した。
長い脚を折りたたんだ一体――”ラ・ファイエット”が、雨風と大地を吹き飛ばす跳躍する。
飛び散る土片が、ロックの視界と進路を覆った。
土煙を避け、ロックは二時の方向に移動する。
蹄鉄のいない広い場所を目指したが、”蹄鉄”:“コシュチュシュコ”の肥大した肩部の右拳が、その道を閉ざした。
ロックは、右腕のブラック・クイーンを人型戦車の右腕に突き出した。
振りかぶった翼剣の護拳から生じた紅黒い雷が、鉄拳骨とぶつかり、空間を裂く轟音を撒き散らす。
ロックは、蹄鉄の膂力の反作用で、泥と共に宙を舞った。
――ぬかるんでいるなら……。
飛ばされながらも、”ブラック・クイーン”の護拳から、ロックは銃を抜き、大地へ向けた。
鉄の機巧人形の足元から、”
足元の緩まされた地盤に、地団太を踏まされる鉄の巨体。
ロックは、”イニュエンド”を前かがみで翼剣に戻し、“コシュチュシコ”に疾走した。
だが、ロックは歩を止め、人型戦車への追撃を断念する。
ロックの前から飛んできた、飛翔体を避ける為だ。
機種は不明だが、両腕から延びた穴の開いた長方形の箱を持つ、三体目の”蹄鉄”。
三体目の右腕の後ろから、排出煙が出ている。
名前については、
思考しているロックの真上から降り立つ、跳躍型“蹄鉄”、”ラ・ファイエット”。
重力を使った位置力による踏みつぶしが、紅い外套の少年に迫る。
落下地点の近くで発生した位置熱力による衝撃波が、辛うじて躱したロックの足元から自由を奪い取った。
駆けるロックの足下を、揺るがす大地。
目の前に現れた、“コシュチュシュコ”の体当たりが彼の行く手を阻む。
ロックは接触を避けたが、右肩部から放たれる鉄拳が、彼の回避の速さを上回っていた。
辛うじて半身を左回転、ロックは“コシュチュシコ”の右の鉄拳に、翼剣の護拳を当てる。
だが、“コシュチュシコ”の繰り出した右拳の衝撃を利用して、ロックは肩の肥大化した鉄蟹から逃れた。
だが、吹き飛ばされたロックの背中に、何かが当たる。
刹那、ロックの胴が締め付けられ、骨の軋む音が全身を伝った。
空で固定されたロックは、二体の”蹄鉄”から放たれた照明に晒される。
紅い外套を覆う鋼鉄の五指が、輪郭を鈍く輝いていた。
鋼鉄の手は、鉄箱の付いた右腕から伸びている。
ロックは痛みと共に、”蹄鉄”へ目を向け、
『”
両腕に箱の付いた蹄鉄から、電子加工された声が聞こえた。
「カイル=ウィリアムス……テメェ、
ロックは、吐き捨てる。返事は電子化された声ではなく、彼の体に激痛として返ってきた。
「”ウィッカー・マン”対策の兵器開発とはいえ、
『少なくとも、この”ジャクソン”でお前を捕まえられたのは、
電子加工されたカイル=ウィリアムスの音声が、雨の降る広場に広がる。
ロックの耳に入る雨音に骨の軋む音が混じり、体の節々を伝う雨粒が痛みを呼び起こした。
『安心しろ……。ジャクソンのAIの中には、成人男性の骨格のデータが入っている。死ぬことなく苦しめることも出来る』
「取り敢えず、その安心できない語彙にまみれたビッグデータをどうにかしろ……
嗜虐の色が混じるカイルに向けた言葉の返答を、ロックは腰からの激痛として受け取る。
肺が圧迫され、ロックの口から呼吸が途切れがちに出た。
『ロック=ハイロウズ……お前には”ワールド・シェパード社”の仲間が世話になった。特に、ジェイソンの顔が今も良く浮かぶよ』
「覚えているぜ。あの
ロックは、欧州で戦った黒と白の甲冑に身を纏った兵士たちを思い出す。
ナオトの様に、UNTOLDを危険視するものもいれば、
『
「戦場行って、
鋼鉄の甲羅の中から声は、出なかった。
代わりにロックを掴む鋼鉄の拳、人工筋肉と電子駆動関節の腕の駆動音として表れる。
力をさらに強めるつもりだろうか。だが、ロックの右腕の動きが速かった。
力を強めようと、自分を掴む掌をカイルが緩めた瞬間、ロックの右手の”ブラック・クイーン”から紫電が放たれる。
“
人間の腕を完全に再現できる義手は、現在の技術では存在しない。
成人男性の骨格の平均的な数値を日本の高等教育機関が纏められる段階まで来て、その精度は高まりつつある。
しかし、それでも
必然的に、人工筋肉と関節は、電力の
大きな火花を散らしながら、ロックは右脚の蹴りから生んだ反動で飛ぶ。
しかし、彼の足元から迫る、脚力強化型の蹄鉄”ラ・ファイエット”。
その体が、ロックの体から雨を遮る様に覆う。機械の熱源から来る、熱波が、彼を包んだ。
鉄の腕が、両腕を組み、一つの腕槌として振り下ろす。
ロックの”ブラック・クイーン”による上段受けが、間に合う速度ではなかった。
ラ・ファイエットからの叩きつけ攻撃だけでなく、
彼の目の前で、鉄の壊れる音が響いた。
脚力強化型は、両手を組んだまま腕をのけ反らせながら、空中で一回転して、地に落ちる。
雨に運ばれた、微かなセメントの土臭さが、ロックの鼻を突く。
彼が足元を見ると、精悍な美丈夫が、その背を上回る円筒の剣を大地に突き立てた。
「アンティパス……!?」