是正3
そうして暫く思案してみるも、中々これといった答えに辿り着けない。
以前には出来て、今には出来ない。そこに何かしらの答えが在るはずなのだが、思いつくモノは悉くがそれについて説明しきれないものばかり。
首を捻りながら難しい顔で考えてみるも、答えは出てこない。しょうがないので、この考えは一旦横に措く事にした。
しかし、答えは既に持っているような気がしてはいるんだがな。まあいい。
上手くいかない理由について考えても答えが出なかったので、次は今出来ている部分で、上手くいく方法を思案してみる事にする。
「現在の処理能力は肉眼で見るぐらいの範囲か、やや劣る程度。あまりごちゃごちゃとした場所では使えなさそうだが、この地下空間のように物が少ない場所であれば、まだ何とかなっている。これは上ではあまり使えないな。もう少し対象を絞った方がいいか。地下一階のプラタが設置している魔法道具には遠く及ばないが、それでも自室の魔法道具を調べる程度でも苦労しそうだからな。まぁ、魔法道具は複雑な情報の塊みたいなものだが」
ボクやプラタが創造するような魔法道具は、材質からして普通とは異なっている。何処にでも在るような普通の素材では、内蔵できる情報量が少なくてろくな魔法が組み込めないのだ。なので、その辺りを踏まえて改造している。
普通の素材がただの一枚の板だとすると、ボクやプラタが魔法道具の素材として創造する素材は、同じ見た目の板でも内部で何重にも折りこまれている様なものだ。その両者では、見た目は同じでも密度が異なっているので、全くの別物といえるだろう。
そんな素材だけでも情報量が多いのだが、そこに更に魔法が緻密に組み込まれているので、魔法道具一つでもまともに解析しようとすれば軽く頭痛がするぐらいだ。
それが山のように在るのが地下一階。改めて考えてみると、なんでそれを解析してみようと思ったのやら。
地下一階ほどではないにせよ、ボクの部屋にも結構な数の魔法道具が転がっている。これでもちょくちょく分解して数を減らしているのだが、修練がてらにたまに魔法道具を量産しているので、減ったらその分一気に数が増えていたりで中々減ってはくれない。
中には安全性にあまり配慮せずに限界まで挑戦した魔法道具もあるので、それは更に解析に時間を要する。というか放置は危ないので、そういったモノは実験を終えたらすぐに分解しているのだが、何故か掃除しているとたまに見つけるんだよな。無意識に創っていたりするんだろうか? 謎だな。
ともかく、そういった情報の塊である魔法道具の解析までしてしまうと、処理能力に著しく負担をかけてしまうので、この辺りは回避か、そこにそれが在るという認識だけに留めておくべきだろう。
他にも一気に情報を処理するのではなく、情報処理能力が以前よりもやや低下しているようなので、もう少し情報を取得する範囲を狭めてもいいかもしれない。
収集する情報の見直しも必要だな。肉眼で見るような情報は無駄が多い。この辺りはその時々で調整していかなければならないから、今は何とも言えないか。
「情報の処理方法を変える・・・のは難しいか。今やっているのも、前に出来たから出来ているだけのような気がするからな。むしろ未だに使える事に驚きだし」
世界の眼の使用時に魔法を行使する。それは非常に困難な事だ。それでも現在、世界の眼を使用した時に収集する情報を制限出来ているのは、かつて兄さんの身体を借りていた時に苦心の末になんとか完成させた魔法の感覚が残っていたからに過ぎない。現に情報の制限以外の魔法は行使出来ていない。
なので、その方式を変えるというのは無理な話というもの。制限する情報の選択ぐらいなら何とかなるが、それを根本から変えるというのは、今のボクでは明らかに技量が足りていないだろう。
かといって情報処理能力が低下している以上無理も出来ないし、そうなると取得する情報を減らすしか道はないだろう。
「考えるまでもなかったな。結局はもっと精進しなければその段階ですらないという事だし」
頭をかいてため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。何時までも同じ事を考えてはいられないので、そろそろ次の修練に移るとしよう。
次の修練は魔法だ。可能な限り速く魔法を発現させ、かつ魔力効率を上昇させて使用量を減らし、それでいながら威力や精度の上昇か。どれも基礎的なものだが、これが結構重要な事だ。基礎を疎かにしてはいけないのは、言うまでもないしな。
さて、それじゃあまずは基本的な魔法から。
「問題ないとは思うが、火は止めておこう。水も同じだな。土も汚れそうだし、ここは風が妥当か」
どの魔法を使って修練するかを思案し、無難に風系統の魔法に決める。空気を動かすだけなら汚す事も壊す事もそうそうないからな。
そういう訳で、まずは周囲の空気を動かしてみる。やるのはそれだけ。ただし、ボクは僅かも動かない。
「・・・・・・」
周囲の空気を動かす程度であれば特に気負う必要もなく出来るのだが、これは先へと繋げる為の修練なので一度深呼吸をしてみる。そうして意識を集中させた後、早速魔法を行使していく。
ただ周囲に在っただけの空気を動かすなど、容易も容易。魔法を構築する必要はなく、その前動作で勝手に空気が動く。といっても大きく動くわけではないので、そのまま魔法を行使する。
行使した魔法に従い、周囲の空気が吸い込まれるように一点へと集まってくる。そうして瞬く間に手のひらに乗る大きさの風の球体が完成した。
これをこのまま放ったら攻撃魔法になるが、込められた魔力は小さいので、当たっても前髪を揺らす程度の風が吹き抜けていったぐらいの認識だろう。
それでも周囲の空気が動いたので十分だろう。今回は試しに魔法を構築してみるのが目的だし。
今構築した魔法を振り返ってみると、魔力効率は悪くはなかった。展開速度も手順を振り返りながらにしては良かったし、変に鈍ってはいないようで安心した。
今回が兄さんの身体からこの身体になってはじめての魔法という訳ではないが、それでも緊張する。以前よりは大分魔力が馴染んだので、違和感はほとんどなさそうだ。
確認の意味も込めた一発が終わったので、次はもう少し威力を上げてみる。発現させる魔法は、先程と同じ風の球体を創り上げる魔法。
威力をかなり抑えて流れるように発現させた後、それを離れた場所に設置してある的の一つへと放つ。
魔法を放った的は木で出来ている様に見えるが、実際はプラタの創った魔法道具なのでかなり頑丈だ。
的には幾つか種類があり、見た目だけではなく強度の違いでも的の種類がある。そして今回魔法を放った的は、強度はあまり高くない的。
なので破壊しようと思えば破壊は簡単ではあるが、今回は的を破壊するほどの威力を魔法に込めていないので、破壊まではしていない。しかしそれでも、的の縁の方が少し削れた。
「うーん・・・魔力効率は問題ないはずだが、このままではまだ駄目なんだろうな。それでも今は、魔法の方の改良を試した方がいいか」
魔力効率は今でも十分に高い。プラタやシトリーには劣るが、それでも十分過ぎるほどに高いはずだ。兄さんの身体に居た時よりは若干下がった気がするが、それでも高い水準ではある。
それを今よりも改善しようとするとなると、結構な長丁場になるだろう。なので、それはそれで別にやるとして、今は短期的に改善が望めるかもしれない魔法の方を改良してみた方がいいかもしれない。
「同量の魔力でより威力を上げる方法か・・・魔力が循環する速度や効率を上げる以外にも、形を変えてもいいか? 強度を均一にしないというのも一つの手ではあるが、これは慣れないと扱いづらいな」
強度を変えるというのは、魔法を任意の方向に崩壊させる事で属性による攻撃を行使するという方法。
魔法は魔力に戻る時に変換した属性の特性を周囲にまき散らすので、それを狙った攻撃方法だが、これは慣れていなければ敵は無傷でこちら側に攻撃がきてしまう。なんてことになりかねない。もしくは明後日の方向に属性が解放されて不発に終わるというのも考えられるか。
魔法はそのままの形で飛んでいくものばかりではないので、その辺りの把握は困難だ。しかし、それを完ぺきにこなせるようになれば、かなりの戦力強化になるだろう。なので、状況把握能力も上げないといけないな。
「やはり実戦が必要だろうか? いきなりは必要ないだろうが、慣れたら実戦で試してみないとな」
まずは各魔法の動きを理解しなければならない。例えば先程の風球だと、風を回転させているので動きの把握が難しい。強度の違いも出しにくいので、この辺りの工夫も必要か。
「うーん。もっと簡単に扱えるようになればいいのにな。特に風と水系統は扱いにくいし」
形が一定ではない魔法はそういった制御が特に難しい。試しに威力を抑えた風球に指向性を与えてみたが、何も無い場所に風を開放しただけで終わった。
それを確認した後、少し考えてもう一度挑戦してみる。しかし結果は同じ。それから更に数回試してみて、やっと的の方に風が解放されたので一旦やめる。
威力は最初に的に放った魔法と同じだというのに、同じ強度の的の一部が破壊したので、やはり少しは威力上昇にはなっているようだ。
それから試した結果を基に考え、良い方法はないかと思案する。
「風球を構築している風を動かさないという事は出来ないから、他の方法を考えないといけないし」
手元に風を一ヵ所に留めて創った球体を現出させると、それに目を落とす。
暫くそれを観察していると、閃くモノがあった。
「この風の球自体に細工は難しい。であれば、それを殻で覆ってしまえば調整も楽になるんじゃないかな?」
殻の厚さを調整してしまえば、向きは簡単に指定できる。殻自体を動かせるようにすれば、相手に合わせて向きを変えられる様になるだろう。
しかし問題がない訳ではない。この殻は要は結界みたいなものなので、魔法が直接相手に当たることがなくなる。
勿論指向性を持たせた属性攻撃は出来るだろうが、魔法自体にも威力があるので、そちらも捨てがたい。
「というか、大抵相手は結界やら障壁やらと何かしらで護りを固めているから、魔法でそれを崩すか穴を開けて、そこに属性攻撃を叩き込んだ方がいいんだよな。属性攻撃の威力が上がったといっても、そこまで劇的にという訳でもないしな」
風球を分解して腕を組むと、どうしたものかと思案する。殻で覆うのも一つの方法ではあるが、それであれば魔法の形を変えて、それに沿った流れを与えた方がいいような気がするんだよな。
例えば球体にした風の塊の一部を尖らせて、そこから攻撃するとか。そうすればそこから先に崩れて、属性がその先端から吹き荒れると思う。そうすれば、指向性を与えた事にならないだろうか?
ただ、それも魔法が崩壊する最初の一瞬だけで、直ぐに魔法が崩れて拡散してしまいそうだが。うーん、瞬間火力としては優秀だろうが、これは難しいところだな。
それからも幾つか思い浮かんだ案を考察してみるが、どれもこれも一長一短で決め手に欠ける。今の時点での最有力候補は、魔法の形を変えて一瞬だけ最高火力を叩き出す方法だろうか。やはり一瞬とはいえ高火力が出るのは魅力的だ。それで倒せる敵も結構いると思うし。仮に倒せなくても、何かしらの傷は負わせられるだろう。
他に妙案も浮かばないので、長々と考えても仕方ないと思い、とりあえずそれを様々な魔法で試してみる事にした。
まずは風の魔法。集まった風を操作して
しかし多角にし過ぎたのか、思ったよりも角の部分が風の循環を阻害してしまい維持するのが大変なので、少し形を変えて円錐形にしてみた。これであれば、少しは風の循環もしやすくなるだろう。
そう思い少しの間観察した後、問題なさそうだったので的目掛けて魔法を放つ。
吸い込まれるように一直線に的へと飛んでいった魔法は、的に命中した瞬間、命中した部分を中心に小さいながらも的に丸い穴を開けた。
そのまま風が的を抜けていくも、直ぐに魔法全体が壊れて、風が周囲に霧散していった。これは対象が的だからこれで済んでいるが、相手が何かしらの生き物であれば、これに風の特性も追加される事になる。まぁ、基礎魔法なので大した効果は無いが。
結果を見れば、問題なく瞬間火力は上がっている。しかし、全体で見れば少し微妙だな。本来の形から変えた事で魔法が破損しやすくなっているので、これでは攻撃が命中したと同時に魔法が破損してしまっているようなモノだ。
瞬間火力を求めた結果、魔法自体の攻撃も一瞬で終わるという結果になってしまったので、何だか少し勿体ない。
この魔法の特性を考え、もっと有効に使用出来るようにするにはどうすればいいか。少し考えてみる。
「そうだな・・・この魔法は瞬間火力は望めるが、その分直ぐに魔法が壊れやすいのが欠点。なので、そこをどうにかして補う方法を模索すれば、直ぐにでも実践投入が可能になるだろう」
一瞬とはいえ本来の威力よりも高い威力を出せるのだから、そこは十分実戦的であろう。あとはもう少し使い勝手を良くしてやればそれだけで即使えるはずなのだ。
「魔法が壊れると、中の風が霧散してしまう。それから特性が解放されるが、こちらは今の段階では考慮するだけ無駄だろう。風の方はどうにか留めたいが、魔法が破損してしまっている時点でそれはもう留めようがないか。であれば、それを逆手に取れば使いやすくなるかもな。ではどうするかだが・・・・・・そうだな・・・・・・うーん・・・・・・うーむむむ・・・む!」
腕を組んで天井を見たり床を見たり目を瞑ったりして思案していると、また閃いた。どうやら今日は冴えているらしい。
「そうか! 魔法の破損によって風が周囲に霧散してしまうのであれば、それを外側で閉じ込めてしまえばいいのか!」
言っている事は殻で囲む方法と同じようだが、内容が少し異なる。
まずは先程よりも頑丈な魔法を創り、それを対象目掛けて放つ。そうする事で相手の肉を穿って身体の奥深くまで侵入させると、そこで魔法を壊して内部に風を吹き荒らせばいいという目論見だ。
無論、これは理想に過ぎない。実際は結界やら障壁の護りを抜けない可能性が高いし、そこを抜けても相手を傷つけられるとは限らない。相手の身体に刺さったとしても丁度良く壊れるのかも不明だし、風は開けた穴からだって逃げていく。
それでも運用方法の一つとしてはいいと思う。これをより上位の魔法にすれば、この方法も現実味を帯びてくると思うから。
「まぁ、所詮は可能性。可能性は可能性に過ぎないからな。それでも選択肢の一つとして持っているだけでも十分だろう」
そう思い、他の魔法でも試してみる。
因みにプラタが用意した的だが、完全に破壊しない限りは時間を掛けて自己修復してくれる優れものだ。回復速度はあまり早くはないが、それでもかなり便利だ。縁が少し欠けた程度であれば一時間もしないで元に戻るからな。
流石に先程穴を開けた的だと、修復に一日以上は掛かるだろうが。最初の方で一部吹き飛ばした的もそれぐらい掛かりそうだ。それでも的は大量に用意されているから問題ないが、強度別にすると、同じ強度の的ばかり使っていると少し余裕があるぐらいかな。
「そう頻繁に壊す物でもないから大丈夫だが」
流石にそんなに頻繁に壊すようであれば、見極めが出来ていないか、魔力調節が下手か辺りだろう。そうであれば、まずはそこから修得していかなければならない。もしくは同じ威力では絶対に壊れないだろう強度の的を使用するか。
とはいえ、的の強度と魔法の強さの見極め程度も出来ないようであれば、それはそれで問題だろう。もしもボク自身がその程度であれば、外に出るとか市場に出るとか全て却下してひたすら修練に打ち込むぐらいには問題だと思う。
思考が逸れたが、とりあえず発現させた火の矢を的目掛けて放ってみる。火系統は循環させなくても十分威力が高いから楽でいい。
念の為に先程よりも威力を落とした魔法ではあるが、ついでに的の強度も一段階上の方を標的にしている。それぐらい火系統の魔法は威力に秀でている。もっとも、これには基礎魔法の中では、という但し書きがつくが。
的目掛けて飛んでいった火の矢は、ちょうど真ん中に突き刺さり一瞬動きを止めたと思ったら、次の瞬間には的の裏側から火が噴出し、その時に開いた穴から火の矢が崩壊しながら突き抜けていった。
火の矢は的を突き抜けて直ぐに消滅。やはり火系統は火力が高い。しかし、これは大体予想通りの結果だ。
もう少し魔法の強度を上げれば的を貫いて訓練部屋の壁にでもぶつかっただろうが、流石にそれは望んでいない。プラタが作製した訓練部屋は、あの程度であれば火の矢が中ったところで何の問題もないだろうが、それとこれとは話が別だ。
もしも火の矢が的を貫通して訓練部屋の壁に中るような事になった場合、それは威力の調節を間違えたか、的の見極めを失敗したかという事になるだろう。
つまりは実力不足。ただ火力だけを追求していればいい訳ではないのが難しい。修練を始めたばかりの頃であればそれでもよかったのだが、今は魔力操作と彼我の差の見極めぐらいは当然のように出来なければならないからな。その程度出来て当然という相手と今後戦うかもしれないというのは面倒なものだ。穏やかに暮らしたいのだが。
残念ながらそんな事も言っていられないので、次は水の矢を発現させる。最初から形があるだけに、風と違って形の維持にはそこまで苦労しない。まあこの辺りで苦労するのなんて、ジーニアス魔法学園でも低学年までだろう。
さて、創造した水の矢を新しい的に向けて放つ。先端部分の強度を下げておくのも忘れない。どれぐらいの強度があればいいのかは、今までの結果でなんとなく把握している。それはこれから何度も試していけば、より正確に解っていく事だろう。
水の矢が命中した的は、火の矢の時と同じ結果に終わる。違いは火か水かぐらい。
「少し床が濡れたか」
水の魔法が弾けて魔力に戻る一瞬だけだが、その魔法に込めた属性が解放される。それで床が濡れたが、この場合は開放された水に濡れたのではなく、床に触れた魔法に冷やされた床が僅かに結露したといった方が正しいのかもしれない。
火の魔法の時は焦げる可能性も在るが、実はこの辺りは術者が認識を変えればどうとでもなる。魔法とは想像を創造をするのだから、その魔法を想像してしまえば、実は火を火にしない事だって出来る。
つまりは認識変化。
例えば水の魔法。手元に水の魔法で水の塊を創造したとする。その状態だとただの魔法だ。魔力の塊に過ぎない。しかし、これが弾けた時にこの魔法を水の塊だと認識していた場合は、それが現実となって一瞬この世界に現象として顕現する。属性解放とは、実はそういう事なのだ。
なので、これを最後まで水の塊と認識しなければ、それはただの魔法。属性を解放しても水にはならない。しかし僅かでも、それこそ無意識にでも認識してしまっていると、僅かだがそれが顕在化してしまう。
まぁ、水の塊として創造している以上、無意識まで意識を変えるなど普通は出来ないので、この属性解放を完全に無意味にする事は実質不可能だ。なので、僅かだが床が濡れてしまったという事。
火の矢の時に焦げなかったのは、そもそもこの訓練部屋自体の耐火性が高いだけ。余程高火力の火でなければ焦がす事も出来ないだろう。なんたって、ここで爆発を起こしても大丈夫なように設計されているらしいからな。
それぐらいでなければボクも室内で魔法を使ったりはしない。クリスタロスさんのところの訓練場ぐらい広ければ使用するが、そちらでも結界なりを張らない限りは危険な魔法は使わなかったが。
とにかく、実のところ属性というのはそういう事なのだ。それをしっかりと、そして強く認識出来るようになれば、小規模であれば魔法を実物にする事が出来るようになる。水分補給の際に発現させる水がいい例だな。
魔法の固定化。
認識して足場を創り、そこに固着させる。簡単に言えば、ボクが認識する事で世界にそれを認めさせるという事、らしい。ボクも完全に理解している訳ではないが、そもそも魔法というモノがそういったもののようだ。
まぁ、だから何だといった感じでもあるが、この辺りも完全に理解していかないといけない段階に足を踏み込んだような気がしている。
それから土の矢を発現させて的に放ったり、風の矢に挑戦して発現させたりと、従来とは少し魔法の形を変えているので、念のために基礎魔法だけで何度か確認を行ったところで修練を終える。基礎魔法であれば大体感覚が掴めたかな。
修練を終えた後は、お腹が空いたので自室に戻って昼食にする。既に昼も少し過ぎていたが、問題ないだろう。
干し肉を齧りながら、乾燥させた野菜も食べる。
この乾燥野菜は現在試験的に作っている物らしいが、普通に食べるよりも味が濃くなったような気がして結構おいしい。種類も数もまだまだ少ないが、これから少しずつ増えていく事だろう。野菜を育てるのも順調らしいし、この国で作った野菜もそう遠くない内に広く出回るようになるだろうな。
シャリシャリといった感じの独特な食感の野菜を咀嚼する。乾燥させた野菜は体積が小さくなるようで、一口で食べられるようになるのがいい。
乾燥野菜を食べた後に、干し肉を齧る。乾燥野菜の甘味と干し肉の濃い味が独特な組み合わせだ。普通の食事とはまた違った趣で、これはこれでいいものだ。それでもこの食事がずっと続くとなると考えものだが、たまにならこれもいいだろう。
そうして昼食を終えると、今度は目標の為にも魔法道具を弄ってみようかな。
魔法道具を弄るといっても、新しい何かを考案するよりも、やはりまずは改良か。
今最も考えるべき魔法道具は、やはり転移装置だろう。次点で防護結界だが、あれはそもそも難しすぎて、細かく弄ろうと思えばもっと技量だ必要だ。かといって転移装置が簡単かと問われれば、それは断じて否なのだが。
とりあえず、今回は転移装置の有効範囲を拡げる方法でも模索してみるかな。
まず、現状の設置場所から転移装置を動かす予定は今のところはない。これは安全性を考慮しての結果だ。転移して戻ってきたら危険地帯だったなんてごめんだからな。
この辺りは広域に世界の眼が使用出来れば解決するのだが、そう上手くはいかない。兄さんの身体を借りていた頃でも、多分全力で人間界で使用しても森までが限界だったと思う。それも森の外どころかその付近も厳しいと思うので、よくて中ほどぐらいか。
それが現状では、人間界から使用して、よくて森まで届くかどうかといったところ。大幅に範囲が狭まっているな。しかも現在居る地下から地上へと知覚範囲を拡げるとなると更に範囲が狭まる。
今のボクの力量では、地上へと階層を無視して感覚を伸ばしてみても、おそらく地上の建物に何とか到達出来るかもしれない程度。それも真上ならばもしかしたらといった、あまりにも狭い範囲。
なので、世界の眼の届く距離という意味では地上に一応届くと思うので意味はあるのかもしれないが、普通に上層と繋がっている階段を辿って地上を目指した方が効率がいい。地上に直進したとしても、もの凄く疲れるだけだし。
とはいえ、道順に沿って世界の眼を使用したとして、最短距離を最小限の情報の取得だけに留めたとしても、頑張っても地上にギリギリ届かないだろう。
難しいものだが、今はそれについて悩む為に考えているのではない。ともかく、現在のボクではその程度の距離しか世界の眼で埋められないという事だ。
なので、転移装置の安全性は何よりも重要なのだ。現在置いている地下三階だと侵入者もだが、そもそも誰も近づかないのが素晴らしい。仮に転移装置を地上の何処か安全そうな場所に設置したとしても、そこにしっかりと管理する者を置かないと、侵入者でなくとも転移装置周辺に何か物を置かれると困るのだ。
個人で使用する転移魔法と違い転移装置であれば、安全性を考慮して周囲に物が置かれていると起動しないようにはなっているが、これが上手く機能しなければ、転移した先に何か物が置いてあるという事になる。これは想像するのもおぞましいので、考えたくもない事態。
転移というのは座標指定でその場所へと魔力となって一瞬で移動して、その場で身体を再構築するものだから、その指定した座標に物があっても関係なくその座標に身体を構築してしまう。それが箱なんかだとまだ何とかなるが、壁なんて出来ていたらその中に閉じ込められて身動きできなくなってしまうだろう。これは身体を魔力に変換して、指定座標で再構築するから起こる悲劇だ。
そもそもこの世の全ては、大なり小なりはあれども、魔力によって構築されている。魔力というのは存外融通が利くモノらしく、その場所に魔力が流れ込んで来たら、そこに在った魔力は入れ替わるようにして別の場所に流れていってしまう。
構築している魔力量は常に一定とでもいうような感じだが、実際そうなのかもしれない。もっとも、魔力が融通を利かせるのは魔力同士の時ぐらいで、そこに何者かの強引な意思が働くと中々に扱いが難しくなる。
この辺りが魔法の難しいところだし、転移の難しいところだ。
転移は指向性を待たせた魔力なので、希薄ながらも術者の意思が含まれている。しかしその意思は希薄なので、そこまで大きな障害にはならない。つまりは、転移魔法はこの意思をどれだけ薄めつつも維持するかが成功のカギとなる。まぁ、そこまで難しく考えるものでもないのだが。
しかしこう纏めると、転移魔法は世界の眼に似ているな。もっとも、世界の眼は世界に自分を溶かす感じなのに対して、転移魔法は存在の情報を創った道に沿って運ぶだけなので、似て非なるモノなのだが。転移魔法は世界の眼ほど難しくはない。
まあとにかく、転移魔法とは任意の二点を定め、そこに魔力の道を創って通した後、自分の存在を魔力に変換してその道に沿って流してから、終点で魔力に変換した自分の存在を再構築するという魔法だ。
この道を構築した段階で、起点と終点の場所に在る魔力を入れ替え固定し構築する場所を確保しているので、あとは自身を魔力に変換した時点で、自身を含めて道を構築している魔力は固定された事になる。なので術者が終点に移動しても、そちら側の魔力が起点側へと流れてきたにすぎない。
・・・頭の中で纏めてみたが、説明するのって難しいな。これをこのまま説明しても上手く伝わらなさそうだ。自身を魔力に変換して移動する魔法なので、かなり感覚的に把握している魔法だからな。
えっと、何について考えていたんだったか。確実に脱線していると思うが、えっと・・・うん? ああっと、転移装置の有効範囲拡大について、だったかな? それとも世界の眼の有効範囲の拡大だったっけ?
目を瞑って少しの間記憶を遡り、そして思い出す。
「転移装置の有効範囲拡大について考えようとしていたんだったな。ほぼ初手から脱線している気がする!」
思い出したはいいが、いきなり変な方向に思考が逸れていた事に頭を抱えてしまう。さっきの思考だけで結構時間を使ってしまったな。